夕方のラッパ
輪郭は、ぶれなかった

朗読で聴く
第一章 豆腐屋
七十二になった。
群馬の前橋の、古い住宅地で、小さな豆腐屋をやってきた。
二十七のときに、父から店を継いだ。
それから四十五年、毎日、夕方になると、豆腐を積んだ自転車を引いて、町を回った。
店を出るのは、四時半だ。
決まった道を、決まった順番で回る。
曲がり角に来るたびに、真ちゅうのラッパを、二回吹く。
とうふう、とうふう。
五時ちょうどに、桜町の角に着く。
そこで、また二回吹く。
雨の日も、雪の日も、風の強い日も、四時半に出て、五時に桜町の角に立った。
四十五年、その時間を、自分からずらしたことは、一度も無い。
父は、口の少ない人だった。
店を継いだ日に、ひとつだけ言った。
豆腐は、毎日、おなじ固さでなきゃいかん。
客は、昨日とおなじだと思って、箸を入れるんだ。
わたしは、その言葉を、豆腐の固さだけでなく、ラッパの時間にもあてはめた。
朝は、三時に起きる。
前の晩から水につけておいた大豆をひいて、大きな釜で煮る。
しぼって、にがりを打って、木の箱に流して、重しをのせる。
水の温度も、にがりの量も、重しをのせておく時間も、四十五年、変えなかった。
昼すぎに少し眠って、四時に起きて、自転車に豆腐の箱を積む。
そして、四時半に、店の戸を開ける。
第二章 融通がきかない
町の人には、よく頼まれた。
うちに先に来てくれないか。
今日は出かけるから、四時に来てくれないか。
道を一本、変えてくれないか。
わたしは、全部、断った。
すまんね、道と時間は、変えられないんだ。
そう言うと、相手は、たいてい、いやな顔をした。
あの豆腐屋は、融通がきかない。
頑固で、機械みたいだ。
子どもたちは、わたしのことを、時計の豆腐屋と呼んでいた。
妻にも、何度も言われた。
あんたは、ちょっとくらい、ずらせないの。
少し早く出れば、雨にぬれずにすむのに。
わたしは、返事をしなかった。
自分でも、なぜずらせないのか、うまく言えなかった。
ただ、ずらすと、何かがくずれる気がした。
スーパーができてから、豆腐は売れなくなった。
息子は、もう回るのはやめたら、と言った。
それでも、四時半になると、足が自転車のほうへ向いた。
面白みのない、つまらない男だと、自分でも思っていた。
第三章 桜町の角
十八年前の春ごろから、桜町の角の家で、毎日、縁側の窓が開くようになった。
白い髪の、小さなおばあさんが、窓のところに座っていた。
わたしがラッパを吹くと、おばあさんは、ゆっくり手を振った。
すぐに、五十くらいの息子さんが出てきて、豆腐を一丁買っていった。
息子さんは、いつも少し疲れた顔をしていた。
ある夕方、おばあさんが、サンダルのまま、道へ出てきた。
わたしのほうへ、まっすぐ歩いてくる。
うしろから、息子さんが走ってきて、おばあさんの腕を取った。
すみません、すみません、と、何度も頭を下げた。
おばあさんは、わたしの顔を見て、言った。
ああ、豆腐屋さん、五時だね。
それから、素直に、家の中へ戻っていった。
息子さんは、少しのあいだ、ぼんやりと、わたしのラッパを見ていた。
何か言いかけて、やめて、豆腐を受け取って、家へ入った。
その家には、それから八年、毎日、豆腐を届けた。
おばあさんは、いつも、ラッパが鳴る前から、窓のところで待っていた。
一度、わたしが風邪で寝こんで、妻が代わりに回ったことがある。
妻はラッパが吹けないので、鈴を鳴らした。
次の日、息子さんに、少しだけ聞かれた。
昨日は、どうかしたんですか。
風邪でね、と言うと、息子さんは、そうですか、とだけ言った。
わたしは、それから一度も、寝こまなかった。
熱があっても、四時半には、店の戸を開けた。
十年前の冬、縁側の窓が、開かなくなった。
息子さんも、出てこなくなった。
わたしは、それでも五時に、その角で、ラッパを二回吹いた。
吹かずに通りすぎることは、どうしてもできなかった。
第四章 正志さんの話
今年の秋、店を閉めることにした。
腰が、自転車を引くのに、もう耐えられなくなった。
最後の日の夕方、五時に桜町の角に着くと、一人の男の人が立っていた。
あの家の息子さんだった。
正志さんといって、六十八になっていた。
最後だと聞いて、待っていました、と言った。
母は、認知症でした。
朝なのか夜なのか、自分がどこにいるのかも、わからなくなっていました。
夕方になると、決まって不安になって、家を出ていこうとしたんです。
帰らなきゃ、帰らなきゃ、と言って。
でも、ラッパが二回鳴ると、母は、ああ、五時だ、と言いました。
それで、落ち着いて、座ってくれたんです。
正志さんは、少し笑った。
あのラッパだけは、一度もずれなかったんです。
一日じゅう、何もかもわからない母が、そこだけは、迷わなかった。
時間が少しでもずれていたら、たぶん、母には届かなかったと思います。
鈴の日のことも、覚えています。
あの日、母は、いつまでも窓のところで待っていて、暗くなっても、座ろうとしませんでした。
ぼくは、正直に言うと、あのころ、毎日が苦しくて、何度も逃げ出したいと思いました。
でも、五時になれば、ラッパが鳴る。
それだけは、決まっていた。
ぼくも、たぶん、あの音につかまって、一日一日を、やりすごしていたんです。
あなたのラッパは、母の時計でした。
正志さんは、母親が死んだあと、介護の仕事についたという。
いまは、町のデイサービスで、毎日、五時に、おなじ歌を流している。
一分も、ずらしません、と言った。
第五章 固さ
その夜、店の奥で、一人で座っていた。
四十五年、融通がきかない男だと言われてきた。
頑固で、機械みたいで、面白みがない。
それは、本当のことだと思う。
わたしは、ほかのやり方を、知らなかった。
でも、ずらさなかったから、あのおばあさんは、五時を見つけられた。
どこへ行ったらいいかわからない夕方に、ラッパの音が、ひとつの目印になった。
ずらしていたら、目印にはならなかった。
父のことを思い出した。
豆腐は、毎日、おなじ固さでなきゃいかん。
客は、昨日とおなじだと思って、箸を入れるんだ。
父は、そういう固い人だった。
町の人に、あそこの豆腐は面白くないと言われても、固さを変えなかった。
妻にも、電話をした。
妻は、去年から、娘の家に手伝いに行っている。
正志さんの話をすると、妻は、しばらく黙っていた。
それから、言った。
あんたが五時に出ていくと、わたしも、ああ夕方だなって、思ってたのよ。
ずらせないの、なんて言って、悪かったね。
エピローグ
冬のはじめに、正志さんから電話があった。
デイサービスに、五時に、ラッパを吹きに来てくれないか、という。
次の日、四時半に家を出た。
自転車は引かずに、ラッパだけを持って、歩いた。
五時ちょうどに、デイサービスの玄関の前に立った。
ラッパを、二回吹いた。
とうふう、とうふう。
窓の向こうで、いくつもの手が、ゆっくり振られていた。
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