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週に一度の鳥

塗りつぶした中に、白が残っていた

週に一度の鳥

朗読で聴く

第一章 五年

七十四になった。

アメリカの南部の、川沿いの小さな町に住んでいる。

四十年、自動車の修理工場で働いた。

油で黒くなった手を、ジューンは、いつも、働き者の手だと言ってくれた。

妻のジューンは、五年前に死んだ。

息子のサムは、四十九で、隣の州で、高校の美術の先生をしている。

わたしには、三十四から三十九までの五年間があった。

わたしは、刑務所にいた。

酒を飲んで車を運転して、人をけがさせた。

相手の人は、命は助かったが、片足を引きずるようになった。

裁判のとき、その人の奥さんが、わたしを見ていた。わたしは、目を上げられなかった。

わたしは、五年の刑を受けた。

弁護士は、もっと短くできると言ったが、わたしは、それを断った。

サムは、そのとき、九つだった。

裁判所を出るとき、ジューンの後ろに隠れて、サムは、わたしを見ていた。

わたしは、手を振ることもできなかった。

第二章 黒い五年

刑務所にいた五年のことを、わたしは、誰にも話さなかった。

出てきてからは、二度と酒を飲まなかった。

工場の主人が、黙って、元の持ち場に戻してくれた。

町の人の目は、何年たっても、少し冷たかった。それは、当たり前のことだった。

工場に戻って、朝から晩まで働いた。

サムの学校の行事にも、全部行った。

それでも、あの五年は、消えなかった。

夜、工場の帰りに、トラックの中で、ときどき、一人で座りこんだ。

九つから十四までの息子のそばに、わたしは、いなかった。

野球の試合も、卒業式も、初めて髭を剃った朝も、わたしは見ていない。

ジューンが一人で、全部、見ていた。

ジューンは、その五年のことを、わたしに一度も責めなかった。

責められたほうが、楽だったかもしれない。

わたしの中で、あの五年は、真っ黒に塗りつぶしてあった。

サムにとっても、そうだろうと思っていた。

父親が刑務所にいる五年が、子どもにとって、黒くないはずがない。

サムは、大人になってから、一度も、あの五年のことを口にしなかった。

サムの結婚式でも、孫が生まれたときも、わたしは、どこかで、父親の席に座る資格は無いと思っていた。

わたしも、聞かなかった。

聞けば、謝らなければならない。

謝っても、九つの子の五年は、戻らない。

だから、わたしは、黙っていることを選んだ。

黙っているのが、父親としてできる、たった一つの償いだと思っていた。

第三章 サムの教室

この秋、サムから電話があった。

父さん、来週、学校で、生徒の作品展をやるんだ。

サムの声は、いつもより、少し硬かった。

見に来てくれないか。

わたしは、トラックで三時間かけて、サムの学校へ行った。

サムの学校へ行くのは、初めてだった。

門を入るとき、少し、手が震えた。

美術室の壁いっぱいに、生徒たちの絵が貼ってあった。

鳥の絵が多かった。窓辺の鳥、電線の鳥、空を渡る鳥の群れ。

その真ん中に、一つだけ、古い紙が額に入れて飾ってあった。

生徒の絵の中で、それだけが、小さくて、色が無かった。

黄ばんだ、便箋の紙だった。

端に、刑務所の印が、小さく押してあった。

鉛筆で、小さな鳥が一羽、描いてあった。

わたしは、その絵を知っていた。

近づくと、鉛筆の線の、かすれた跡まで見えた。

わたしが描いた鳥だった。

窓の鉄格子の向こうの、電線にとまっていた、一羽のすずめだった。

最初の週に、描いた鳥だった。

第四章 週に一度の鳥

サムは、わたしの隣に立って、言った。

父さん、覚えてる。

あの五年、毎週、手紙をくれたでしょう。

わたしは、うなずいた。

声を出したら、何かがこぼれてしまいそうだった。

刑務所では、手紙は週に一通しか出せなかった。

便箋も、売店で一週間に一枚しか買えなかった。

何を書けばいいのか、分からなかった。

夜、二段ベッドの上で、便箋を前に、何時間も座っていた。

謝ることばも、励ますことばも、うまく書けなかった。

だから、毎週、便箋の端に、窓から見える鳥を一羽、描いて送った。

すずめや、からすや、名前の分からない鳥を。

冬は、鳥の来ない週もあった。そういう週は、前に見た鳥を、思い出して描いた。

書いた言葉は、元気か、だけだった。

鳥の下に、元気か、と書いて、名前を書いた。

それ以上書くと、言い訳になりそうで、書けなかった。

サムは、言った。

全部、取ってあるんだ。二百六十通。

靴の箱に、日付の順に並べてある。いまも、ときどき開けるんだ。

母さんは、毎週、郵便受けの前で待ってた。

わたしが学校から帰ると、台所のテーブルに、父さんの手紙が置いてあった。

鳥を見るのが、楽しみだった。

母さんは、手紙を読むと、いつも、黙って台所の窓の外を見てた。

同じ鳥は、一羽もいなかった。

友だちには、父さんは遠くで働いてるって言ってた。鳥の絵を見せると、みんな、うらやましがったよ。

わたし、毎週、それを真似して描いたんだ。

それで、絵が好きになった。

サムは、壁の生徒たちの絵を見回した。

だから、いま、ここにいるんだよ。

生徒たちにも、最初の授業で、この鳥を見せるんだ。描くことは、言えないことを運べるって。

わたしは、何も言えなかった。

生徒が二人、わたしたちの後ろを、静かに通り過ぎていった。

あの五年は、真っ暗だったよ、とサムは言った。

でも、毎週、一羽ずつ、鳥が来た。

サムの目が、赤くなっていた。わたしの目も、同じだったと思う。

第五章 白いところ

帰りのトラックの中で、わたしは、ずっと考えていた。

三十五年、わたしは、あの五年を、真っ黒だと思ってきた。

息子から、五年を奪った父親だと。

謝っても、取り返せない五年だと。

でも、そうではなかった。

塗りつぶした中に、白が残っていた。

週に一度の、鉛筆の鳥。

わたしが、何も書けなかったから、描いた鳥だった。

言葉にできることが、何も無かった男の、たった一つの手紙だった。

息子は、その鳥を、二百六十羽、取っておいた。

そして、その鳥から、自分の道を見つけた。

いまは、その鳥を、毎年、新しい生徒たちに見せている。

わたしが真っ黒だと思っていた五年の中で、息子は、毎週、白いところを数えていたのだ。

あの五年が、黒くなかったわけではない。

けがをさせた人の足は、元に戻らない。それも、消えない。

でも、黒いだけでも、なかった。

エピローグ

家に帰ると、わたしは、物置から古い鉛筆を出してきた。

刑務所から持って帰った、短い鉛筆だった。

台所のテーブルで、便箋を一枚、広げた。

窓の外の、えさ台に、ショウジョウコウカンチョウが一羽、来ていた。

赤い鳥だ。わたしは、それを描いた。

ジューンが好きだった鳥だ。

三十五年ぶりに描いた鳥は、線が震えていた。

便箋の端に、元気か、とだけ書いた。

封筒に入れて、サムの住所を書いた。

次の週、サムから、封筒が届いた。

中に、便箋が一枚、入っていた。

鉛筆で、小さな鳥が一羽、描いてあった。

元気だよ、と書いてあった。

ソウルミッション358

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