白い線の人
同じ間隔で、まっすぐ引いた

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第一章 道路の線
七十になった。
アメリカの東の端の、メイン州の、小さな町に住んでいる。
松の森と、岩の多い海岸のあいだの町だ。
冬は長く、雪が多い。
わたしは、この町の道路課で、四十年、働いた。
仕事は、道路に、白い線を引くことだった。
センターラインと、道の端の線と、横断歩道。
春になると、雪がとけて、線が消えかけている。
わたしは、小さなトラックに白いペンキを積んで、町じゅうの道を回った。
線を引く機械を押して、まっすぐに、同じ太さで。
破線のところは、同じ長さの線を、同じ間隔で。
ペンキを引く機械は、四つの車輪のついた、重い手押しの機械だ。
まっすぐ押すには、腕だけでなく、腰と足で押す。
少しでも気をぬくと、線が、わずかに曲がる。
夏の日差しの中で、道路は、ひどく熱かった。
わたしは、帽子をかぶって、一日じゅう、道の上を歩いた。
わたしは、それを、四十年、一度も、ずらさなかった。
夫のフランクは、十二年前に死んだ。
郵便配達をしていた人だった。
娘が一人いて、ボストンで看護師をしている。
第二章 線の人
町の人たちは、わたしを、線の人と呼んだ。
白い線のおばさん。
子どもたちは、わたしのトラックを見ると、手をふった。
でも、大人たちは、少し笑っていた。
そんなに、きっちり引かなくても、だれも気にしないよ。
道路課の若い人たちも、そう言った。
破線の間隔なんて、少しくらいずれても、わからない。
わたしは、言い返さなかった。
でも、ずらさなかった。
破線は、三メートルの線と、九メートルの空白。
わたしは、毎回、巻き尺で測った。
フランクは、ときどき、からかった。
おまえは、一生、まっすぐな線を引いて終わるんだな。
笑っていたけれど、わたしは、少し、胸が痛んだ。
本当に、そうだったからだ。
わたしは、絵も描けないし、歌も歌えない。
町の人の記憶に残るようなことは、何もしていない。
ただ、毎年、同じ線を、同じ間隔で、引き直してきただけだ。
消えては引いて、消えては引いて。
五年前、わたしは、仕事を辞めた。
最後の線を引いた日も、だれも、何も言わなかった。
わたしは、トラックを道路課の車庫に返して、歩いて家に帰った。
帰り道、自分の引いた線の上を、歩いた。
センターラインの破線が、家の前まで、続いていた。
来年の春には、また、消えかけるだろう。
そして、だれかが、引き直すのだろう。
あるいは、だれも、引き直さないのかもしれない。
わたしは、それを、自分には関係の無いことだと思うことにした。
第三章 吹雪の夜
この冬、町に、大きな吹雪が来た。
夜中に、電気が止まった。
家の中は、まっ暗だった。
わたしは、ろうそくをつけて、台所で、毛布にくるまっていた。
その夜、隣の家のエミリーが、産気づいた。
エミリーは、二十八で、初めての赤ちゃんだった。
救急車は、吹雪で、町まで来られなかった。
エミリーの夫のジェイクが、自分の車で、隣の町の病院まで連れていくことにした。
四十分の、山の中の道だった。
わたしは、窓から、ジェイクの車のライトが、吹雪の中に消えていくのを見ていた。
朝まで、眠れなかった。
山の中の道は、町の人がいちばん怖がる道だった。
片側が崖で、カーブが多い。
昔、フランクも、郵便の車で、その道を毎日通っていた。
冬の朝、フランクは、いつも言っていた。
あの道は、線が見えなくなったら、終わりだ。
わたしは、ろうそくの火を見ながら、それを思い出していた。
第四章 ライトに浮かんだ線
三日後、道が開いて、ジェイクとエミリーが、赤ちゃんを連れて帰ってきた。
女の子だった。
ジェイクは、赤ちゃんを抱いて、わたしの家に来た。
あの夜のことを、話してくれた。
吹雪で、前が、まったく見えなかったんです。
道も、森も、全部、白かった。
どこが道で、どこが崖なのか、わからなかった。
エミリーは、後ろの席で、痛がっていた。
もう、だめかと思いました。
でも、ライトの中に、白い線が見えたんです。
センターラインの破線が。
同じ長さで、同じ間隔で、雪の下から、少しずつ、出てきた。
一本、また一本。
ぼくは、その線だけを見て、運転しました。
線が、規則正しく来るから、スピードもわかった。
次の線が来れば、まだ、道の上にいるってわかった。
四十分、ずっと、その線を、数えていたんです。
ジェイクは、赤ちゃんを、わたしの腕に、そっと渡した。
あの線、あなたが引いたんですよね。
うちの父さんが、言ってました。
あの山の道の線は、白い線のおばさんが、毎年、巻き尺で測って引いてたって。
わたしは、腕の中の赤ちゃんを見た。
小さくて、あたたかかった。
エミリーも、あとから来て、玄関に立った。
この子の名前、まだ決めていないんです、とエミリーは言った。
でも、真ん中の名前は、決めました。
あなたの名前を、もらってもいいですか。
わたしは、何も言えずに、うなずいた。
涙で、赤ちゃんの顔が、よく見えなかった。
第五章 同じ間隔で、まっすぐ引いた
ジェイクたちが帰ってから、わたしは、長いあいだ、台所に座っていた。
四十年、わたしは、同じ線を、同じ間隔で、引いてきた。
だれも気にしないと、言われた。
一生、まっすぐな線を引いて終わるんだな、と言われた。
でも、吹雪の夜、その線だけが、道だった。
一本だけなら、ただの白いペンキだ。
でも、同じ長さで、同じ間隔で、何百本もまっすぐに並んでいたから、それは、道しるべになった。
間隔がそろっていたから、ジェイクは、数えることができた。
数えることができたから、道から外れなかった。
もし、わたしが、少しくらいずれてもいいと思っていたら。
雪の下から出てくる線は、ばらばらで、ジェイクは迷っただろう。
ずれなかったことが、あの夜の、真っ暗な山の道を、照らしていたのだ。
フランクのことを、思い出した。
おまえは、一生、まっすぐな線を引いて終わるんだな。
フランク、そうだったよ。
でも、それで、よかったみたい。
窓の外では、雪が、やんでいた。
月の光の中で、家の前の道が、白く光っていた。
雪の下に、わたしの引いた線が、眠っているはずだった。
エピローグ
春になった。
雪がとけて、道路の線が、また、消えかけていた。
ある朝、道路課の若い人が、わたしの家に来た。
今年、新しく入った、二十二の女の子だった。
線の引き方を、教えてもらえませんか。
山の道の破線を、あなたと同じように引きたいんです。
わたしは、物置から、古い巻き尺を出した。
四十年使って、目盛りが、少しかすれていた。
それを、女の子に、渡した。
三メートルの線と、九メートルの空白。
毎回、測るのよ。
女の子は、うなずいた。
その日の午後、わたしは、山の道の入り口まで、歩いていった。
新しい白い線が、同じ間隔で、まっすぐに、森の奥へ続いていた。
わたしは、その線を、一本ずつ、数えた。
一本、また一本。
どの線も、三メートルだった。
どの空白も、九メートルだった。
わたしは、少し笑って、家に帰った。
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