すきまの手
削り取られたところが、白く光っていた

朗読で聴く
第一章 ポケットの手
六十六になった。
海ぞいの小さな町で、夫と二人で暮らしている。
わたしの左手には、指が三本しかない。
薬指と小指が、根もとから無い。
三十一のとき、町の小さな工場で、プレスの機械にはさまれた。
部品を打ちぬく機械で、わたしは、十年、その前に立っていた。
あの日は、朝から雨で、手袋がぬれていた。
気がついたときには、機械の音だけが、遠くで鳴っていた。
病院で目をさますと、左手は、白い包帯で丸くなっていた。
包帯をとった日、わたしは、自分の手を見られなかった。
夫は、毎日、病院に来てくれた。
何も言わずに、わたしの右手だけをにぎって帰っていった。
工場の社長は、見舞いに来て、深く頭を下げた。
わたしは、工場には戻らなかった。
それから三十五年、わたしは、左手をポケットに入れて生きてきた。
夏でも、上着にポケットのある服を選んだ。
写真をとるときは、左手を背中にまわした。
人と話すときは、右手だけで身ぶりをした。
結婚式の写真でも、わたしの左手は、夫の背中のうしろにかくれている。
夫は、そのことについて、一度も何も言わなかった。
削られた手だ、と思ってきた。
機械に、わたしの一部を削り取られたのだと。
息子が小さいころ、手をつなぐときは、いつも右手を出した。
左手で、子どもの手をにぎったことは、一度もなかった。
息子が、母さんの手、どうして指がないの、と聞いたことがある。
五つのときだった。
わたしは、何も答えずに、左手をポケットにしまった。
息子は、それから、二度と聞かなかった。
第二章 横断歩道
四十六のとき、町内会から、小学校の見守りの当番がまわってきた。
朝、子どもたちが学校に行く時間に、横断歩道に立つ。
黄色い旗を持って、車を止めて、子どもたちをわたらせる。
一年だけのつもりで、引き受けた。
旗は、右手で持った。
左手は、上着のポケットに入れていた。
横断歩道は、町でいちばん車の多い、国道ぞいにあった。
一年生の中には、こわがって、なかなかわたれない子がいた。
ある朝、一人の女の子が、横断歩道の手前で、泣いて動かなくなった。
ランドセルが、体より大きく見える子だった。
わたしは、旗を右手に持ったまま、どうしていいか分からなかった。
女の子は、わたしの上着のポケットに、手をのばしてきた。
そして、ポケットの中のわたしの左手を、ぎゅっとにぎった。
わたしは、びっくりして、手をひこうとした。
でも、女の子は、はなさなかった。
その日、わたしは、初めて、左手で子どもの手を引いて、道をわたった。
小さな指が、わたしの三本の指のあいだに、ぴったりと入っていた。
わたしは、横断歩道をわたりきるまで、息をするのを忘れていた。
向こう側で、女の子は、ふり返りもせずに、学校へ走っていった。
女の子の名前は、さくらちゃんといった。
第三章 二十年
一年のつもりが、二十年になった。
毎朝、七時半から八時まで、横断歩道に立った。
雨の日も、雪の日も、立った。
夫が定年になってからは、夫も、となりに立つようになった。
子どもたちは、毎年、入れかわっていった。
六年生になると、もう、わたしのことなど見ずに、走ってわたっていった。
それでいい、と思った。
わたしの役目は、道をわたらせることだけだ。
覚えていてもらう必要は、ない。
こわがる一年生がいると、わたしは、いつのまにか、左手を出していた。
子どもたちは、ためらわずに、その手をにぎった。
指が三本しかないことを、たずねる子は、ほとんどいなかった。
たずねられたときは、昔、機械でけがをしたのよ、とだけ答えた。
それでも、写真をとるときは、やっぱり左手をかくした。
子どもの手をにぎるのは、横断歩道の上だけのことだった。
手袋をはめれば、指が足りないことは、すぐには分からない。
冬は、毛糸の手袋の、薬指と小指のところに、わたをつめていた。
冬の朝は、ほっとした。
ことしの春、ひざが痛くなって、見守りを引退することに決めた。
校長先生に伝えると、最後の日に、少しだけ時間をください、と言われた。
わたしは、花束などはいりません、と断った。
第四章 最後の朝
三月の終わりの、最後の朝だった。
横断歩道に、子どもたちと、先生たちが集まっていた。
一人の若い先生が、花束を持って、前に出てきた。
二十七になる、さくら先生だった。
あの朝、泣いて動かなかった女の子が、この小学校の先生になっていた。
さくら先生は、花束をわたしの右手にわたすと、わたしの左手をとった。
わたしは、思わず、手をひきそうになった。
先生は、それを、やさしく、でもしっかりと止めた。
そして、子どもたちのほうを向いて、言った。
みんな、この手、知ってるよね。
子どもたちは、口々に、すきまの手、と言った。
わたしは、何のことか分からなかった。
となりで、夫も、首をかしげていた。
さくら先生が、わたしの左手に、自分の右手を重ねた。
わたしの指の無いところに、先生の指が、すっぽりとおさまった。
この手には、すきまがあるから、手が入るの。
ふつうの手より、しっかりにぎれるの。
一年生のとき、わたし、この手にしかつかまれなかった。
ほかの大人の手は、大きくて、つるつるで、すべりそうでこわかった。
でも、この手は、わたしの指の入るところが、ちゃんとあいてた。
子どもたちの間では、ずっと、すきまの手って呼ばれてたんですよ。
第五章 白いところ
わたしは、自分の左手を見た。
指の無いところに、さくら先生の指が、二本、入っていた。
削り取られたところに、子どもの指が、おさまっていた。
三十五年、わたしは、ここを、削られたところだと思ってきた。
でも、子どもたちには、ここが、いちばんしっかりつかまれるところだった。
さくら先生の指は、あたたかかった。
二十年分の、子どもたちの指の重さが、そこにあるような気がした。
夫が、となりで、鼻をすすった。
夫は、わたしの右手を、そっとにぎった。
病院で、毎日そうしてくれたのと、同じにぎり方だった。
子どもたちが、一人ずつ、わたしの左手と、手を合わせていった。
小さな指が、次々に、すきまに入っては、出ていった。
わたしは、もう、左手をかくそうとは思わなかった。
最後に、さくら先生が言った。
これからは、わたしが、ここに立ちます。
わたしの手には、すきまがないけど、手をつなぐのは、まねできるから。
エピローグ
四月、わたしは、横断歩道の向かいの、自分の家の窓から、外を見ていた。
さくら先生が、黄色い旗を持って、立っていた。
こわがる一年生の前に、先生は、しゃがんで、左手を出した。
夫が、お茶を二つ持ってきて、となりに座った。
窓の外では、さくら先生の左手に、小さな手が、ぎゅっとつかまっていた。
わたしは、湯のみを、左手で持った。
三本の指で、しっかり持てた。
その日の夕方、わたしは、写真館に行った。
夫と二人で、写真をとった。
わたしの左手は、ひざの上に、そのまま置いてあった。
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