真ん中の作業台
誰もいない真ん中に、座る場所があった

朗読で聴く
第一章 谷の作業場
七十八になった。
イギリスの西の、ウェールズの谷の町で、生まれた。
十五で、町の家具屋に弟子入りした。
それから五十年、木を削って、たんすや机や椅子を作ってきた。
谷の町の家には、どこにも、わたしの作った物が一つはあった。
炭鉱がしまってからは、新しい家具を買う人は少なくなった。
それでも、古いたんすの引き出しを直してくれと、毎週、誰かが来た。
六十五で、店をたたんだ。
次の年、町の男たちと、古い礼拝堂の集会所を借りて、作業場を開いた。
仕事をやめた男たちが、木曜ごとに集まって、木をさわる場所だ。
炭鉱で働いていた男、郵便を配っていた男、バスを運転していた男。
みんな、仕事をやめてから、家の中で、居る場所をなくしていた。
木をさわっていると、男たちは、また、よくしゃべるようになった。
集会所の真ん中に、長い作業台が一つあった。
その台の真ん中に、わたしの丸椅子が置いてあった。
店から持ってきた、古い木の椅子だ。
天井から、明かりが一つ、その台を照らしていた。
わたしは、そこに座って、男たちに、かんなのかけ方を教えた。
かんなは、力でかけるのではない。木の目を読んで、手の重さだけで引く。
わたしは、それだけを、何度も、何度も言った。
町の人は、わたしを、ダイと呼んだ。
ダイさん、ここはどうする、と聞かれると、わたしは手を止めて立った。
妻のグウェンは、木曜の夜になると、作業場までスープを運んできた。
谷の町で、わたしは、それで十分だった。
第二章 谷を出る
四年前、グウェンが、死んだ。
わたしは、七十四だった。
一人の家は、静かすぎた。
朝、二人分の湯をわかしてしまい、半分を流しに捨てた。
次の年、ひざを悪くして、階段がのぼれなくなった。
娘のシャンが、カーディフから、迎えに来た。
カーディフまでは、谷から、車で一時間ほどかかる。
父さん、うちで暮らそう。
シャンは、いま五十になる。
カーディフの、エレベーターのあるアパートで、夫と暮らしている。
七十五の春、わたしは、谷を出た。
作業場には、最後の木曜に、あいさつに行った。
グウェンが死んだ年に、十五のリースという少年が、作業場に通いはじめていた。
学校になじめず、母親に連れてこられた子だった。
かんなを持たせると、まだ、木をえぐってしまった。
一年しか、教えてやれなかった。
別れの日、リースは、何も言わずに、わたしのかんなをふいていた。
わたしは、あの子に、何も残してやれなかったと思った。
カーディフの部屋は、明るくて、暖かかった。
けれど、わたしの手は、何もさわるものがなかった。
シャンは、やさしかった。孫たちも、よく話しかけてくれた。
それでも、木の音のしない部屋で、わたしの手は、ひざの上で冷えていた。
ときどき、手のひらに、かんなの柄の形を思い出した。
窓から、知らない通りを、ながめて過ごした。
カーディフの通りでは、誰も、わたしをダイとは呼ばなかった。
わたしは、ただの、ひざの悪い年寄りだった。
谷を出たら、わたしの場所は無くなる。
そういうものだと、思っていた。
第三章 一脚の椅子
この秋、作業場のリースから、電話があった。
リースは、もう十九になっていた。
親方、椅子を一脚、作った。見に来てほしい。
わたしは、親方などではない、と言った。
リースは、電話の向こうで、少し笑った。
ぼくにとっては、親方です、と言った。
それでも、木曜の朝、シャンの車で、三年ぶりに谷へ帰った。
谷に入ると、道の両側に、昔の炭鉱の黒い山が見えた。
車の窓を少し開けると、ぬれた草のにおいがした。
集会所の戸を開けると、木くずのにおいがした。
男たちが、作業台のまわりで、手を止めて、こちらを見た。
エムリスが、ダイ、と言って、木くずのついた手を上げた。
長い作業台の、真ん中に、明かりが一つ落ちていた。
その下に、わたしの丸椅子が、置いてあった。
三年前と同じ場所に、同じ向きで。
椅子のまわりだけ、木くずが、一つも落ちていなかった。
壁には、わたしのかんなが、三つ、順番どおりにかかっていた。
刃は、どれも、きれいに研いであった。
もう、誰かが座っていると思っていた。
誰も、座っていなかった。
わたしは、戸口に立ったまま、杖を強くにぎった。
シャンが、うしろで、父さん、と小さく言った。
第四章 そのままにしてた
リースが、ほうきを持って、奥から出てきた。
背が、わたしより高くなっていた。
手には、わたしの手と同じところに、まめができていた。
毎朝、ここを掃くのが、ぼくの仕事なんです、と言った。
工務店の仕事に行く前に、毎朝、ここに寄るんです。
親方の椅子のまわりは、いちばん先に掃きます。
古い仲間のエムリスが、横から言った。
この子は、誰にも、あの椅子に座らせないんだよ。
わからなくなると、みんな、あの椅子を見るんだ。
ダイなら、ここでどうするか、ってな。
そうすると、不思議と、手が動くんだ。
リースは、照れくさそうに、下を向いた。
学校になじめなかった少年は、いま、町の工務店で働いているという。
空けてたんじゃないです。
親方の居るところだから、そのままにしてたんです。
わたしは、作業台を見た。
誰もいない真ん中に、座る場所があった。
三年、そこは、空いていたのではなかった。
わたしの居るはずの場所として、毎朝、掃かれていた。
第五章 同じ高さ
リースが、奥から、椅子を一脚、運んできた。
かしの木の、背もたれのある椅子だった。
座るところの高さを、はかってみた。
わたしの丸椅子と、ぴったり同じ高さだった。
あの椅子を、毎日はかって、作ったんです、とリースは言った。
親方の椅子が、ぼくの物差しでした。
座る人の高さを、まず決める。親方は、いつもそう言ってたから。
わたしは、背もたれの裏を、指でなでた。
継ぎ目には、すきまが一つもなかった。
かんなのあとが、まっすぐ、そろっていた。
四年前、木をえぐっていた手とは、思えなかった。
わたしは、丸椅子に、腰をおろした。
三年ぶりなのに、木が、わたしの体を覚えていた。
座ると、作業台の高さが、ちょうど、ひじの下に来た。
リースが、壁から、かんなを一つ取って、わたしにわたした。
わたしは、男たちに、もう一度、かんなのかけ方を見せた。
木の上を、かんなが、すっと走った。
薄い木くずが、くるりと丸まって、作業台の上に落ちた。
男たちが、昔と同じように、うなった。
エピローグ
夕方、シャンが、迎えに来た。
わたしは、丸椅子を、作業台の真ん中に戻した。
リースが、そのまわりを、ていねいに掃いた。
帰りの車の中で、わたしは、シャンに言った。
来週から、木曜は、バスで谷に帰る。
シャンは、前を見たまま、笑った。
父さん、ずっとそう言うと思ってた。
バスの時刻表、もう調べてあるのよ、とシャンは言った。
谷の上に、夕方の光が、細く残っていた。
作業場の窓に、明かりが一つ、ついていた。
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