三十年の軽トラ
手入れされて、使われていた

朗読で聴く
第一章 白い軽トラック
六十六になった。
山形の、さくらんぼの畑が広がる町に住んでいる。
夫の家の果樹園を、四十年手伝ってきた。
夫は、十年前に死んだ。
いまは、娘夫婦と、小さな果樹園を続けている。
納屋に、白い軽トラックが一台ある。
三十年前に、夫と二人で、中古で買ったものだ。
荷台は、さくらんぼの箱や、肥料の袋や、はしごを積んで、傷だらけだ。
それでも、わたしは、毎朝、この軽トラで畑に出る。
月に一度、わたしは、自分で、この軽トラの手入れをしてきた。
オイルを替え、タイヤの空気をたしかめ、ブレーキの具合を見る。
冬の前には、バッテリーを外して、家の中に入れる。
夫が死んでからは、ずっと、わたしが一人でやってきた。
手のしわに、油がしみて、なかなか落ちない。
春は、さくらんぼの花が咲く前に、畑の木の剪定をする。
初夏は、朝の四時から、さくらんぼをとる。
とったさくらんぼは、箱に詰めて、軽トラで、農協の集荷場まで運ぶ。
でこぼこの農道を、さくらんぼがつぶれないように、ゆっくり走る。
この軽トラは、三十年、一度も、途中で止まったことがない。
冬は、雪が一メートルも積もる。
毎朝、軽トラの雪を下ろしてから、畑の様子を見に行く。
夫が生きていたころは、夫が運転し、わたしは助手席で、箱を押さえていた。
第二章 みっともない車
娘には、よく言われた。
お母さん、そろそろ、新しい車にしたら。
あんな古いの、みっともないよ。
町の人にも、言われた。
まだ、あのボロに乗ってるのか。ほかの家は、みんな新しいのに替えたぞ。
農協の人には、新しい軽トラの案内を、何度も渡された。
わたしは、まだ走るから、と答えた。
案内の紙は、たたんで、納屋の引き出しにしまった。
たしかに、わたしは、物を買いかえるのが、下手だった。
夫の作業着も、つぎを当てて、まだ着ている。
自分でも、けちで、時代おくれの女だと思っていた。
娘に恥ずかしい思いをさせている、だめな母親だと。
娘の結婚式の日も、わたしは、あの軽トラで式場まで行った。
駐車場には、ぴかぴかの車ばかりが並んでいた。
わたしは、いちばん端の、目立たないところに、そっと止めた。
帰りぎわ、娘の夫の親戚に、あれは農家の車だね、と笑われた。
娘は、何も言わなかったが、少しだけ、顔をそむけた。
わたしは、その夜、軽トラの荷台を、いつもより念入りに洗った。
第三章 健太
三十年前、軽トラを買ったばかりのころ、となりの家に、健太という男の子がいた。
十歳の、手先の器用な子だった。
お父さんが早くに亡くなり、お母さんが、町の工場で働いていた。
健太は、学校から帰ると、いつも一人だった。
ある日、わたしが納屋で軽トラのオイルを替えていると、健太がのぞきに来た。
おばさん、何してるの。
車の、ごはんを替えてるの。
わたしは、健太に、古いオイルの色を見せた。
黒くなってるでしょう。これを替えないと、車は、すぐに弱るのよ。
健太は、目を丸くして、オイルの受け皿をのぞきこんだ。
それから、月に一度、健太は、オイル替えの日に、必ず納屋に来た。
工具を渡す役から始めて、一年もすると、自分でボルトをゆるめるようになった。
タイヤの空気の入れ方も、ブレーキの見方も、わたしの横で覚えた。
健太のお母さんには、言われたことがある。
うちの子に、油まみれのことを教えないで。
わたしは、すみません、と頭を下げた。
それでも、健太は、毎月、納屋に来た。
ある冬の朝、軽トラのエンジンが、どうしてもかからなかった。
わたしがボンネットの前で困っていると、健太が、雪の中を走ってきた。
バッテリーの線、ゆるんでるよ。
健太は、凍えた手で、スパナを回した。
エンジンが、一回でかかった。
健太は、得意そうに、鼻をこすった。
わたしは、その朝、健太を軽トラに乗せて、学校まで送っていった。
それから、健太は、自分のことを、この車の整備係、と呼ぶようになった。
十五のとき、健太は、お母さんと、遠くの町へ引っ越していった。
最後の日、健太は、納屋の柱に、小さく自分の名前を彫っていった。
第四章 健太さんの話
この夏、娘が、とうとう、新しい軽トラを買ってきた。
古い軽トラは、廃車にしようと、娘は言った。
廃車の手続きの日、一台の整備工場のトラックが、家の前に止まった。
降りてきたのは、四十になった、健太さんだった。
いまは、となりの町で、小さな整備工場をやっているという。
娘が、廃車のことで、町の工場に電話をしたのを、聞きつけたのだと言った。
健太さんは、納屋に入って、古い軽トラのボンネットを開けた。
しばらく、黙って、エンジンを見ていた。
すごいですね。三十年たって、これだけきれいなエンジンは、めったに見ません。
毎月、ちゃんと手入れされて、使われてきた車の音がします。
健太さんは、少し笑った。
ぼく、あの納屋で、直しながら乗る、っていうのを、教わったんです。
うちの工場のお客さんは、ほとんど、山の上の農家のお年寄りです。
新しい車は買えない。でも、畑に出るには、車がいる。
そういう人の古い車を、毎月、手入れして、走らせてるんです。
ほかの工場には、もう買いかえたほうがいいと言われた車ばかりです。
健太さんは、軽トラのドアを、そっとなでた。
この車、うちで、もらえませんか。
山の上の、車を持っていないおばあさんに、貸してあげたいんです。
わたしは、何も言えなかった。
納屋の外で、さくらんぼの葉が、夏の風にゆれていた。
第五章 手のしわの油
その夜、わたしは、台所で、油のしみた手を洗っていた。
三十年、わたしは、自分を、けちで、時代おくれの女だと思ってきた。
娘に恥ずかしい思いをさせる、みっともない母親だと。
でも、そうではなかったのかもしれない。
毎月、オイルを替え、ブレーキを見た。
それは、物を、使える物のままにしておくことだった。
手入れされて、使われていた車は、三十年たっても、まだ走る。
そして、その横で、一人の男の子が、直し方を覚えていた。
夫のことを、思い出した。
軽トラを買った日、夫は、わたしに、オイルの替え方を教えてくれた。
おまえが替えられるようになれば、おれがいなくなっても、この車は走る。
あのときは、縁起でもない、と怒った。
夫は、わかっていたのかもしれない。
わたしは、手のしわに残った油を、そのままにして、タオルで手をふいた。
エピローグ
秋、健太さんから、写真が届いた。
山の上の、小さな畑の横に、白い軽トラが止まっていた。
運転席の横に、腰の曲がったおばあさんが立って、笑っていた。
写真のうしろに、短く書いてあった。
八十五のおばあさんが、毎朝、畑に乗っていきます。
月に一度、うちで手入れをしています。
オイルの替え方は、おばあさんにも、教えました。
わたしは、写真を、納屋の柱にはった。
それから、新しい軽トラのボンネットを開けて、オイルの色を見た。
まだ、きれいな色をしていた。
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