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保健室の戸口

境目に、立っていた

保健室の戸口

朗読で聴く

第一章 廊下の端の部屋

六十四になった。

新潟の、海に近い町に住んでいる。

二十二のときから、町の中学校で、養護教諭をしてきた。

六十でやめるまで、三十八年。

保健室の先生、と呼ばれる仕事だ。

夫とは、十年前に別れた。

息子が一人、東京で働いている。

保健室は、一階の廊下の、いちばん端にあった。

廊下に面した戸は、引き戸で、いつも半分だけ開けておいた。

閉めてしまうと、入りにくい子がいる。

開けきってしまうと、廊下から中が見えて、入りにくい子がいる。

だから、半分だけ、開けておいた。

部屋の中には、白いベッドが二つと、小さな机と、丸いいすがいくつか。

窓からは、校庭と、その向こうの松林が見えた。

朝は、八時に保健室の鍵を開け、ベッドのシーツを替え、体温計を並べた。

一時間目が始まると、すり傷の子、お腹の痛い子、頭の痛い子が、次々に来た。

熱を測り、傷を洗い、話を聞いた。

お腹が痛いと言う子の半分は、本当は、お腹ではないところが痛かった。

わたしは、それを、無理に聞き出さなかった。

昼休みには、行き場のない子が、何人か、ベッドのすみに座りに来た。

わたしは、その子たちに、何をしに来たのかも聞かなかった。

第二章 どっちの先生

職員室では、よく言われた。

保健室の先生は、どっちの味方なのか、わからない。

授業をさぼって来る子を、追い返さない。

でも、家に帰りたいと言う子を、すぐには帰らせない。

担任の先生たちには、甘い、と言われた。

親たちには、冷たい、と言われた。

教頭先生にも、一度、言われたことがある。

あなたは、教師なんですか、それとも、生徒の味方なんですか。

わたしは、どちらとも、答えられなかった。

夫にも、別れる前に言われた。

おまえは、いつも、はっきりしないな。

わたしは、自分を、どっちつかずの、半端な人間だと思っていた。

教師にもなりきれず、親の代わりにもなれない。

廊下の端の部屋に、ただいるだけの人間だと。

学年の会議では、わたしの席は、いつもいちばん端だった。

どの学年にも属さないので、どの話にも、深くは加われなかった。

運動会では、テントの下で、すり傷の手当てをしていた。

卒業式では、体育館のいちばんうしろに立っていた。

卒業生の名前を呼ぶ声を、遠くから聞いた。

どの子の担任でもないわたしに、卒業生があいさつに来ることは、ほとんどなかった。

それで、いいのだと思っていた。

第三章 拓海くん

二十八年前の春、一年生の拓海くんが、保健室に来た。

十三の、色の白い、声の小さい子だった。

教室に入っていけなくなったのだという。

朝、校門まではくる。でも、教室の戸の前で、足が止まる。

担任の先生は、毎朝、拓海くんの手を引いて、教室に入れようとした。

お母さんは、無理なら家に連れて帰ると言った。

拓海くんは、どちらにも、首をふった。

そして、保健室の、半分あいた戸の前に立っていた。

わたしは、丸いいすを一つ、戸口のそばに置いた。

ここに、座っていいよ。

教室でも、家でもない、ここに。

拓海くんは、それから一年、毎朝、そのいすに座った。

最初の一週間、拓海くんは、ひとことも話さなかった。

わたしも、話しかけなかった。

朝、おはよう、と言い、帰りに、また明日ね、と言うだけだった。

二週目のある朝、拓海くんが、小さな声で言った。

ここ、明日も、来ていいですか。

わたしは、いいよ、と答えた。

戸口のそばで、本を読み、ときどき、窓の外の松林を見ていた。

わたしは、何も聞かなかった。

ときどき、拓海くんは、わたしの仕事を手伝ってくれた。

体温計をアルコールでふいたり、ばんそうこうを箱にそろえたりした。

すり傷の一年生が泣きながら来たときには、黙って、水道の水を出してやった。

そういうとき、拓海くんの顔は、少しだけ明るかった。

教室に行きなさい、とも、帰りなさい、とも言わなかった。

担任の先生には、いつまで甘やかすんですか、と言われた。

お母さんには、学校に行かせる意味があるんですか、と言われた。

わたしは、どちらにも、もう少し待ってください、とだけ答えた。

二年生の秋、拓海くんは、いすを少しずつ、廊下のほうへ動かすようになった。

ある朝、いすは、廊下に出ていた。

その次の週、拓海くんは、教室の戸を、自分で開けた。

昼休みには、まだ、保健室に戻ってきた。

わたしは、戸口のいすを、そのままにしておいた。

三年生になると、拓海くんは、昼休みにも来なくなった。

卒業式の日、戸口のいすの上に、小さな紙が一枚、置いてあった。

ありがとうございました、とだけ、書いてあった。

第四章 拓海さんの話

この春、母校の中学校が、新しい校舎に建て替わることになった。

古い校舎のお別れの会に、わたしも呼ばれた。

会が終わって、一人で保健室をのぞいていると、うしろから声がした。

四十一になった、拓海くんだった。

いまは、となりの市の中学校で、先生をしているという。

教室に入っていけない子のための、別の部屋を、受け持っているのだと言った。

拓海さんは、保健室の戸口に立って、半分あいた戸を、そっとなでた。

あのころ、ぼく、どこにもいられなかったんです。

教室は、こわかった。

家に帰ると、母が泣いた。

どっちにも行けなくて、ここの戸の前に立ってた。

先生だけが、どっちにも連れていかなかった。

教室と家のあいだに、ここがあった。

先生が、あいだに立っていてくれたから、ぼく、自分で、どっちに行くか決められたんです。

拓海さんは、少し笑った。

いまの部屋の戸も、半分だけ、開けてあるんです。

わたしは、何も言えなかった。

窓の外で、松林が、春の風にゆれていた。

第五章 半分開けた戸

その夜、わたしは、家の台所で、長いあいだ、座っていた。

三十八年、わたしは、自分を、どっちつかずの、半端な人間だと思ってきた。

教師にもなりきれず、親の代わりにもなれない人間だと。

でも、そうではなかったのかもしれない。

教室の側にも、家の側にも、つかなかった。

廊下の端の、戸口に立っていた。

だから、どちらにも行けない子が、そこで休めた。

どちらかの側についていたら、あの子は、行き場をなくしていただろう。

夫の言葉を、思い出した。

おまえは、いつも、はっきりしないな。

別れるとき、夫は、もう一つ、言ったのだった。

でも、おまえの保健室には、いつも子どもがいたな。

あのときは、皮肉だと思って、聞き流していた。

わたしは、台所の戸を見た。

いつのまにか、家の戸も、半分だけ開ける癖がついていた。

エピローグ

夏、拓海さんから、写真が届いた。

拓海さんの学校の、小さな部屋の写真だった。

半分あいた引き戸のそばに、丸いいすが一つ、置いてあった。

写真のうしろに、短く書いてあった。

今年も、一人、このいすから、自分で教室に行った子がいます。

時間は、かかりました。

でも、ぼくは、どっちにも連れていきませんでした。

わたしは、写真を、台所の窓辺に立てた。

それから、台所の戸を、半分だけ、開けておいた。

夜の風が、そこから、少しだけ入ってきた。

ソウルミッション358

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