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七時の電話

一本ずつの線が、灰色になっていた

七時の電話

朗読で聴く

第一章 一分

六十四になった。

海の近くの町で、夫と二人で暮らしている。娘は結婚して、隣の県にいる。

この春、母が死んだ。八十九だった。

十八年、わたしは、毎晩七時に、母に電話をかけた。

父が死んで、母が雪の多い町で一人になった年からだ。

母の家は、山のふもとの、古い平屋だった。冬になると、屋根まで雪に埋もれた。

わたしは四十六だった。夫の家の干物の店を手伝っていて、母のところへは、年に一度しか帰れなかった。

汽車を乗りついで、片道ななじかんかかった。

父の葬式のあと、一人で残る母に、こっちに来ない、と聞いたことがある。

母は、首を横に振った。この家で死ぬ、とだけ言った。

わたしは、それ以上、何も言えなかった。帰りの汽車の窓から、雪の中に小さくなっていく平屋を見ていた。

だから、電話をかけた。

毎晩、七時に。

七時にしたのは、店を閉めて、夕飯の支度にかかる前の、ちょうど手のあく時刻だったからだ。それだけの理由だった。

話すことは、いつも同じだった。

ご飯、食べた。

食べたよ。

寒くない。

寒くない。

じゃあ、おやすみ。

おやすみ。

一分もかからなかった。

第二章 中身のない電話

わたしは、その電話が、ずっと恥ずかしかった。

友だちは、母親と長電話をして、悩みを話したり、昔の話をしたりしていた。

わたしと母は、そういう話を、一度もしなかった。

ありがとうも、ごめんねも、言ったことがなかった。

母は、口の重い人だった。わたしも、母に似た。

子どものころ、母に抱きしめられた覚えがない。母は、いつも台所に立っていて、わたしは、その背中を見て育った。

ご飯、食べた。食べたよ。

それだけを、十八年。

義務でかけているだけの、中身のない電話だと思っていた。

本当は、帰ればよかったのだ。顔を見て、手を握ればよかった。

それができないから、一分の電話で、ごまかしていた。

七時が近づくと、わたしは台所の手を止めて、受話器を取った。

夫は、何も言わなかった。店の片づけを、黙って代わってくれた。

娘は、中学生のころ、おばあちゃんとの電話、短すぎない、と笑った。

わたしも、笑ってごまかした。

熱を出した夜も、店が忙しかった年の暮れも、七時には受話器を取った。

一度だけ、大雪で電話がつながらなかった夜があった。わたしは、九時まで、何度もかけ直した。

やっとつながったとき、母は、いつもと同じ声で、食べたよ、と言った。

それだけだった。わたしは、なぜか、腹が立った。

第三章 忘れていく母

母が八十五のとき、物忘れがひどくなった。

鍋を火にかけたまま、外に出てしまった。近所の人が気づいて、知らせてくれた。

母は、町の施設に入った。

わたしは、それでも、毎晩七時に電話をかけた。施設の人に頼んで、母の部屋の電話につないでもらった。

母は、だんだん、わたしが誰なのか分からなくなった。

ご飯、食べた。

食べたよ。あなた、どなた。

そう言われた夜は、受話器を置いてから、台所で、しばらく立っていた。

会いに行った夏、母は、わたしの顔を見て、ていねいにおじぎをした。

どちらさまでしょう、と。

わたしは、娘です、と言えなかった。近所の者です、と言って、一時間ほど、窓の外の山を一緒に見た。

それでも、次の晩も、七時にかけた。

やめる理由が、見つからなかった。

意味があるとは、思っていなかった。

ただ、毎晩、一本ずつ、細い線を引くように、電話をかけた。

母が誰だか分からなくても、わたしは、同じことを聞いた。

ご飯、食べた。寒くない。

ほかの言葉を、知らなかったのかもしれない。十八年、同じ言葉しか、母に向けて使ってこなかったのだから。

夫が、一度だけ、つらくないか、と聞いた。

わたしは、つらくない、と答えた。本当は、どちらなのか、自分でも分からなかった。

第四章 介護の記録

母が死んで、ひと月たって、施設に荷物を取りに行った。

若い介護士さんが、一冊のノートを渡してくれた。

お母さんの、毎日の記録です。よかったら。

ノートを開くと、毎日、同じ一行があった。

十九時、電話。娘さん。落ち着く。

四年ぶん、一日も欠けずに、並んでいた。

介護士さんが、言った。

夜になると、不安になる方が多いんです。家に帰ると言って、廊下を歩き回ったり。

でも、お母さんは、六時五十分になると、自分で部屋に戻って、電話の前に座っていました。

七時、と、わたしたちに聞くんです。

七時になると、電話の前に座っていました。

娘さんのことが分からなくなってからも、七時だけは、分かっていました。

電話のあとは、ご飯食べたよ、と言って、静かに眠っていました。

わたしは、ノートの一行を、指でなぞった。

中身のない電話だと思っていた。

でも、母にとっては、中身がないから、つかまっていられたのだ。

いつも同じ言葉。いつも同じ時刻。忘れていく頭でも、それだけは、手すりのように、そこにあった。

一本ずつの線が、灰色になっていた。

ありがとうも、ごめんねも無い、細い線だった。

それが十八年、並んで、母の夜の、静かな下地になっていた。

介護士さんは、もう一つ、教えてくれた。

亡くなる前の晩も、七時に、お電話に出られたんですよ。

看護師さんが部屋に入ると、母は受話器を胸に抱えるようにして、眠っていたそうだ。

わたしは、その晩のことを、覚えていた。

母は、食べたよ、と言った。いつもより、少しだけ、ゆっくりだった。

第五章 受話器

施設からの帰り道、わたしは、母の部屋にあった電話を、もらって帰った。

古い、白い電話だった。

家に着いて、台所の棚に置いた。

夫が、それ、と聞いた。

母の電話、とだけ答えた。

その晩、七時になって、わたしは、いつもの癖で、受話器に手を伸ばしかけた。

かける先は、もう、なかった。

手を引っこめて、しばらく、白い電話を見ていた。

十八年、恥ずかしいと思ってきた一分だった。

その一分が、雪の町の、母の夜を、毎晩、支えていた。

わたしは、知らなかった。

母は、知っていたのかもしれない。だから、何も言わなかったのかもしれない。

大雪の夜、九時になってつながった電話で、母がいつもと同じ声だったのは、わたしを心配させないためだったのだと、いまは分かる。

ご飯、食べた。食べたよ。

十八年、母は、その同じ言葉を、毎晩、待っていてくれた。

それで、じゅうぶんだったのだ。

エピローグ

次の週、娘から電話があった。

孫が熱を出して、夜、眠れないのだという。

娘の声は、少し疲れていた。

わたしは、言った。

毎晩、七時に、電話するね。

娘は、え、毎晩、と笑った。

おばあちゃんとの電話みたいに、と聞くので、そう、あれと同じ、と答えた。

話すことなんて、なくてもいいの。

その晩から、七時に、娘に電話をかけた。

ご飯、食べた。

食べたよ。

じゃあ、おやすみ。

一分もかからなかった。

娘は、少し笑ってから、おやすみ、と言った。母と同じ、短い声だった。

受話器を置くと、台所の棚の、白い電話が目に入った。

わたしは、黙って、それに、おやすみ、と言った。

ソウルミッション358

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