一曲目
一つだけを、彫りつくした

第一章 ピアノの部屋
六十六になった。
富山の、川ぞいの小さな町に住んでいる。
夫と二人で暮らしている。
娘が一人、金沢にいる。
わたしは、二十六のときから、自分の家で、ピアノを教えてきた。
四十年になる。
家の奥の六畳に、古いアップライトのピアノが一台ある。
母が、わたしの十の誕生日に買ってくれたものだ。
生徒は、多いときで二十人、少ないときで五人ほど。
近所の小学生が、学校の帰りに、ランドセルを下ろして弾いていく。
わたしの教室には、きまりが一つだけある。
どの子にも、はじめに、一曲だけを教える。
母が作った、短い曲だ。
題は、朝の歌。
右手と左手で、ゆっくりと、八小節を二回くり返すだけの曲だ。
その一曲が、まちがえずに、同じ強さで、何度弾いても崩れなくなるまで、ほかの曲には進ませない。
早い子で三か月、おそい子だと一年かかる。
第二章 進まない教室
親たちには、よく言われた。
先生のところは、いつまでたっても、ほかの曲を教えてくれない。
となりの町の教室では、半年で発表会に出られるそうですよ。
子どもも、あきてしまうんです。
途中でやめていく子も、たくさんいた。
ある年の冬、一人の女の子が、泣きながら言った。
先生、わたし、この曲、もうきらい。
わたしは、それでも、もう一回、と言った。
その子は、次の週から、来なくなった。
あとで、となりの町の教室に移ったと聞いた。
わたしは、その夜、ピアノのふたを閉めたまま、長いこと座っていた。
夫にも、言われたことがある。
おまえは、ひとつのことにこだわりすぎる。
もう少し、楽しい曲から教えたら、生徒もふえるだろう。
わたしは、そうね、と言いながら、きまりを変えなかった。
変えられなかった、のかもしれない。
わたし自身が、母に、そう教わったからだ。
母は、わたしが十のとき、朝の歌だけを、一年かけて教えた。
ほかの曲を弾きたくて、泣いたこともある。
母は、ただ、もう一回、と言った。
わたしは、自分を、融通のきかない、がんこな先生だと思っていた。
子どもの楽しみを取り上げている、古いやり方の人間だと。
発表会でも、わたしの生徒は、いつもいちばん簡単な曲を弾いた。
ほかの教室の子が、むずかしい曲を弾くのを、客席で聞いていた。
第三章 翔太くん
三十年前の春、一人の男の子が、母親に手を引かれて来た。
八つの、翔太くんという子だった。
ひどく、人見知りをする子だった。
学校でも、ほとんど口をきかないのだと、母親が言った。
翔太くんは、ピアノの前に座っても、なかなか鍵盤にさわらなかった。
わたしは、朝の歌の、右手の最初の音だけを弾いて見せた。
それから、翔太くんの指を、そっと、その鍵盤の上に置いた。
翔太くんは、こわごわと、ひとつの音を鳴らした。
それから一年、翔太くんは、朝の歌だけを弾いた。
ほかの子が次の曲に進んでも、翔太くんは、朝の歌を弾いた。
母親に、もっとほかの曲を、と言われたこともある。
わたしは、もう少しだけ、と答えた。
二年目の春、翔太くんの朝の歌は、ほとんど崩れなくなった。
その年の秋、翔太くんの父親が、事故で亡くなった。
十になったばかりだった。
葬式のあと、母親から、電話があった。
お別れの会で、翔太がピアノを弾きたいと言っているんです。
ひけるのは、朝の歌だけなんですけど。
お別れの会は、町の小さな集会所だった。
すみに、古いオルガンが一台あった。
翔太くんは、黒い服を着て、オルガンの前に座った。
小さな背中が、ふるえていた。
わたしは、いちばんうしろの席から、それを見ていた。
翔太くんの指が、最初の音を鳴らした。
それから、八小節を、二回。
ひとつの音も、まちがえなかった。
ひきおわると、翔太くんは、だまって頭を下げて、母親のとなりに戻った。
集会所は、しばらく、しんとしていた。
第四章 翔太さんの話
この春、町の病院から、一通の手紙が来た。
差出人は、三十八になった、翔太くんだった。
いまは、その病院で、音楽療法士をしているという。
重い病気の人たちの部屋をまわって、ピアノを弾いたり、いっしょに歌ったりする仕事だ。
一度、病院の小さなホールに、ひきに来てくれないか、と書いてあった。
五月のある日、わたしは、病院のホールに行った。
翔太さんは、背の高い、静かな男の人になっていた。
弾く前に、翔太さんが、少し話をした。
父のお別れの会の日、ぼく、手がふるえて、何も考えられなかったんです。
頭の中が、まっ白でした。
でも、ピアノの前に座ったら、指が、勝手に朝の歌を弾きはじめた。
一年、毎週、あの一曲だけを弾いていたから。
あの一曲だけは、手がおぼえていたんです。
翔太さんは、少し笑った。
いまも、病室で、はじめに弾くのは、あの曲です。
どんなに手がふるえる日でも、あの曲だけは、崩れないから。
病室の人も、ぼくの手を見て、安心してくれるんです。
ぼくの手がふるえていないと、自分も大丈夫だと思えるって。
だから、はじめの一曲だけは、ぜったいに崩しちゃいけない。
それから、ホールの古いピアノで、朝の歌を弾いた。
八小節を、二回。
ゆっくりと、同じ強さで。
わたしは、何も言えなかった。
窓の外で、川の水が、五月の光を受けていた。
第五章 もう一回
その夜、わたしは、家の奥の六畳で、長いあいだ、ピアノのふたを開けていた。
四十年、わたしは、自分を、融通のきかない、がんこな先生だと思ってきた。
子どもの楽しみを取り上げている、と。
でも、そうではなかったのかもしれない。
ほかの曲は、教えなかった。
ひとつの曲だけを、崩れなくなるまで、弾かせつくした。
だから、手がふるえて何も考えられない日に、指が、それを弾いた。
いろいろな曲を少しずつ教えていたら、あの日、翔太くんの指は、どの曲もおぼえていなかっただろう。
母のことを、思い出した。
もう一回。
母は、それしか言わなかった。
母が亡くなった日、わたしも、病院の待合室のピアノで、朝の歌を弾いたのだった。
手は、ふるえていた。
でも、指は、ひとつの音もまちがえなかった。
あのときは、それを、ふしぎだとも思わなかった。
母も、わたしに、ひとつの曲だけを、彫りつくすように弾かせたのだ。
いつか、手がふるえる日のために。
夫が、六畳の入り口に立っていた。
翔太くんの話をすると、夫は、しばらくだまっていた。
それから、言った。
おまえのこだわりも、たまには役に立つんだな。
夫は、そう言って、少しだけ笑った。
四十年、生徒がふえないと言いつづけた夫が、そう言ったのは、初めてだった。
エピローグ
次の週、教室に、新しい生徒が来た。
七つの、小さな女の子だった。
女の子は、ピアノの前に座って、なかなか鍵盤にさわらなかった。
わたしは、朝の歌の、右手の最初の音だけを弾いて見せた。
それから、女の子の指を、そっと、その鍵盤の上に置いた。
女の子は、こわごわと、ひとつの音を鳴らした。
もう一回、と、わたしは言った。
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