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硯の海

深く噛まれたところが、いちばん抱いていた

硯の海

朗読で聴く

第一章 母の硯

六十六になった。

自宅の座敷で、子どもの書道教室を、四十年やってきた。

週に三日、学校が終わる時間に、近所の子どもたちがやってくる。

夫は、市の水道局を勤め上げて、いまは庭の手入れをしている。

子どもは、二人とも県外に出た。

座敷の長い机と、二十枚の座布団は、四十年、同じものを使ってきた。

母は、書家だった。

朝は、誰よりも早く起きて、墨をすっていた。

わたしは、子どものころ、その音で目を覚ました。

町でいちばん大きな書道の会で、先生と呼ばれていた人だった。

母が死んだとき、わたしは二十六で、母の硯を一つ、受け継いだ。

母が若いころから使っていた、黒くて重い、いい石の硯だった。

母は、その硯を、いつも自分で洗って、自分でふいていた。

硯には、墨をする平らなところと、すった墨がたまる、くぼんだところがある。

平らなところを、丘という。くぼんだところを、海という。

わたしは、その硯で、四十年、毎日、墨をすってきた。

一回に、三十分。子どもが多い日は、一時間すった。

教室が始まる前に、子どもたちの分まで、たっぷりとすった。

子どもにすらせると、手が墨で真っ黒になって、親に叱られるからだ。

それに、わたしは、墨をする時間が好きだった。

何も考えずに、硯の上で、墨を行ったり来たりさせる。

すっているうちに、その日来る子どもたちの顔が、ひとりずつ浮かんでくる。

第二章 減った丘

四十年すり続けるうちに、硯の丘は、真ん中から減っていった。

平らだったところが、ゆるく、深くくぼんで、海とつながってしまいそうになった。

十五年ほど前、骨董屋さんが、母の遺品を見に来たことがある。

その人は、硯を手に取って、惜しいですね、と言った。

いい石なのに、こんなに減らしてしまって。これでは、もう、値がつきません。

わたしは、恥ずかしかった。

骨董屋さんが帰ったあと、硯を、しばらく押し入れにしまった。

一週間、別の、安い硯で墨をすった。

安い硯は浅くて、すった墨が、すぐに乾いた。

結局、母の硯を出してきた。

母の硯でないと、子どもたちの筆が、すぐにかすれた。

それがどうしてなのか、そのときは考えもしなかった。

母の大事な硯を、わたしが、すり減らして、台無しにしたのだと思った。

母は、町の人に作品を見せる書家だった。

新聞に、名前が載ったこともあった。

わたしは、母のような書家には、なれなかった。

展覧会に出したことも、ほとんどない。

母の会の人たちには、先生のお嬢さんなのに、と言われた。

四十年、近所の子どもたちに、とめ、はね、はらいを教えてきただけだ。

そのために、母の硯を、少しずつ削ってきた。

母の名前まで、一緒に削ってしまった気がしていた。

母が生きていたら、何と言っただろうと、ときどき考えた。

こんなに減らして、と、あきれた顔をしたと思う。

第三章 教室を閉める

この春、目が悪くなって、細い字が見えにくくなった。

子どもたちの半紙に、朱で丸をつけるとき、筆先がぶれるようになった。

教室を閉めることにした。

最後の日は、子どもたちが、一人ずつ、好きな字を一字書いて帰っていった。

夢、と書いた子がいた。山、と書いた子がいた。

わたしは、一枚ずつ、朱で大きな丸をつけた。

最後の日、子どもたちが帰ったあと、わたしは、一人で座敷に座っていた。

硯を洗って、布でふいた。

四十年分の子どもの顔が、次々に浮かんだ。

とめが弱い子。はらいが長すぎる子。紙いっぱいに一字だけ書く子。

丘のくぼみは、指を置くと、指先がすっぽり沈むほど深かった。

夕方、玄関のチャイムが鳴った。

四十くらいの女の人が立っていた。

由香です、と言った。三十年前、ここの教室に来ていました。

顔を見て、すぐに分かった。

いつも一番に来て、わたしが墨をするのを、横で黙って見ていた子だった。

字は、うまい子ではなかった。

でも、墨をするのを見るのが好きで、息をするのも忘れたように、じっとしていた。

いまは、隣の市で、書道の先生をしているのだという。

教室を閉めると聞いて、来ました、と由香は言った。

第四章 深い硯

由香は、座敷に上がって、わたしの硯を見た。

しばらく、何も言わずに、くぼみを見つめていた。

子どものころと、同じ顔だった。

そして、自分の鞄から、布に包んだ硯を出した。

由香の硯も、丘の真ん中が、深くくぼんでいた。

先生の硯、真ん中が深かったでしょう、と由香は言った。

あそこに、墨がたっぷりたまって、筆がいつも、ふっくらふくらんでた。

ほかの教室に行ったことがあるんですけど、どこの硯も浅くて、墨がすぐ乾いたんです。

先生のところだけ、最後の子が書き終えるまで、墨が乾かなかった。

わたし、先生みたいに深い硯にしたくて、二十年、毎日すってきました。

でも、まだ、こんなに浅いんです。

由香は、自分の硯の丘を、指でなでた。

わたしの指と同じ、墨で黒くなった指だった。

わたしは、骨董屋さんの話をした。

減らしてしまって、値がつかない、と言われたこと。

由香は、少し笑った。

減った硯は、書く人の硯です。

飾っておく硯は、減らないんです。

先生の硯は、四十年分の子どもの墨を、ずっと抱いてたんですよ。

わたしは、硯を見た。

くぼんだ丘の底が、夕方の光で、少しだけ光っていた。

第五章 深く減ったところ

由香が帰ったあと、わたしは、硯に水を少し入れて、墨をすった。

すった墨は、くぼんだ丘の真ん中に、ゆっくりたまっていった。

平らだったころなら、すぐに海のほうへ流れていった墨だった。

四十年、わたしは、母の硯を、削ってきたのだと思っていた。

母の名前ごと、少しずつ減らしてきたのだと。

骨董屋さんの言葉を、十五年、忘れたことはなかった。

でも、減ったところは、何も無くなったところではなかった。

深く減ったところほど、墨を、たくさん抱いていた。

浅い硯では、墨はすぐ乾いた。

母の会の立派な硯も、浅くて、すぐに乾いたのを覚えている。

深く減った硯だけが、最後の子が書き終えるまで、墨を抱いていた。

母は、作品を残した人だった。

展覧会の壁に掛けて、たくさんの人に見てもらう字を書いた人だった。

わたしは、墨をためる深さを、残していた。

その深さを、由香が、自分の硯に写そうとしていた。

エピローグ

硯は、由香の教室に、譲ることにした。

母の硯です、と言って渡すと、由香は、両手で受け取った。

重いですね、と由香は言った。

四十年ぶんだからね、とわたしは言った。

夏の終わりに、由香から、写真が届いた。

裏に、硯、元気です、と書いてあった。

知らない座敷で、子どもたちが並んで、筆を持っていた。

真ん中に、わたしの硯があった。

一番前の男の子が、筆を、くぼみにたっぷりひたしていた。

くぼんだ丘に、墨が、たっぷりたまっていた。

夫が、写真をのぞきこんで、お母さんの硯、よく働いてるな、と言った。

お母さんのじゃないわよ、とわたしは言った。

それから、少し考えて、二人の硯よ、と言い直した。

ソウルミッション358

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