決めるのは、あなた
大人として、扱ってくれた

朗読で聴く
第一章 島の店
七十になった。
カナダの東の端、ニューファンドランドの沖の、小さな島に住んでいる。
島には、三百人ほどが暮らしている。
二十五のときから、島に一つだけの店をやってきた。
四十五年になる。
夫のトムは、漁師だったが、八年前に死んだ。
息子が一人、本土の町で、船の修理をしている。
店は、港のそばの、白い木の建物だ。
小麦粉と砂糖と、ろうそくと釣り糸と、長靴と毛糸を売っている。
店の奥の小さな窓口は、島の郵便局も兼ねている。
手紙を受け取り、切手を売り、週に二度、本土へ行く船に郵便袋を積む。
島の人は、みんな、この店に来る。
でも、わたしと長話をしていく人は、ほとんどいない。
冬は、海が荒れて、何週間も船が来ないことがある。
そういうときは、店の棚の小麦粉と灯油を、島じゅうの家の数で割って、少しずつ売った。
一人でたくさん買おうとする人には、売らなかった。
それで、ずいぶん恨まれたこともある。
春になって、最初の船が港に入ると、島の人たちは、店の前に並んだ。
わたしは、本土から届いた手紙を、一通ずつ名前を呼んで渡した。
そのときだけは、店じゅうが、にぎやかになった。
第二章 何も言わない人
島の人には、よく言われた。
あの人は、何を聞いても、自分の考えを言わない。
相談しても、冷たい。
たしかに、わたしは、人に意見を言わなかった。
どうしたらいいかと聞かれると、知っていることだけを話した。
本土の病院の場所、船の時間、お金がいくらかかるか。
それから、こう言った。
決めるのは、あなたよ。
それで、怒って帰っていく人もいた。
子どもに聞かれても、同じだった。
ほかの大人は、子どもには、こうしなさい、と教えてやる。
わたしは、子どもにも、知っていることだけを話して、決めるのはあなた、と言った。
夫のトムには、笑われた。
おまえは、子どもにも、大人と同じ口をきくんだな。
わたしは、自分を、人の役に立たない、冷たい女だと思っていた。
親身になって、背中を押してやることができない人間なのだと。
第三章 エレン
三十三年前の冬、店に、エレンという女の子が来た。
十四の、背の高い、口数の少ない子だった。
島には、中学までしかない。
高校に行くには、島を出て、本土の大きな町で、下宿をしなければならない。
エレンの家は漁師で、上の兄たちは、みんな、中学を出ると船に乗った。
エレンの父親は、女の子が島を出る必要はない、と言っていた。
学校の先生は、絶対に行きなさい、と言っていた。
島じゅうの大人が、エレンに、どうするべきかを言っていた。
エレンは、郵便の窓口の前に立って、わたしに聞いた。
わたし、どうしたらいいと思いますか。
わたしは、少し考えてから、窓口の下から紙を出した。
本土の高校の住所。下宿の一か月のお金。船の時間と、冬に船が止まる月。
島から出て高校に行った人の数と、戻ってきた人の数。
知っていることを、全部、紙に書いて渡した。
それから、言った。
これが、わたしの知っていること。決めるのは、あなたよ。
エレンは、長いあいだ、紙を見ていた。
それから、小さな声で、聞いた。
わたしが、決めていいんですか。
あなたの人生だもの。
三日後、エレンは、また窓口に来た。
本土の高校への、申し込みの封筒を持っていた。
わたしは、切手を売り、封筒に消印を押して、郵便袋に入れた。
エレンの父親は、店に来て、わたしに怒った。
あんたが、娘に、何か吹きこんだんだろう。
わたしは、紙に書いたことを、そのまま父親にも話した。
それから、言った。決めたのは、エレンです。
父親は、黙って帰っていった。
島の人たちは、しばらく、わたしの店で、エレンの話をしなかった。
次の秋、エレンは、本土へ行く船に乗っていった。
桟橋で、父親が、エレンのかばんを船に積んでいた。
わたしは、店の窓から、それを見ていた。
それから三年、エレンの手紙は、毎週、わたしの窓口を通って、家族に届いた。
第四章 エレンの話
この春、ひざが悪くなって、店を閉めることにした。
最後の日、本土からの船で、一人の女の人がやってきた。
四十七になった、エレンだった。
いまは、本土の大きな町で、家庭裁判所の裁判官をしているという。
親が別れるときに、子どもがどちらと暮らすかを決める仕事だと言った。
エレンは、郵便の窓口の前に立って、店の中を見回した。
あのころ、大人はみんな、わたしに、どうするべきかを言いました。
父も、先生も、隣のおばさんも。
みんな、わたしのためを思って言ってくれた。それは、わかってた。
でも、わたしは、だれかの言うとおりにする子どもでしかなかった。
あなただけが、紙をくれて、決めるのはあなた、と言った。
あれで、初めて、自分の人生が、自分のものになったんです。
わたしを、大人として、扱ってくれた。
エレンは、少し笑った。
法廷で、子どもに会うと、わたし、最初に紙を渡すんです。
知っていることを、全部書いた紙を。
それから、聞くんです。あなたは、どうしたい、って。
決めるのは、あなただと言ってくれた。あの一言が、わたしの仕事の始まりでした。
わたしは、何も言えなかった。
港で、帰りの船が、汽笛を鳴らしていた。
第五章 背中を押さなかったこと
その夜、店の明かりを消してから、わたしは、窓口のいすに座っていた。
四十五年、わたしは、自分を、人の役に立たない、冷たい女だと思ってきた。
相談されても、何も言ってやれない人間だと。
でも、そうではなかったのかもしれない。
知っていることを、全部渡した。
そして、決めることだけは、その人に残した。
それは、あの子を、一人の人間として扱うことだったのだ。
背中を押されるより、決めるのはあなたと言われるほうが、遠くまで行ける子もいた。
トムのことを、思い出した。
おまえは、子どもにも、大人と同じ口をきくんだな。
あの人は、息子が漁師にならずに本土へ行くと言ったとき、反対しなかった。
おまえが、あいつに、自分で決めさせたからな、と笑っていた。
あのとき、わたしは、責められているのだと思った。
トムは、わかっていたのかもしれない。
息子は、いまも、本土の町で、自分で選んだ仕事をしている。
年に一度、島に戻ってくると、店の棚の修理を、黙ってしていく。
わたしは、窓口の引き出しを開けた。
郵便の消印を押す、古い判が入っていた。
エピローグ
夏、本土のエレンから、手紙が届いた。
島の消印のない、本土の郵便局の手紙だった。
十二の男の子の話が、書いてあった。
両親が別れることになって、大人がみんな、その子にどうするべきかを言った。
わたしは、その子に、知っていることを全部書いた紙を渡しました。
その子は、紙を読んで、長いあいだ黙っていて、それから言いました。
ぼくが、決めていいの。
あなたの人生だもの、と答えました。
わたしは、手紙を、店の窓口の、いちばん高い棚に立てた。
店はもう開けていないが、窓口の明かりだけは、夕方につけることにした。
あなたの魂のテーマに気づく場所