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継ぎ目

どれも、一つにつながっていた

継ぎ目

朗読で聴く

第一章 地面の下

六十六になった。

中国地方の、山と海にはさまれた、小さな市に住んでいる。

十八で市役所の水道課に入り、六十まで、四十二年、働いた。

仕事は、水道の管を、直すことだった。

町の道の下には、水道の管が、網の目のように、のびている。

古い管は、継ぎ目から、少しずつ、水がもれる。

もれたと知らせが来ると、わたしは、道を掘りに行った。

夜中でも、雨の日でも、正月でも。

アスファルトを割り、土を掘り、管の継ぎ目を出す。

泥水の中に、ひざまで入って、古い継ぎ目を外す。

新しい継ぎ目に替えて、水を通して、もれないのを確かめる。

それから、土をもどし、アスファルトでふさぐ。

次の朝には、どこを掘ったのか、だれにもわからない。

道の下の仕事は、終わると、見えなくなる。

橋や建物のように、名前が残ることも無い。

妻のさち子とは、二十六で結婚した。

子どもはいない。

今は、二人で、海の見える坂の上の家に住んでいる。

第二章 きりがない仕事

入ったばかりのころ、わたしに仕事を教えたのは、岡田さんという人だった。

無口で、手の大きな人だった。

岡田さんは、いつも、同じことを言った。

直すなら、継ぎ目ごと、替えろ。

もれたところだけふさいでも、すぐ、となりから、またもれる。

継ぎ目ごと、曲がる新しいのに替えておけば、地面がゆれても、割れん。

手間は、三倍かかった。

もれたところに、巻いて、しばるだけなら、一時間で終わる。

継ぎ目ごと替えると、半日かかる。

若い職員たちは、わたしを、のろいと言った。

課長にも、何度か言われた。

一か所に、そんなに時間をかけるな。もれは、ほかにもあるんだ。

わたしは、課長に、頭を下げた。

そして、次の現場でも、継ぎ目ごと、替えた。

怒られるたびに、岡田さんの大きな手を、思い出した。

町の人も、工事の音がうるさいと、苦情を言った。

わたしは、言い返さなかった。

でも、岡田さんのやり方を、変えなかった。

四十二年、継ぎ目ごと、替え続けた。

それでも、もれは、無くならなかった。

一か所直すと、別のところから、知らせが来る。

きりが無かった。

わたしがしてきたのは、ばらばらの穴を、一つずつふさぐことだけだ。

どこにも、何も残らない。

定年の日、わたしは、作業着を返して、歩いて家に帰った。

さち子が、ご苦労さまでした、と言った。

それだけだった。

それで、いいと思った。

第三章 ゆれた夜

この春、大きな地震が来た。

夜中の二時だった。

家が、大きく、横にゆれた。

食器棚の皿が、何枚も、床に落ちて割れた。

さち子とわたしは、布団の上で、じっとしていた。

朝になると、町の様子が、少しずつ、わかってきた。

となりの市では、道の下の管が、あちこちで割れた。

何万軒もの家で、水が出なくなった。

給水車の前に、長い列ができているのを、テレビで見た。

わたしは、台所の蛇口を、ひねってみた。

水が、出た。

いつもと同じ勢いで、まっすぐに、流れた。

さち子が、横から、のぞきこんだ。

出るのね、うちは。

わたしは、何も言わずに、水を止めた。

手が、少し、ふるえていた。

昼すぎ、市役所から、町の様子を知らせる放送があった。

市内の水道は、ほぼ全部、使えます。

となりの市の知り合いから、電話が来た。

そっちは、水が出るのか。うちは、風呂の水も、無いんだ。

わたしは、ポリタンクに水をくんで、車で、届けに行った。

第四章 台帳の地図

十日後、市役所の水道課の、若い職員が、たずねてきた。

中村くんという、三十の男だった。

大きな紙の筒を、小わきに抱えていた。

杉本さん、見てもらいたいものがあるんです。

中村くんは、居間のテーブルに、紙を広げた。

町の地図だった。

道の下の管が、細い線で、全部、描いてあった。

その線の上に、赤い点が、びっしりと、打ってあった。

地震のあと、なぜうちの町だけ、管がほとんど割れなかったのか、調べたんです。

古い工事の台帳を、全部、めくりました。

この赤い点は、杉本さんが、継ぎ目ごと替えたところです。

三千二百か所、ありました。

わたしは、地図を見た。

赤い点は、町じゅうに、散らばっていた。

ばらばらの、一つずつの、穴だった。

でも、中村くんが、指でたどると、ちがって見えた。

見てください。

浄水場から出る太い管から、ここ、ここ、ここ。

赤い点が、とぎれずに、つながっているんです。

町の、どの家までたどっても、途中の継ぎ目は、ほとんど全部、赤い点なんです。

四十二年かけて、町じゅうの管が、杉本さんの継ぎ目で、一本につながっていたんです。

だから、地面がゆれても、どこも割れなかった。

わたしは、地図の上に、手を置いた。

海ぞいの古い住宅の、細い管。

あれは、雪の夜に、掘った。

坂の上の、小学校へ行く管。

あれは、さち子の母親の葬式の、次の日だった。

駅前の、商店街の下の管。

あれは、真夏の昼で、アスファルトが、靴の底にはりつくほど熱かった。

どの点も、覚えていた。

でも、全部が一つにつながっているとは、一度も、思ったことが無かった。

第五章 どれも、一つにつながっていた

中村くんが帰ってから、わたしは、長いあいだ、地図を見ていた。

四十二年、わたしは、穴を、一つずつふさいできた。

のろいと言われ、うるさいと言われた。

きりが無い、何も残らない仕事だと、自分でも思っていた。

でも、一つずつは、ただの継ぎ目だった。

どれも、とちゅうで手をぬかずに、ちゃんと替えたから、全部がつながった。

一か所でも、巻いて、しばるだけにしていたら。

そこで、管は割れて、その先の家には、水が届かなかっただろう。

ばらばらだと思っていたのは、わたしが、地面の上から見ていたからだ。

地面の下では、全部が、一つだった。

わたしだけで、つないだのでもない。

管を作った人、浄水場の人、一緒に掘った若い職員たち。

みんなの仕事が、そこで、つながっていた。

岡田さんのことを、思い出した。

直すなら、継ぎ目ごと、替えろ。

岡田さんは、二十年前に、死んだ。

あの人も、こうして、どこかに、つながっているのだと思った。

台所から、さち子が、お茶をいれる音がした。

やかんに、水を入れる音。

その水は、町じゅうの継ぎ目を、くぐってきた水だった。

エピローグ

夏のはじめ、中村くんから、電話が来た。

古い管の替え方を、若い者に、教えてもらえませんか。

わたしは、作業着を、たんすの奥から出した。

次の週、町はずれの道で、わたしは、中村くんたちと、穴を掘った。

泥水の中に、ひざまで入った。

古い継ぎ目を外して、若い職員に、新しい継ぎ目を持たせた。

巻いて、しばるだけなら、一時間で終わる。

でも、継ぎ目ごと、替えるんだ。

若い職員は、うなずいて、半日かけて、替えた。

水を通すと、どこからも、もれなかった。

中村くんが、地図を広げて、新しい赤い点を、一つ、打った。

その点も、ちゃんと、となりの点と、つながっていた。

わたしは、泥だらけの手で、汗をふいた。

ソウルミッション358

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