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麻袋

粒の下は、噛まれなかった

麻袋

朗読で聴く

第一章 村の畑

七十五になった。

スコットランドの北の、山あいの小さな村に住んでいる。

十八で、村の大きな屋敷の庭師見習いになった。

それから五十年、六十八まで、屋敷の庭で働いた。

妻のモラグとは、五十年いっしょにいる。

村のはずれに、区画に分けた畑がある。

村の人が、一区画ずつ借りて、野菜を育てる畑だ。

わたしは、二十五のときから、そこに一区画を借りてきた。

じゃがいも、豆、玉ねぎ、それに、いちごを少し。

この村の春は、遅い。

五月になっても、晴れた夜には、霜が降りる。

芽を出したばかりの苗は、一晩の霜で、黒くなって死ぬ。

こちらでは、それを、霜に噛まれた、と言う。

だから、わたしは、春の夜に、空を見るくせがついた。

風が止んで、星がよく見える夜は、霜が来る。

そういう夜は、物置から、古い麻袋を出していく。

じゃがいもを入れてきた、ごわごわの袋だ。

それを、苗の上に、一枚ずつ、そっとかぶせる。

朝になったら、袋を取って、たたんで戻す。

第二章 おせっかいなじいさん

わたしは、自分の区画だけでは、やめられなかった。

霜の夜には、となりの区画にも、袋をかぶせた。

その向こうの区画にも、かぶせた。

気がつくと、畑じゅうを、袋をかついで歩いていた。

村の人には、いやがられた。

勝手に、人の畑に入らないでくれ。

自分の苗のことは、自分でわかってる。

袋が風で飛んで、豆のつるが、折れたこともあった。

朝、袋を取りに行くと、もう誰かが、放り投げていた。

となりの区画のアンガスとは、何度も、言い合いになった。

ある朝、アンガスは、わたしの袋を、全部、柵の外に放り出した。

おれの畑は、おれが守る。二度と、さわるな。

わたしは、黙って、袋を拾い集めた。

次の霜の夜、わたしは、アンガスの区画には、袋をかぶせなかった。

朝、アンガスの豆は、半分、黒くなっていた。

アンガスは、何も言わなかったが、わたしも、何も言えなかった。

あのじいさんは、おせっかいだ。口うるさい。

パブで、そう笑われているのを、何度も聞いた。

まだじいさんと呼ばれる年でもないころから、そう呼ばれた。

妻にも、言われた。

あなたは、人の畑の心配ばかりしてる。

わたしは、言い返さなかった。

ただ、霜の夜になると、どうしても、じっとしていられなかった。

わたしは、自分を、出しゃばりの、うるさい男だと思っていた。

人の領分に、ずかずか入っていく男だと。

第三章 ローリーの区画

三十年前の春、ローリーという男の子が、畑に来た。

十一の、やせた、口をきかない子だった。

父親は家を出ていき、母親のフィオナが、ホテルで夜に働いていた。

ローリーは、学校の先生のすすめで、小さな区画を借りた。

はじめての畑だった。

じゃがいもと、いちごを植えた。

毎日、学校から帰ると、ひとりで水をやっていた。

ほかの子が遊んでいる夕方も、ローリーは、畑にいた。

じょうろを持つ手は、小さくて、いつも泥だらけだった。

話しかけても、うなずくか、首を振るだけだった。

フィオナが、一度だけ、畑まで迎えに来たことがある。

夜の仕事の前の、疲れた顔をしていた。

五月のはじめ、霜の来そうな夜があった。

わたしは、ローリーの区画にも、麻袋をかぶせた。

次の朝、ローリーが、怒った顔で、わたしのところへ来た。

ぼくの畑に、さわらないで。自分でできる。

わたしは、そうか、とだけ言った。

でも、霜の夜には、それからも、黙って袋をかぶせた。

ローリーは、そのたびに、朝、袋を投げてよこした。

その年の五月の終わり、ひどい遅霜が来た。

村じゅうの畑の、じゃがいもの芽が、一晩で黒くなった。

朝、わたしは、畑を見てまわった。

黒くならなかったのは、袋の下の苗だけだった。

ローリーの区画の芽も、青いまま、残っていた。

ローリーは、自分の区画の前で、長いこと、立っていた。

その日は、袋を、投げてよこさなかった。

第四章 ローリーの話

この秋、わたしは、畑の区画を返すことにした。

腰が悪くなって、もう、くわを持てなくなった。

最後の日、区画の片づけをしていると、男が一人、やってきた。

四十一になった、ローリーだった。

ローリーは、いま、あの屋敷の庭師のかしらをしている。

ローリーは、わたしの物置の前で、麻袋を一枚、手に取った。

あの年の五月、村じゅうのじゃがいもが、霜にやられたでしょう。

あのとき、うちには、ほんとうに、お金がなかったんです。

夏に、あの畑のいちごとじゃがいもを、村の朝市で売りました。

はじめて、自分で、お金をかせいだ。

母さんに渡したら、母さんが、泣いたんです。

おじさんの袋の下のだけ、残ったんです。

あれがなかったら、ぼくは、畑をやめてました。

ローリーは、袋のごわごわしたところを、指でなでた。

いま、屋敷の見習いの子たちの苗に、ぼくも、袋をかぶせてるんです。

霜の夜に、勝手に。

見習いの子には、うるさい庭師のかしらだって、言われてます。

ローリーは、そう言って、少し笑った。

わたしは、何も言えなかった。

物置の中で、たたんだ麻袋が、何十枚も重なっていた。

第五章 粒の下は、噛まれなかった

その夜、台所で、モラグが紅茶をいれてくれた。

わたしは、ローリーの話を、モラグにした。

五十年、わたしは、自分をおせっかいな男だと思ってきた。

人の畑に勝手に入る、うるさい男だと。

でも、そうではなかったのかもしれない。

袋の一枚一枚は、小さなものだった。

霜の夜のたびに、少しずつ、苗の上に、かぶせていった。

その袋がかぶさっていたところだけ、霜は、苗を噛まなかった。

霜は、袋の外の苗を、噛んでいった。

袋の下の苗だけが、青いまま、朝を迎えた。

ローリーの最初の夏は、その袋の下に、あったのだ。

父のことを、思い出した。

父も、屋敷の庭師だった。

霜の夜になると、父は、村じゅうの畑に、袋をかついで出ていった。

わたしは、子どものころ、それが、はずかしかった。

でも、わたしの最初の畑の苗も、父の袋の下で、育ったのだ。

モラグは、カップを置いて、言った。

あなたの袋、毎年、だれかが、こっそり、たたんで戻してくれてたでしょう。

わたしは、うなずいた。

投げられた袋が、いつのまにか、物置の前にたたんで置いてあった。

あれ、ローリーよ。あの夏から、ずっと。

わたしは、知らなかった。

窓の外で、星がよく見えた。

今夜も、霜が来るだろう。

エピローグ

次の春、ローリーが、小さな男の子を連れて、家に来た。

息子のユアンで、八つだという。

ユアンは、物置の麻袋を見つけて、これ、なに、と聞いた。

霜から、苗を守る袋だよ。

ユアンは、袋を一枚かかえて、畑のほうへ走っていった。

新しく区画を借りた、若い夫婦の畑の前で、立ち止まった。

まだ小さな、豆の芽が、出ていた。

ユアンは、袋を、そっと、芽の上にかぶせた。

ローリーが、あわてて止めようとした。

わたしは、その腕を、そっとおさえた。

いいんだ。かぶせておけ。

今夜は、星がきれいだから。

ローリーが、うしろで、声を出して笑った。

ソウルミッション358

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