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同じお湯

見せ場は、一つも無かった

同じお湯

朗読で聴く

第一章 番台

七十六になった。

古い下町の、細い通りのまん中で、小さな銭湯をやっている。

松の湯という。夫のおじいさんが建てた湯だ。

二十四で、この家に嫁いだ。それから五十二年、毎日、お湯をわかしてきた。

夫は、八年前に死んだ。七十七だった。

息子の浩一は、四十八になる。電車で一時間の町で、会社に勤めている。

朝は、六時に起きる。

まず、裏のかまに火を入れる。

お湯が、少しずつ、温まっていく。

昼過ぎに、湯船に手を入れて、温度をみる。

四十二度。

五十二年、毎日、同じ四十二度にしてきた。

熱すぎず、ぬるすぎず。

嫁いだ日に、しゅうとめに言われた。

うちのお湯は、四十二度。毎日、同じにしなさい。

それだけを、守ってきた。

三時に、のれんを出す。

番台に座って、夜の十一時まで、お客さんを迎える。

いらっしゃい。おやすみなさい。

言うことは、それくらいだ。

十一時に、のれんを入れる。

それから、湯を落として、床のタイルを、たわしでこする。

洗い場のおけを、一つずつ、ふせて並べる。

終わるのは、夜中の一時ごろだ。

次の朝、また、六時に起きる。

五十二年、それを、くり返してきた。

休みは、週に一度、金曜日だけだ。

その金曜日も、かまの掃除をしているうちに、終わってしまう。

第二章 見せ場の無い湯

松の湯には、何も無い。

露天ぶろも、サウナも、電気ぶろも無い。

壁の富士山の絵も、夫の父の代に塗り直したきりだ。

テレビの人が来たことも、雑誌にのったことも無い。

お祭りの日に、ゆず湯や、しょうぶ湯をするくらいだ。

それも、どこの銭湯でもしている。

ほかの湯の話を聞くと、いつも、少しうらやましかった。

どこかの湯は、壁に新しい絵を描いてもらって、新聞にのった。

どこかの湯は、若い人たちが集まって、音楽の会を開いた。

うちは、何も、しなかった。

夫も、しゅうとめも、そういうことを、好まなかった。

お湯を、同じにする。それが、仕事だ。

夫は、いつも、そう言っていた。

わたしの毎日にも、何も無かった。

朝、かまに火を入れる。昼、お湯をみる。夜、番台に座る。

浩一の運動会にも、ほとんど行けなかった。

三時には、のれんを出さなければならないから。

一度だけ、浩一に言われたことがある。

中学の二年のころだった。

母さんの一日って、毎日、同じだね。

悪気は無かったと思う。

でも、そのとおりだと思った。

わたしの一生には、見せ場が、一つも無い。

そう思いながら、五十年を過ごしてきた。

第三章 大きな湯

十年前、となりの町に、大きなおふろの店ができた。

ふろが十いくつもあって、食堂も、寝ころぶ部屋もある。

近所の若い人たちは、車で、そちらへ行くようになった。

夫は、うちは、うちだ、と言った。

その夫が死んで、お客さんは、さらに減った。

かまも、古くなった。

直すには、家が一軒建つくらいのお金がかかる。

この夏、浩一と話して、決めた。

十月の終わりで、湯を閉める。

張り紙を、入り口に出した。

長いあいだ、ありがとうございました。

書きながら、思った。

長いあいだ、同じことをしていただけだ。

ありがとうと言われるほどのことは、何もしていない。

浩一は、電話で、おつかれさま、と言った。

母さん、やっと、ゆっくりできるね。

ゆっくりして、何をすればいいのか、わからなかった。

見せ場の無い湯が、見せ場の無いまま、終わる。

それで、いいのだと思った。

第四章 最後の月

十月になると、お客さんが、少しずつ、ふえた。

前に来ていた人たちが、張り紙を見て、また来てくれた。

魚屋をやめた佐々木さんは、八十一になる。

四十年、毎晩、来てくれた人だ。

その夜、湯から上がった佐々木さんが、番台の前で、言った。

おかみさん。ここのお湯は、毎日、同じだったね。

わたしは、すみません、と言った。

何も、変わったことをしなくて。

佐々木さんは、首をふった。

同じだったから、わかったんだ。

熱いと思った日は、おれが弱ってた日だった。

六年前の冬、女房が死んだ。

その晩、ここのお湯が、やけにぬるかった。

お湯がぬるいんじゃない。おれが冷えてたんだって、わかった。

お湯が毎日ちがったら、わからなかったよ。

次の晩、看護師の由香さんが来た。

三十四で、夜勤の帰りに、よく来ていた人だ。

由香さんも、同じようなことを言った。

入院していた母が、死んだ朝、ここに来ました。

いつもと、同じお湯でした。

それで、泣けたんです。

世界の中で、ここだけ、何も変わっていなかったから。

週の終わりには、四十になる男の人が、小さな男の子を連れて来た。

顔を見て、すぐにわかった。

三十年前、お父さんに手を引かれて、毎晩来ていた子だ。

この子が、初めての銭湯なんです。

男の人は、そう言って、笑った。

ぼくも、ここが初めてでした。熱くて、泣いたんです。

でも、毎日来ているうちに、熱くなくなった。

お湯が変わったんじゃなくて、ぼくが大きくなったんだって、父に言われました。

湯から上がった男の子は、顔をまっかにして、熱かった、と言った。

男の人は、また来ような、と言った。

また、は無いのだと、わたしは言えなかった。

第五章 同じだったから

閉める前の晩、浩一が、手伝いに来た。

かまの前で、二人で、火を見ていた。

浩一が、言った。

母さんの一日って、毎日、同じだねって、言ったよね。

覚えていたのか、と思った。

あれ、悪い意味じゃなかったんだ。

受験に落ちた日も、会社をやめた日も、ここに帰ってきた。

お湯に入ると、いつもと同じだった。

それで、変わったのは、おれのほうだって、わかった。

だから、また、やり直せたんだと思う。

わたしは、火を見ていた。

佐々木さんのこと。由香さんのこと。あの男の子のこと。

みんな、同じことを言っていた。

同じだったから、わかった。

お湯が四十二度のままだったから、熱いと思えば、自分が弱っていた。

ぬるいと思えば、自分が冷えていた。

熱くなくなれば、自分が大きくなっていた。

お湯は、何も言わない。

ただ、毎日、同じところにいる。

だから、変わったものだけが、はっきりと見える。

見せ場は、一つも無かった。

毎日、四十二度にしてきただけだ。

でも、その同じお湯の中で、みんなが、自分の形を知っていった。

弱った日も、冷えた日も、やり直す日も。

わたしの毎日が、平らだったから。

その平らな湯の上に、町の人たちの一日が、くっきりと浮かんでいた。

見せ場が無かったのは、わたしの一生のほうではなかった。

見せ場は、みんなのほうに、あった。

わたしは、それを、毎晩、番台から見ていたのだ。

エピローグ

十月の、最後の日。

朝、いつものように、かまに火を入れた。

昼過ぎ、湯船に手を入れた。

四十二度。

のれんを出す前に、わたしは、着物を脱いだ。

五十二年で、初めて、一番風呂に入った。

いつもと、同じお湯だった。

肩まで入ると、足が、少しだけ、しみた。

ああ、と思った。

わたしも、五十二年、歩いてきたのだ。

同じお湯が、それを、教えてくれた。

ソウルミッション358

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