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白いまんじゅう

飾りは、何も無かった

白いまんじゅう

朗読で聴く

第一章 駅前の店

七十二になった。

茨城の、小さな町に住んでいる。

駅前の通りで、小さな和菓子屋をやっている。

父が始めた店で、わたしは二十二のときから、ここに立ってきた。

五十年になる。

夫は、十年前に死んだ。

息子が一人、東京で働いている。

うちの店には、白いおまんじゅうしかない。

うすい皮に、こしあんが入っている。

形は、まるいだけ。

焼き印も、色も、何もつけない。

春になっても、桜の形にはしない。

秋になっても、もみじの色はつけない。

父が、そう作っていた。

わたしも、そう作ってきた。

毎朝四時に起きて、あんを炊き、皮を練って、ひとつずつ包む。

蒸し上がったまんじゅうは、湯気の中で、白く光る。

一日に、二百個。

それを、木の箱に並べて、ガラスの戸の中に置く。

それだけの店だ。

父は、無口な人だった。

店に立っても、いらっしゃいませ、と、ありがとうございます、しか言わなかった。

わたしが十八のとき、なぜ白いのしか作らないのか、と聞いたことがある。

父は、少し考えてから言った。

白いのは、だれが買っても、困らない。

それだけ言って、また、あんを炊きはじめた。

父が倒れたのは、わたしが二十二の秋だった。

それから、わたしが、父の型で、父のまんじゅうを、そのまま作るようになった。

第二章 地味な店

となり町に、大きな和菓子屋ができたのは、三十年ほど前だった。

その店のまんじゅうは、きれいだった。

春は桜の花の形、夏は朝顔、秋はもみじ、冬は雪だるま。

お正月には、その年の干支の顔がついていた。

店の前には、いつも人が並んでいた。

うちの店の前は、静かだった。

近所の人には、よく言われた。

あんたの店は、地味だねえ。

夫にも、言われたことがある。

少しは、季節のものも作ったらどうだ。

孫のいる人は、かわいいのを買っていくぞ。

わたしは、そうね、と言いながら、作らなかった。

作れなかった、のかもしれない。

手が、白いまるいものしか覚えていなかった。

一度だけ、息子に頼まれて、桜の形を作ってみたことがある。

息子が小学生のころ、学校のお別れ会に持っていきたいと言ったのだ。

夜おそくまでかかって、二十個、桜の形にした。

花びらの先が、どれも少しずつ、くずれていた。

息子は、それでも、喜んで持っていった。

でも、次の日、わたしは、また白いまるいのに戻った。

桜の形は、わたしの手では、きれいにならなかった。

町の商店会の会合でも、言われた。

駅前の店は、もう少し華がないとねえ。

わたしは、うなずいて、何も言わなかった。

わたしは、自分の店を、華のない、つまらない店だと思っていた。

自分のことも、愛想のない、気のきかない女だと。

店に来るのは、昔からの人ばかりだった。

だまって、白いのを六つ、と言い、だまって帰っていく。

わたしも、だまって箱に詰め、ありがとうございます、とだけ言った。

第三章 恵子ちゃん

三十五年前の冬の朝、一人の女の人が、店に来た。

十くらいの女の子の手を、引いていた。

女の人の目は、赤かった。

白いのを、二十、ください。

主人の、お通夜に、出すんです。

わたしは、だまって、まんじゅうを箱に詰めた。

女の子は、ガラスの戸に顔をつけて、白いまんじゅうを見ていた。

恵子ちゃん、という子だった。

お通夜のまんじゅうは、白いのがいいって、おばあちゃんが言ったの。

女の子は、小さな声で、そう言った。

わたしは、ひとつ、紙に包んで、女の子に渡した。

これは、あなたの分。

女の子は、両手で、大事そうに受け取った。

それから、恵子ちゃんのお母さんは、ときどき、店に来るようになった。

お盆にも、お彼岸にも、白いのを買っていった。

