切り抜きレース
削り取られたところが、白く光っていた

朗読で聴く
第一章 港の町
六十八になった。
アイルランドの北の、小さな港の町で、一人で暮らしている。
石の家が、坂に沿って、ならんでいる町だ。
わたしは、三十年、レースを作ってきた。
この地方に、昔から伝わる、切り抜きのレースだ。
まず、目の細かいあみの上に、うすい布を重ねる。
布の上に、針と糸で、花や葉の形をなぞっていく。
それから、形の外側の布を、小さなはさみで、少しずつ切り抜く。
切り抜いたところから、下の網が見える。
網のところは、窓にかざすと、光が通る。
布の残ったところだけが、花や葉の形になる。
一枚のえりを作るのに、ひと月かかる。
週に一度、港の市場に、作ったレースを売りに行く。
市場までは、坂を下りて、歩いて二十分かかる。
レースは、うすい紙に包んで、古い革のかばんに入れていく。
観光客が、ときどき買っていく。
この町では、昔から、女たちが、このレースで暮らしを立ててきた。
漁に出た男たちが帰らない冬も、女たちは、レースを作りつづけた。
針と糸とはさみがあれば、台所のテーブルが仕事場になる。
港の市場には、毎週、そうして作られたレースが並んだ。
第二章 三十年前
わたしがレースを習ったのは、三十八のときだった。
夫のショーンは、漁師だった。
三十年前の冬、ショーンの船が、嵐の夜に、帰ってこなかった。
船は、見つからなかった。
ショーンも、見つからなかった。
娘のニアムは、まだ八つだった。
三日間、町の男たちが、船で海を探してくれた。
四日目の朝、港の長が、うちに来て、帽子をとった。
ニアムは、わたしのスカートをつかんで、だまっていた。
わたしは、港の見える窓の前に、毎晩、座っていた。
ショーンのいない家は、真ん中が、えぐり取られたようだった。
わたしの人生から、いちばん大事なところが、切り抜かれてしまった。
食べていかなければならなかった。
ショーンの残したお金は、ひと冬で、なくなった。
漁の組合からの見舞金も、ほんの少しだった。
近所のおばあさんが、レースの作り方を教えてくれた。
あんたの手は、細かいことに向いている、とおばあさんは言った。
最初の一枚は、はさみで網まで切ってしまって、使いものにならなかった。
二枚目も、三枚目も、だめだった。
十枚目で、やっと、市場に出せるものができた。
三シリングで売れた。
その夜、わたしは、台所で、少しだけ泣いた。
わたしは、毎晩、ニアムが寝たあと、台所のテーブルでレースを作った。
布を、少しずつ、少しずつ、切り抜いていった。
はさみを動かしながら、わたしは、いつも思っていた。
わたしの暮らしも、こうして、切り抜かれていくばかりだ、と。
第三章 切り抜いてきたもの
三十年、わたしは、切り抜いてきた。
布だけではない。
暮らしのいろいろなものを、切り抜いてきた。
町の祭りには、行かなかった。
夏の祭りの夜は、広場から、笛と太鼓の音が、坂の上まで聞こえてきた。
わたしは、窓を閉めて、はさみを動かした。
ショーンと二人で踊った広場に、一人で立つのが、いやだった。
新しい服は、買わなかった。
ニアムの学校の費用のために、お金を残した。
誰かと出かけることも、しなかった。
夜は、いつも、レースだった。
ニアムが熱を出した夜も、ベッドのそばで、レースを作った。
ニアムの寝息を聞きながら、はさみを動かした。
冬の夜は、指がかじかんで、針がうまく持てなかった。
それでも、ひと月に一枚は、仕上げた。
ニアムは、大きくなって、ダブリンの大学に行った。
今は、三十八になる。
ダブリンに行く日、ニアムは、港のバス停で、わたしを抱きしめた。
お母さん、夜は、ちゃんと寝てね、と言った。
わたしは、うなずいたが、その夜も、レースを作った。
ダブリンの病院で、看護師をしている。
わたしの暮らしには、穴ばかりが残った。
切り抜いて、切り抜いて、残ったのは、細い糸の形だけだ。
そう思っていた。
ニアムが家を出てからは、家の中が、もっと静かになった。
はさみの音だけが、台所に響いた。
第四章 ベール
この春、ニアムから、電話があった。
お母さん、結婚することになったの。
相手は、同じ病院の医者だという。
ニアムは、一つだけ、頼みがある、と言った。
お母さんのレースで、ベールを作ってほしい。
わたしは、半年かけて、ベールを作った。
目が、昔ほどよく見えなくなっていた。
めがねを二つ重ねて、細いところを切った。
一度、大事なつる草の茎を、まちがえて切ってしまった。
その晩は、はさみを置いて、窓の外の海を見ていた。
次の日、切れた茎を、糸でつないで、葉を一枚、足した。
今までで、いちばん大きな一枚だった。
布に、野の花とつる草の形を、なぞった。
そして、毎晩、少しずつ、切り抜いた。
六月、町の古い石の教会で、式があった。
教会は、ショーンとわたしが式をあげたのと、同じ教会だった。
わたしは、いちばん前の席に、一人で座った。
ニアムは、わたしのベールをかぶって、入り口に立った。
そのとき、教会の高い窓から、朝の日が入ってきた。
日は、ベールの上に落ちた。
切り抜いたところだけが、白く光った。
野の花とつる草の形が、光の中に、くっきりと浮かびあがった。
第五章 光の通るところ
式のあと、ニアムが、わたしのところに来た。
お母さん、さっき、窓の光の中で、ベールの花がよく見えたでしょう。
わたし、小さいころから、お母さんのレースを、窓にかざして見てたの。
切り抜いたところから、光が入ってくるのが、好きだった。
お父さんがいなくなってから、うちは、暗かったでしょう。
でも、お母さんは、毎晩、台所で、光の通るところを作ってた。
わたし、あの音を聞きながら寝てたの。
はさみの、ちいさな音。
ちょきん、ちょきん、って。
あの音がすると、大丈夫だって思えた。
わたしは、何も言えなかった。
教会の外では、港の風が、鐘の音を、海のほうへ運んでいた。
ニアムの夫になる人の家族が、遠くで、わたしたちを待っていた。
削り取られたところが、白く光っていた。
わたしが、切り抜かれた、えぐり取られた、と思ってきたところから、光が入っていた。
ショーンのいない三十年に、わたしが毎晩切り抜いてきたのは、穴ではなかった。
光の通る道だった。
ニアムは、ベールを外して、わたしの肩にかけた。
ニアムの夫になる人が、そばで、だまってうなずいていた。
お母さんの形も、ちゃんと入ってるよ、と言った。
エピローグ
ダブリンへ帰る前の日、ニアムは、港の見える窓の前に、ベールをかけていった。
夕方、わたしは、その窓の前に座った。
海の向こうに、日がしずんでいった。
ベールの切り抜いたところから、赤い光が、台所の床に落ちた。
床の上に、花とつる草の影ができた。
その中に、小さな人の形が、一つあった。
ニアムが、いつのまにか、つる草の中に、縫いこんでいたのだ。
はさみを持った、女の人の形だった。
わたしは、その夜、ひさしぶりに、新しい布を広げた。
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