← あなたの魂のテーマを探す に戻る

塔の時計

きちんとしすぎる、と言われてきた

塔の時計

朗読で聴く

第一章 月曜日の階段

七十二になった。

スイスの東の、山あいの小さな村に住んでいる。

村の通りで、五十年、時計の修理をしてきた。

仕事は、父から習った。父も、この村の時計屋だった。

腕時計も、柱時計も、目覚まし時計も。

店は、パン屋のとなりの、小さな部屋だ。

壁には、修理を待つ柱時計が、二十ほどかかっている。

みんな、同じ時刻を指している。

一つでもずれていると、気になって、仕事にならない。

そして、もう一つ。

村の教会の、塔の時計だ。

毎週月曜日の朝、わたしは、塔の階段を、九十八段のぼる。

てっぺんの小さな部屋に、大きな歯車の機械がある。

重りを巻き上げて、油をさす。

それから、ラジオの時報に合わせて、針を直す。

一秒のずれも、残さない。

それを、四十年。

村の人たちは、わたしのことを、ゲナウさん、と呼ぶ。

この国の言葉で、きっちりした人、という意味だ。

ほめ言葉ではない。

村の人の中には、わたしの店に、時計を持ってこない人もいる。

あの人は、細かすぎて、話が長い、と言って。

妻は、五年前に死んだ。

生きていたころ、妻は、よく笑って言った。

あなたは、時計より、きっちりしてるわね。

わたしは、いつも、そうか、とだけ答えた。

第二章 きっちりした父

息子のルーカスは、四十五で、チューリッヒに住んでいる。

子どものころ、わたしは、息子に、きびしかった。

夕方六時の鐘が鳴るまでに、家に帰ること。

一分でも遅れたら、叱った。

息子が十のとき、友だちの家で遊んでいて、六時の鐘に間に合わなかったことがある。

わたしは、一週間、外で遊ぶのを禁じた。

息子は、それから、しばらく、わたしと口をきかなかった。

息子は、それが、いやでたまらなかったらしい。

十八で家を出てから、あまり帰ってこない。

去年の秋、村の議会が、塔の時計に、電気の機械を付けると決めた。

電波で、時刻を勝手に合わせる機械だ。

もう、だれも、階段をのぼらなくていい。

新しい機械は、一年に一秒も狂わない、と議会の人は言った。

議会の人は、ていねいに、わたしにお礼を言った。

四十年、ありがとうございました。

これからは、ゆっくりしてください。

わたしは、うなずいた。

電話で、息子にも話した。

息子は、言った。

よかったじゃないか。父さんは、一秒にこだわりすぎるんだよ。

だれも、教会の鐘が一秒ずれたって、気づかないよ。

そうなのだろう、と思った。

わたしの四十年は、だれも気づかない一秒を、守っていただけなのかもしれない。

第三章 最後の月曜日

一月の最後の月曜日、わたしは、いつものように、九十八段をのぼった。

これが、最後だった。

外は、雪だった。

塔の上の部屋は、冬は息が白くなるほど寒い。

小さな窓から、村の屋根と、谷の向こうの雪山が見える。

重りを巻き上げて、油をさして、ラジオの時報に合わせた。

針を合わせ終わると、いつもより少し長く、歯車の音を聞いていた。

カチ、カチと、四十年、同じ音だった。

一秒のずれも、残さなかった。

次の週から、電気の機械が、動きはじめた。

最初の朝、わたしは、店で、塔の鐘を聞いていた。

七時の鐘が、鳴らなかった。

わたしは、店の壁を見た。

二十の柱時計が、みんな、七時を指していた。

七時を二分過ぎて、やっと鳴った。

機械の設定が、まちがっていたらしい。

その日の昼、娘のアンナが、店に来た。

アンナは四十で、村に住んでいる。

息子のヨナスは、十二になる。

ヨナスは、ことばが少なくて、予定が変わることが、とても苦手な子だ。

アンナは、青い顔をしていた。

雪の中を、走ってきたらしかった。

父さん、けさ、ヨナスが、家から出られなかったの。

第四章 鐘の時間

アンナは、店のいすに座って、話しはじめた。

ヨナスは、七時の鐘が鳴ると、靴をはくの。

七時十五分の鐘で、家を出るの。

学校に入ったときから、ずっとそう。

時計の針は読めなくても、鐘の音なら、わかるから。

ヨナスは、七時の鐘のことを、おじいちゃんの鐘、って呼んでるの。

学校の作文に、書いたこともあるのよ。

ぼくの朝は、おじいちゃんの鐘で始まる、って。

鐘は、一度も、遅れたことがなかった。

だから、ヨナスは、毎朝、学校に行けたの。

けさは、七時に鐘が鳴らなかった。

ヨナスは、玄関で、泣き出して、動けなくなった。

二分遅れて鳴ったときには、もう、どうにもならなかった。

アンナは、わたしの顔を見た。

父さんは、知らなかったでしょう。

ヨナスの毎日は、父さんの鐘で、できていたのよ。

わたしは、何も言えなかった。

店の机の上に、ドライバーを置いた。

手が、少し、ふるえていた。

わたしは、ヨナスのために、時計を合わせていたのではなかった。

ただ、一秒のずれが、許せなかっただけだ。

でも、その一秒を、毎朝、待っている子どもがいた。

第五章 一秒

きちんとしすぎる、と言われてきた。

ゲナウさん。

時計より、きっちりしている。

一秒にこだわりすぎる。

わたしも、そう思ってきた。

息子を、遠ざけたのも、そのせいだと。

でも、わたしが守っていた一秒は、だれも気づかない一秒ではなかった。

十二歳の子どもが、毎朝、その一秒を、靴をはく合図にしていた。

きちんとすることは、自分のこだわりではなかった。

だれかが、安心して、毎日をはじめられるようにすることだった。

その日の午後、わたしは、議会の人に、話をしに行った。

電気の機械は、そのままでいい。

でも、毎週月曜日に、わたしが、のぼって、確かめさせてほしい。

議会の人は、少しおどろいて、それから、うなずいた。

ゲナウさんが見てくれるなら、安心です、と言った。

夜、息子から、電話があった。

アンナから、聞いたよ。

しばらく黙ってから、息子は、言った。

父さんの六時の鐘、子どものころ、ほんとは、好きだったんだ。

あれが鳴ると、家に帰っていいんだって、思えたから。

わたしは、すまなかった、と言った。

息子に、そう言ったのは、初めてだった。

息子は、少し笑って、いいよ、と言った。

今度、帰るとき、塔に、のぼらせてよ。

エピローグ

次の月曜日、わたしは、また、九十八段をのぼった。

後ろから、小さな足音がついてきた。

ヨナスだった。

アンナが、連れてきたのだ。

てっぺんの小さな部屋で、ヨナスは、大きな歯車を、じっと見ていた。

わたしは、ラジオの時報を、つけた。

ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。

電気の機械の時刻と、くらべる。

ずれは、無かった。

わたしは、ヨナスに、時計の針を、指さして見せた。

ヨナスは、小さな声で、言った。

七時。

そのとき、頭の上で、鐘が鳴った。

一秒も、遅れなかった。

鐘の音は、村の屋根の上を、谷の向こうまで、広がっていった。

ヨナスは、両手で耳をふさいで、それから、笑った。

わたしも、笑った。

ヨナスが笑うのを、そんなに近くで見たのは、初めてだった。

来週も、また、のぼろう。

この子と、いっしょに。

階段の下では、アンナが、待っていた。

いつか、ルーカスも、ここに来る。

ソウルミッション358

あなたの魂のテーマに気づく場所