飾りのない机
飾りは、何も無かった

朗読で聴く
第一章 森の中の工房
七十四になった。
アメリカの北のほう、バーモント州の、森に囲まれた小さな町に住んでいる。
冬は長く、雪が深い。
わたしは、二十四のときから、家の横の小屋で、机やいすを作ってきた。
五十年になる。
妻のルースは、六年前に死んだ。
息子が一人、ボストンで働いている。
わたしの作る机には、飾りがない。
かえでの板を、まっすぐに切って、四本の脚をつける。
脚は、ただの四角い棒だ。
ふちに、彫り物はしない。
引き出しの取っ手も、木を小さく四角に切っただけ。
油を一度だけ塗って、それで終わり。
父も、祖父も、そういう机を作っていた。
わたしも、それしか作れなかった。
朝は六時に小屋に入り、ストーブに火を入れて、板を削る。
かんなをかけると、白い木くずが、くるくると床に落ちる。
一つの机に、一週間かかる。
それを、五十年、続けてきた。
かんなの使い方を教えてくれたのは、祖父だった。
十のわたしが、板のふちに小さな星を彫ったとき、祖父は言った。
星は、おまえが好きなものだ。
机を使う人が、星を好きだとは、かぎらない。
祖父は、それだけ言って、星を、かんなで削り落とした。
わたしは、くやしくて、その夜、眠れなかった。
それから、彫り物をしなくなった。
第二章 何も言わない机
町の大通りに、家具の店が二軒あった。
どちらの店にも、彫り物のついた、りっぱな机が並んでいた。
脚はくるくるとねじれ、ふちには、ぶどうの葉が彫ってあった。
わたしの机を見た客は、よく言った。
ずいぶん、そっけないね。
これじゃあ、学校の机みたいだ。
町の金持ちの家から、注文が来たことがある。
ふちに、家の名前の頭文字を彫ってほしいという。
わたしは、断った。
彫り方を、知らなかったからだ。
その家は、となり町の職人に頼んだ。
ルースには、笑われたことがある。
あなたの机は、何も言わないのね。
あなたと、そっくり。
わたしは、自分の机を、つまらない、そっけない机だと思っていた。
自分のことも、話のへたな、愛想のない男だと。
町の祭りで、職人の作品を並べる日があった。
ほかの職人の机の前には、人が集まった。
わたしの机の前で、足を止める人は、ほとんどいなかった。
息子が十のとき、言ったことがある。
父さんも、ぶどうの葉っぱ、彫ればいいのに。
わたしは、そうだな、と言って、また、かんなをかけた。
第三章 エミリー
四十年前の秋、一人の女の人が、小屋に来た。
八つくらいの女の子を、連れていた。
小さな机を、一つ、ほしいんです。
この子の、勉強用に。
でも、あまり、お金がなくて。
女の人は、夫と別れて、仕事を探しながら、町から町へ移っているのだと言った。
女の子は、小屋のすみの、作りかけの小さな机を、じっと見ていた。
エミリー、という子だった。
わたしは、その机を仕上げて、少しだけ安くして、渡した。
エミリーは、両手で机のふちをなでて、言った。
なんにも、ついてない。
わたしは、少し、恥ずかしくなった。
でも、エミリーは、うれしそうに笑った。
だから、わたしの好きなものを、置けるね。
それから、ときどき、エミリーの母親から手紙が来た。
手紙が来るたびに、住所が変わっていた。
ニューハンプシャー、メイン、ニューヨーク、また、バーモント。
どの手紙にも、短く、書いてあった。
あの机は、元気です。
ルースは、その手紙を読むたびに、少し笑った。
あなたの机は、何も言わないけど、ついていくのね。
エミリーが十二のとき、一度だけ、母親と二人で小屋に寄ったことがある。
またバーモントに戻ってきたのだという。
エミリーは、背がのびて、机が少し低くなったと言った。
わたしは、脚の下に、同じかえでの板を四つ、足してやった。
何もついていない、四角い板だった。
エミリーは、それを見て、言った。
ほら、また、なんにも、ついてない。
第四章 エミリーの話
この春、小屋の前に、一台の車が止まった。
降りてきたのは、四十八になった、エミリーだった。
いまは、州の仕事で、家族と暮らせない子どもたちの世話をしているという。
あずかってくれる家に、子どもを送り届けるのが、仕事なのだと言った。
エミリーは、小屋の中を見回してから、言った。
わたし、十一回、引っ越したんです。
どの家も、部屋の広さも、壁の色も、ちがった。
母の実家には、おばあちゃんの、彫り物のついた大きな机がありました。
でも、それは、どの部屋にも入らなかった。
あの机は、どの部屋にも、すっと入ったんです。
何もついてないから、どの家でも、わたしの机でいられた。
飾りが無いから、どこへでも、持っていけたんです。
エミリーは、少し笑った。
いま、送り届ける子どもたちにも、机を一つ、持たせてあげたいんです。
どの家に行っても、その子のものでいられる机を。
机の上には、いろんなものを置きました。
ある家では、拾った石。ある家では、母の写真。ある家では、ラジオ。
置くものが変わっても、机は、何も言わなかった。
だから、どの家でも、わたしの場所になったんです。
十、作ってもらえますか。
わたしは、何も言えなかった。
窓の外で、かえでの若い葉が、春の風にゆれていた。
第五章 四角い脚
その夜、わたしは、小屋のストーブの前に、長いあいだ座っていた。
五十年、わたしは、自分の机を、つまらない、そっけない机だと思ってきた。
自分のことも、話のへたな、愛想のない男だと。
でも、そうではなかったのかもしれない。
飾りを、つけなかった。
まっすぐな板に、四角い脚をつけただけだった。
だから、どの部屋にも入り、どの子のものにもなれた。
ぶどうの葉が彫ってあったら、あの机は、どこかの部屋で、置いていかれただろう。
ルースのことを、思い出した。
あなたの机は、何も言わないのね。
ルースは、そう言いながら、四十年あまり、わたしの作った台所の机で、毎朝、コーヒーを飲んでいた。
ほかの机がほしいと言ったことは、一度もなかった。
祖父の言ったことも、思い出した。
机を使う人が、星を好きだとは、かぎらない。
あの星を削り落とされた夜から、六十年以上たっていた。
わたしは、ストーブの火を見ながら、かんなの刃を、といだ。
エピローグ
次の週、ボストンの息子に、電話でその話をした。
息子は、しばらくだまってから、言った。
ぼくの部屋の机も、父さんのだよ。
三回引っ越したけど、ずっと、あれを使ってる。
ぶどうの葉っぱは、彫ってなくて、よかった。
息子は、そう言って、電話の向こうで笑った。
夏のおわり、十の小さな机が、できあがった。
どれも、かえでの板に、四角い脚が四本。
ふちに、彫り物はない。
エミリーが、車で取りに来た。
一つずつ、毛布にくるんで、荷台に積んだ。
最後の一つを積むとき、エミリーは、机のふちをなでて言った。
なんにも、ついてない。
それから、四十年前と同じように、笑った。
わたしは、車が森の道に消えるまで、小屋の前に立っていた。
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