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預かった鍵

何度も、使われた原紙だった

預かった鍵

朗読で聴く

第一章 鍵の箱

七十八になった。

イングランドの北の、ヨークシャーの小さな村に住んでいる。

石造りの家が、教会のまわりに、三十軒ほど集まった村だ。

店が一軒と、パブが一軒ある。

冬は、谷に霧がたまる。

夫のジョージは、十年前に死んだ。

村の郵便局で、四十年働いた人だった。

子どもは、いない。

台所の戸棚の上に、古いビスケットの缶がある。

中には、鍵が入っている。

村の家の、合い鍵だ。

数えると、二十三本あった。

四十年前、となりのマーガレットが、旅行の間、鍵を預かってほしいと言った。

それが、最初の一本だった。

マーガレットは、十五年前に、町の老人ホームに移った。

その鍵は、そのとき返した。

最初の一本は、もう、缶には無い。

それから、村の人たちは、何かあると、わたしに鍵を預けるようになった。

旅行のとき。入院のとき。

水道屋が来るのに、家にいられないとき。

猫に、えさをやってほしいとき。

わたしは、いつも、家にいたからだ。

鍵には、それぞれ、ひもで小さな木のふだが付いている。

ふだには、何も書いていない。

どれがだれの鍵かは、全部、形で覚えている。

どの鍵も、ほんの少しずつ、ちがう。

歯の高さや、頭の丸みで、わかる。

第二章 便利な人

四十年、わたしは、何度も、頼まれてきた。

夜中に、電話が鳴ることもあった。

イーディス、悪いけど、うちの犬を見てくれないか。

イーディス、ボイラーの人が、明日の朝来るんだけど。

わたしは、断ったことがない。

缶から鍵を出して、出かけていく。

鍵を開ける前に、わたしは、いつも、戸を二回たたいた。

だれもいないとわかっていても。

用がすめば、鍵を缶に戻す。

お礼に、ビスケットをもらうこともあった。

何ももらわないことのほうが、多かった。

ジョージが死んだ年も、頼みは来た。

葬式の次の日にも、来た。

わたしは、行った。

家にいると、泣いてばかりいたからだ。

ジョージは、ときどき、言った。

おまえは、村の便利屋だな。

笑って言ったのだと思う。

でも、わたしは、少し、そうなのだろうと思った。

わたしには、自分の仕事も、自分の子どもも、無かった。

あるのは、人の家の鍵だけだった。

何度も使われて、すり減っていく。

それが、わたしの一生なのかもしれない。

この秋、わたしは、階段で足をすべらせた。

骨は折れなかったが、三週間、杖をついた。

もう、夜中に人の家まで歩くのは、無理かもしれない。

わたしは、鍵を、みんなに返すことにした。

第三章 一本ずつ

十月の晴れた日、わたしは、缶を手さげ袋に入れて、村を回った。

一軒ずつ、戸をたたいて、鍵を返した。

最初は、教会の向かいの、トムの家だった。

トムは、八十になる。

犬と二人で暮らしている。

鍵を渡すと、トムは、しばらく、それを手のひらにのせて見ていた。

すり減ってるな、と言った。

五年前、ベティが入院したとき、おれは毎日、病院へ行った。

犬のことも、家のことも、何も考えずに、ベティのそばにいられた。

あんたが、この鍵で、毎日、犬を出してくれたからだ。

ベティは、あの冬に死んだ。

でも、最後の三か月、おれは、ずっと、そばにいられた。

トムは、鍵を、わたしの手に戻した。

これは、あんたが持っててくれ。

次の家は、若い夫婦の家だった。

奥さんは、赤ちゃんを抱いて、玄関に出てきた。

三年前の冬の夜、わたしたちが町に出ているあいだに、水道管が破裂したんです。

消防の人を、あなたが、この鍵で、中に入れてくれた。

帰ってきたら、家は、ちゃんと、無事でした。

奥さんは、鍵を受け取って、それから、また、わたしに返した。

この子が大きくなるまで、預かっていてください。

三軒目は、一人で暮らす、若い男の人の家だった。

夜勤の仕事で、夜は、家にいない。

あなたが猫を見てくれるから、夜勤を続けられたんです、と彼は言った。

第四章 すり減った鍵

わたしは、一日かけて、二十三軒を回った。

最後の家を出たころには、空が赤くなっていた。

足が、少し痛んだ。

どの家でも、同じだった。

鍵を返すたびに、手さげ袋が、少しずつ軽くなった。

鍵を見ると、みんな、何かを思い出した。

猫のこと。

ガスの検針のこと。

夜中に、救急車を、中に入れたこと。

ある家では、年とった奥さんが、紅茶をいれてくれた。

いつも、あなたには、何もお返しをしていなかったから、と。

わたし自身が、忘れていたことばかりだった。

鍵を受け取ってくれた家は、半分くらいだった。

残りの半分は、鍵を、わたしの手に返した。

これは、イーディスの缶に入っているのがいいんだ。

あなたが持っていてくれると、安心して家を空けられる。

夜中に呼んだりは、もうしないから。

夕方、わたしは、家に帰って、台所のテーブルに、缶を置いた。

ふたを開けると、鍵は、十一本、残っていた。

缶は、朝より、ずっと、軽かった。

それでも、半分近くは、わたしの手に戻ってきたのだ。

わたしは、一本ずつ、手に取って見た。

どの鍵も、すり減っていた。

何度も、何度も、使われた鍵だった。

第五章 何度も使われた

便利屋だと思っていた。

何度も頼まれて、何度も使われて。

すり減っていくだけの、一生だと。

でも、鍵が一回使われるたびに、だれかが、どこかで、安心していた。

病院のベッドのそばにいられた人。

凍った夜に、家を失わずにすんだ人。

鍵がすり減ったのは、それだけ、だれかの役に立ったからだ。

わたしも、そうだったのかもしれない。

自分の仕事も、子どもも、無かった。

でも、二十三軒の家の、いちばん困った日に、わたしは、そこにいた。

鍵を開けて、中に入って、明かりをつけて、猫に、えさをやった。

どの家も、少しずつちがう匂いがした。

パンの匂い、犬の匂い、石炭の匂い。

わたしは、その匂いで、どの家かがわかった。

それは、何もしない一生では、なかった。

ジョージが言った、便利屋という言葉を、思い出した。

今は、少し、ちがって聞こえた。

ジョージが生きていたら、なんと言っただろう。

たぶん、また、笑っただろう。

ほら、やっぱり、村の便利屋だ、と。

便利というのは、だれかが、頼れるということだ。

四十年、この村の人たちは、わたしを、頼っていた。

エピローグ

次の朝、わたしは、いつものように、七時に起きた。

お茶をいれて、台所の窓から、村を見た。

教会の塔の向こうに、石の家の屋根が、並んでいた。

十一本の鍵の家は、どれも、あそこにある。

わたしは、缶を、戸棚の上の、いつもの場所に戻した。

そのとき、電話が鳴った。

トムだった。

イーディス、すまんが、昼に、医者に行くんだ。

犬を、一回だけ、出してもらえないか。

夜中じゃないから。

わたしは、笑って、いいわよ、と言った。

缶を下ろして、トムの鍵を出した。

いちばん、すり減った鍵だった。

杖をついて、ゆっくり、教会の向かいまで歩いた。

トムの犬が、戸の向こうで、しっぽをふる音がした。

鍵を回すと、いつものように、少し引っかかってから、開いた。

ソウルミッション358

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