恵子ちゃんが、中学に入った春も、買いに来た。

入学のお祝いに、白いのを、十。

おめでたい日にも、白いのでいいんですか、と、わたしは聞いた。

お母さんは、笑って言った。

うちは、これがいいんです。

十五年ほどたって、恵子ちゃんが、一人で店に来た。

二十五になっていた。

来月、結婚するんです。

式のお菓子に、白いのを、百、お願いできますか。

わたしは、驚いた。

結婚式なら、紅白のおまんじゅうが、ふつうだった。

白いのだけで、いいの。

はい。白いのが、いいんです。

わたしは、その朝、いつもより早く起きて、百、包んだ。

それから一年ほどして、恵子ちゃんのお母さんが、また来た。

うちの娘に、女の子が生まれたんです。

お祝いに配るので、白いのを、三十。

お母さんは、箱を受け取りながら、少し笑った。

うちは、何があっても、ここの白いのなんです。

わたしは、そのときも、なぜですか、とは聞かなかった。

聞いても、うまく答えられない人だろうと思った。

わたしと同じで。

第四章 恵子さんの話

この春、恵子さんが、店に来た。

四十五になっていた。

大学生の娘さんを、連れていた。

母が、先月、亡くなりました。

お葬式に、白いのを、五十、お願いします。

わたしは、だまって、うなずいた。

箱を詰めていると、恵子さんが言った。

おばさん、わたし、ずっと思ってたんです。

うちの悲しい日も、うれしい日も、ここの白いのがあったなって。

父のお通夜も、わたしの入学も、結婚式も、娘が生まれた日も。

となり町のかわいいのは、悲しい日には、持っていけないでしょう。

でも、ここのは、どんな日にも持っていけた。

飾りが無いから、どんな日にも、合ったんです。

恵子さんは、少し笑った。

父のお通夜の日、おばさんが、わたしに一つくれたでしょう。

あれ、まだ、覚えてるんです。

あの日、何を食べても味がしなかったのに、あれだけは、甘かった。

わたしは、何も言えなかった。

娘さんが、ガラスの戸に顔を近づけて、白いまんじゅうを見ていた。

三十五年前の、恵子ちゃんと、同じ顔だった。

第五章 まるいだけ

その夜、わたしは、店の明かりを消してから、長いあいだ、調理場に座っていた。

五十年、わたしは、自分の店を、華のない、つまらない店だと思ってきた。

自分のことも、愛想のない、気のきかない女だと。

でも、そうではなかったのかもしれない。

飾りを、つけなかった。

まるくて、白いだけだった。

だから、お通夜にも、お祝いにも、同じ箱で、持っていけた。

桜の形をしていたら、お通夜には、持っていけなかっただろう。

雪だるまの形をしていたら、夏の結婚式には、持っていけなかっただろう。

飾りがあると、その飾りに合う日にしか、使えない。

飾りがなかったから、悲しい日にも、うれしい日にも、そばにいられた。

白いのは、だれが買っても、困らない。

父の言ったことの意味が、五十年たって、やっとわかった。

夫のことを、思い出した。

少しは、季節のものも作ったらどうだ。

そう言っていた夫が、自分の母親の葬式のときに、言ったのだった。

やっぱり、おまえの白いのがいいな。

あのときは、聞き流していた。

わたしは、調理場の棚の、父の使っていた木の型を見た。

まるい穴が、一つあいているだけの型だった。

エピローグ

次の朝、わたしは、いつものように四時に起きた。

あんを炊き、皮を練り、ひとつずつ包んだ。

店を開けると、恵子さんの娘さんが立っていた。

大学で、初めて人前で発表する日なんです。

白いのを、六つ、ください。

発表の日にも、白いのでいいの、と、わたしは聞いた。

娘さんは、笑って言った。

うちは、これがいいんです。

わたしは、まるくて白いまんじゅうを、六つ、箱に詰めた。

ソウルミッション358

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