川の真ん中
境目に、立っていた

朗読で聴く
第一章 渡し船
七十二になった。
アメリカの真ん中あたり、オハイオ川のほとりの、小さな町に住んでいる。
川の南はケンタッキー州、北はインディアナ州だ。
わたしは、二十七のときから、この川で、小さな渡し船を動かしてきた。
四十五年になる。
妻のジューンは、九年前に死んだ。
息子が一人、シカゴで働いている。
渡し船は、車が六台と、人が二十人ほど乗れる、平たい鉄の船だ。
南の岸の町と、北の岸の町を、一日に二十往復する。
片道、十二分。
まわりに橋がないので、両方の岸の人は、この船で川を渡る。
毎朝五時に、エンジンを温め、ロープの傷みを見て、甲板の泥を流した。
四十五年、大雨で川があふれた日のほかは、一日も休まなかった。
船の上には、いろいろな人が乗った。
南の町から北の町の工場へ通う人。
北の町から南の町の病院へ通う人。
トラクターを積んだ農家の人、自転車の学生、花を抱えた花嫁。
十二分のあいだ、みんな、甲板で川を眺めていた。
どちらの町の人も、川の真ん中では、少しだけ静かになった。
第二章 どっちの人間でもない
南の町と北の町は、昔から仲が悪かった。
高校のフットボールの試合の日は、両方の町の人が、船の上で、にらみ合った。
わたしは、南の岸に家があったが、どちらの町の肩も持たなかった。
船の上では、どちらの客にも、同じように、おはよう、と言った。
南の町の人には、言われた。
あんたは、どっちの人間なんだ。
北の町の人にも、言われた。
あの船頭は、南の人間か、北の人間か、わかりゃしない。
どちらの町の集まりにも、わたしは、呼ばれなかった。
ジューンには、笑われたことがある。
あなたは、一日の半分を、川の真ん中で暮らしてるのね。
わたしは、自分を、どこの町の者でもない、半端な男だと思っていた。
どちら側の仲間にもなれない、根なし草だと。
選挙のときも、わたしは、どちらの町の候補者の看板も、船着き場に立てさせなかった。
南の町の人にも、北の町の人にも、それで、ずいぶん恨まれた。
息子も、学校で、あの船頭の子は、どっちの子だ、とからかわれたらしい。
息子が大きくなって、シカゴへ出ていったのは、そのせいもあったのかもしれない。
わたしは、それを、ずっと、自分のせいだと思っていた。
第三章 ダニエル
四十年前、毎週金曜日の夕方、一人の男の子が、船に乗ってきた。
六つの、やせた、ダニエルという子だった。
両親が別れて、父親は南の町に、母親は北の町に住んでいた。
ダニエルは、一週間ずつ、両方の家で暮らしていた。
金曜日の夕方になると、片方の親が、ダニエルを船着き場まで連れてくる。
向こう岸では、もう片方の親が待っている。
両方の親は、決して、船に乗らなかった。
ダニエルだけが、小さなかばんを抱えて、一人で船に乗った。
最初の何回か、ダニエルは、甲板のすみで、じっと下を向いていた。
わたしは、操舵室の戸を開けて、ダニエルを呼んだ。
ここに、来るか。
ダニエルは、少しためらってから、操舵室に入ってきた。
わたしは、ダニエルを、舵の前の小さな木の箱に立たせた。
両手で、舵を持ってみな。川の真ん中までは、おまえが船長だ。
ダニエルは、目を丸くして、舵をにぎった。
船が、少しだけ右にゆれた。
ダニエルは、あわてて舵を戻した。
それでいい。川は、まっすぐには流れないんだ。
それから十年、金曜日の夕方、ダニエルは、いつも操舵室に来た。
十二分のうち、川の真ん中の何分か、ダニエルは舵を持った。
大きくなると、ロープの結び方も、川の流れの読み方も、覚えた。
ある冬の金曜日、川に氷が流れて、船が出せない日があった。
北の岸で、ダニエルの母親が待っていた。
南の岸で、ダニエルは、船着き場の小屋で、わたしと二人で待った。
わたしは、小屋のストーブで、ココアをいれてやった。
その夜、ダニエルは、わたしの家に泊まった。
ジューンが、客間に布団をしいた。
どっちの家でもない家に泊まるのは、初めてだ、とダニエルは言った。
次の朝、氷が流れ去ってから、わたしは、ダニエルを北の岸まで送った。
十六のとき、ダニエルは、母親と、遠くの町へ引っ越していった。
最後の金曜日、ダニエルは、川の真ん中で、いつもより長く舵を持っていた。
降りるとき、操舵室の木の箱を、つま先で、とん、と一度だけけった。
それが、ダニエルのさよならだった。
第四章 ダニエルの話
この春、川に、新しい橋がかかった。
渡し船は、この夏で、終わることになった。
最後の日の夕方、船着き場に、一人の男が立っていた。
四十六になった、ダニエルだった。
ダニエルは、操舵室に入ってきて、舵の前に立った。
あの新しい橋、ぼくが設計したんです。
州の仕事で、橋をかける技師をしているという。
あのころ、ぼくは、南にいても北にいても、半分よそ者でした。
どっちの家でも、もう片方の話はできなかった。
でも、この船の上だけは、どっちでもなかった。
川の真ん中で、あなたが舵を持たせてくれた。
あなたは、どっちの町の人でもなかった。だから、ぼくも、どっちでもないままで、いられたんです。
川の真ん中にも、居場所があった。
ダニエルは、少し笑った。
橋を設計するとき、真ん中に、小さな展望の場所を作りました。
川の真ん中で、立ち止まれるように。
どっちの町の人も、そこで、少し休めるように。
わたしは、何も言えなかった。
窓の外で、夕日が、川の水を赤く染めていた。
第五章 どっちでもない場所
その夜、最後の便を北の岸に着けてから、わたしは、操舵室に一人で座っていた。
四十五年、わたしは、自分を、どこの町の者でもない、半端な男だと思ってきた。
どちら側の仲間にもなれない、根なし草だと。
でも、そうではなかったのかもしれない。
どちらの岸にも、つかなかった。
川の真ん中に、毎日、立っていた。
だから、どちらの岸にも居場所のない子が、そこで息をつけた。
どちらかの町の肩を持っていたら、あの子は、この船にも居場所をなくしていただろう。
ジューンのことを、思い出した。
あなたは、一日の半分を、川の真ん中で暮らしてるのね。
ジューンは、そう言いながら、毎週日曜日、わたしの船に乗って、川の真ん中まで弁当を届けに来た。
南でも北でもないところで、二人で弁当を食べた。
あのころ、それが、いちばん楽しい時間だった。
わたしは、舵の前の小さな木の箱を、そっとなでた。
四十年分の、小さな靴の跡が、残っていた。
エピローグ
秋、新しい橋が、通れるようになった。
ダニエルから、一枚の招待状が届いた。
橋を最初に歩いて渡る、町の人たちの列に、加わってほしいという。
その朝、わたしは、南の岸から、橋に上がった。
南の町の人も、北の町の人も、同じ列に並んでいた。
橋の真ん中に、小さな展望の場所があった。
ダニエルが、そこで、わたしを待っていた。
足もとの床に、小さな木の箱が、一つ置いてあった。
あの操舵室の箱だった。
わたしは、その箱の上に立って、川の真ん中から、両方の岸を見た。
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