すわった高さの写真
座った人の高さで、見ていた

朗読で聴く
第一章 写真館
六十四になった。
福井の、古い城下町の通りで、小さな写真館をやってきた。
二十四のときに、父から店を継いだ。
それから、四十年になる。
夫はいない。
弟が、金沢で働いている。
店の奥に、写真を撮る部屋がある。
うすい灰色の幕を張った壁と、木の椅子と、大きなカメラが一台。
カメラは、蛇腹のついた、古い大きなカメラだ。
祖父の代から、店にある。
腰かけは、店を継いだ年に、自分で脚を切って低くした。
わたしは、写真を撮るとき、いつも、低い腰かけに座る。
カメラの三脚を、うんと低くして、レンズを、写る人の目の高さに合わせる。
椅子に座った人なら、座った人の目の高さに。
小さな子なら、わたしが床にひざをついて、子どもの目の高さに。
四十年、ずっと、そうして撮ってきた。
父は、ちがった。
父は、背の高い人で、三脚を高く立てて、少し上から撮った。
学校の集合写真のときは、脚立に乗って、上から全員を撮った。
父は、よく言った。
写真屋は、上から全部を見わたすもんだ。
第二章 平凡な写真
父には、何度も言われた。
そんな低いところから撮るな。
上から撮れば、顔が小さく、きれいに見える。
わたしは、はい、と言って、それでも低いところから撮った。
なぜそうするのか、自分でもうまく言えなかった。
ただ、上から撮ると、写る人が、少し小さくなってしまう気がした。
町の人には、写真が平凡だと言われた。
工夫がない、どれもおなじ撮り方だ。
駅前に、大きな写真スタジオができてから、客は少しずつ減った。
一度、小学校の卒業写真をたのまれたことがある。
わたしは、脚立に乗らずに、子どもの目の高さにカメラを置いて撮った。
前の列の子の顔は、まっすぐこちらを向いて、よく写った。
でも、うしろの列の子の顔が、半分かくれた。
先生たちに、しかられた。
次の年から、卒業写真は、駅前のスタジオにたのまれるようになった。
あちらの写真は、角度がしゃれていて、明るくて、きれいだった。
弟にも、言われた。
姉さんの写真は、まじめすぎるんだよ。
わたしも、自分は、写真の才能の無い人間なのだと思ってきた。
第三章 由美さん
二十七年前の一月、成人式の前の日に、一人の女の人が来た。
由美さんといった。
二十だった。
車椅子に乗っていた。
十六のときに、事故で、足が動かなくなったと聞いた。
お母さんが、車椅子を押していた。
駅前のスタジオで、もう撮ってもらったんです。
お母さんは、そう言って、一枚の写真を出した。
由美さんが、車椅子に座って、着物を着ていた。
写真は、立った人の高さから、少し上から撮ってあった。
由美さんは、写真の中で、上を見上げていた。
着物はきれいで、髪もきれいに結ってあった。
でも、顔だけが、どこか遠くの人に向いているようだった。
小さな子どもみたいに見えるって、この子が言うんです。
お母さんは、そう言って、頭を下げた。
わたしは、三脚を、いつもよりもっと低くした。
腰かけもどけて、床にひざをついた。
レンズを、由美さんの目と、ちょうどおなじ高さにした。
撮るまで、わたしは、床にひざをついたまま、由美さんと話した。
成人式には、行くんですか。
行きません、と由美さんは言った。
会場の人が、みんな立っているから。
わたしは、それ以上、何も聞かなかった。
由美さんの手は、着物の膝の上で、かたく組まれていた。
しばらく話しているうちに、その手が、少しずつほどけていった。
ファインダーの中で、由美さんが、まっすぐこちらを見ていた。
見上げていなかった。
撮り終わって、写真ができあがった日、由美さんは、長いあいだ、それを見ていた。
お母さんは、写真を見て、口に手をあてて、泣いていた。
それから、小さな声で、ありがとうございます、と言った。
それきり、由美さんは、店には来なかった。
第四章 由美さんの話
今年の春、店を閉めることにした。
ひざが、もう、床につくのに耐えられなくなった。
最後の日の夕方、店の戸が開いた。
車椅子の女の人が、入口にいた。
由美さんだった。
四十七になっていた。
膝の上に、色のあせた写真を一枚、のせていた。
あの日の写真です。
わたし、あのころ、人と話すのがこわかったんです。
車椅子に座ると、だれの顔も、上のほうにありました。
みんな、上から話しかけてきて、わたしは、いつも見上げていた。
写真の中でも、わたしは見上げていました。
でも、この写真だけは、ちがいました。
はじめて、見下ろされていない写真でした。
この写真の中のわたしは、大人の顔をしていた。
この写真は、それから、ずっと財布に入れていました。
就職の面接に行く日も、持っていきました。
上から話しかけられて、見上げそうになると、この写真を思い出したんです。
わたしには、大人の顔ができる、って。
由美さんは、いま、東京で、建物の設計をしているという。
駅の窓口や、役所の受付の、高さを決める仕事です。
座った人の目の高さで、話ができるように。
立っている人と座っている人が、窓口をはさんで、おなじ高さで向き合えるように。
図面を引くとき、わたしは、いつも、車椅子の目の高さに線を一本引きます。
そこから、全部を決めるんです。
この写真が、わたしの最初の図面なんです。
第五章 低いところ
その夜、撮影の部屋で、一人で座っていた。
四十年、平凡な写真だと言われてきた。
工夫がない、どれもおなじ撮り方。
それは、本当のことだと思う。
でも、低いところから撮ったから、由美さんは、見上げない自分に会えた。
卒業写真で、うしろの列の顔をかくしてしまったのも、本当のことだ。
わたしの撮り方は、全部を見わたすことは、できなかった。
でも、前に座っている一人の顔だけは、まっすぐに撮れた。
上から撮っていたら、わたしの写真も、由美さんを小さくするところだった。
父のことを思い出した。
写真屋は、上から全部を見わたすもんだ。
父は、死ぬ前の年、病院のベッドで、わたしにカメラを向けさせた。
寝たきりの父を、わたしは、ベッドの横に座って、おなじ高さから撮った。
父は、できあがった写真を見て、しばらく黙っていた。
それから、言った。
おまえの写真は、写る人のほうに、座るんだな。
弟に電話をして、由美さんの話をした。
弟は、しばらく黙っていた。
それから、言った。
姉さんの撮った母さんの写真、うちに一枚だけあるんだ。
あれだけ、母さんが、こっちを見てるんだよ。
エピローグ
夏、由美さんから、手紙が届いた。
新しい駅の、窓口の写真が入っていた。
窓口の台が、二つの高さに分かれていた。
立った人の高さと、座った人の高さ。
低いほうの台の前に、車椅子が一台、横向きにとまっていた。
わたしは、その写真を、低い腰かけに座って、目の高さに持って、見た。
それから、店をたたむ前に、最後の一枚を撮った。
腰かけに座って、三脚を低くして、だれもいない木の椅子を撮った。
椅子は、まっすぐこちらを向いていた。
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