フェンス
隣の線と、くっつかなかった

朗読で聴く
第一章 二つの畑
七十四になった。
アメリカの国の真ん中の、平らな土地で、麦とトウモロコシを作ってきた。
この畑は、父から受け継いだ。
父が死んだとき、土地は、兄のトムとわたしに、半分ずつ分けられた。
ちょうど真ん中に、一本のフェンスがある。
フェンスの東がトムの畑で、西がわたしの畑だ。
同じ形の赤い納屋が、フェンスをはさんで、向かい合って建っている。
父が、二人のために、同じ年に建てたものだ。
納屋の扉も、屋根の形も、窓の数も、そっくり同じだった。
遠くの道から見ると、鏡に映したように見える。
町の人は、あれを、双子の納屋と呼んでいた。
それから五十年、わたしたちは、フェンスの両側で、それぞれの畑を耕してきた。
妻のマーサは六年前に死に、息子は町で銀行に勤めている。
トムは、去年の秋、七十七で死んだ。
トムの妻のルースは、十年前に先に死んでいる。
二人とも、最後の何年かは、それぞれの家で、一人で暮らしていた。
第二章 一つにしなかった
町の人たちは、よく言った。
兄弟なんだから、フェンスを取って、一つの農場にすればいいのに。
機械も一台で済むし、手間も半分になる。
わたしも、若いころは、それもいいかと思ったことがある。
けれど、トムに言い出す前に、いつも何かが引っかかった。
銀行の人も、農協の人も、同じことを言った。
父も、死ぬ前に、二人で力を合わせてやれ、と言った。
けれど、わたしたちは、フェンスを取らなかった。
トムは、トウモロコシを多く作り、わたしは、麦を多く作った。
トムは、新しい機械が好きで、わたしは、古い機械を直して使った。
植える時期も、刈る時期も、少しずつ違った。
トムは、ラジオで天気を聞いてから決め、わたしは、空の色を見て決めた。
どちらが正しかったのかは、年によって違った。
雨の少ない年、トムは、井戸を掘った。わたしは、掘らなかった。
その年、わたしの麦は、半分枯れた。
トムは、自分の井戸の水を、わたしに使えとは言わなかった。
わたしも、使わせてくれとは言わなかった。
わたしは、その年、町の店に借金をして、なんとか冬を越した。
トムは、そのことを知っていたと思う。
それでも、何も言わなかった。
わたしは、それを、ずっと、兄弟として恥ずかしいことだと思っていた。
第三章 フェンスのそば
五十年、わたしたちは、フェンスのそばで、よく立ち話をした。
天気のこと、値段のこと、機械のこと。
話は、たいてい、長くは続かなかった。
トムが、さて、と言って、腕をフェンスから下ろすと、それで終わりだった。
それぞれの側に立って、フェンスの横木に腕を乗せて話した。
フェンスを越えて、相手の畑に入ったことは、ほとんど無い。
トムの畑の、トウモロコシの育ち方は、フェンス越しに見るだけだった。
トムも、わたしの麦を、フェンス越しに見るだけだった。
同じ父の子で、同じ土地の半分ずつを持って、五十年、並んで耕した。
それでも、一つにはならなかった。
マーサが死んだ年の冬、トムは、フェンスの向こうから、毎朝、わたしの家の煙突を見ていたらしい。
煙が上がっていれば、それでいい、と思っていたのだと、あとでダニエルに聞いた。
トムは、一度も、わたしの家の戸をたたかなかった。
けれど、毎朝、フェンスのそばまで来ていた。
トムが死んだとき、わたしは、フェンスの前に立って、しばらく動けなかった。
フェンスの向こうの畑が、急に、とても遠いものに見えた。
一つにしておけば、よかったのかもしれない、と思った。
そうしていれば、トムの最後の何年かを、同じ台所で過ごせたかもしれない。
第四章 甥の話
トムの葬式のあと、甥のダニエルが、わたしの家に来た。
トムの一人息子で、町で獣医をしている。
子どものころは、よくフェンスを乗り越えて、わたしの納屋に遊びに来た。
ダニエルは、テーブルに、一冊の古い帳面を置いた。
トムが、五十年つけていた、畑の記録だった。
天気と、雨の量と、植えた日と、刈った日。
それに混じって、ときどき、わたしの畑のことが書いてあった。
弟の麦、今年はよく実った。弟の機械、また直している。
トムは、フェンス越しに、五十年、わたしの畑を書きとめていた。
ダニエルは、あるページを開いて、わたしのほうに向けた。
雨の少なかった年のページだった。
トムの字で、こう書いてあった。
井戸の水を分ければ、弟は助かる。けれど、分ければ、弟の畑は、わたしの畑になる。
弟は、自分の麦を、自分で守りたい男だ。
だから、分けない。フェンスは、そのままにしておく。
ダニエルは言った。
父さん、よく言ってたよ。フェンスがあったから、兄弟でけんかしなかったって。
一つにしてたら、どっちのやり方でやるかで、とっくに口もきかなくなってたって。
フェンスがあったから、五十年、並んでいられたんだって。
ダニエルは、帳面を閉じて、わたしのほうに押し出した。
これは、おじさんが持っていてください、と言った。
第五章 二本の線
わたしは、五十年、フェンスを、兄弟のあいだの壁だと思ってきた。
一つになれなかった、しるしだと。
けれど、トムにとって、フェンスは、二人を並べておくための線だった。
くっつかなかったから、二人は、それぞれの畑を、最後まで自分で耕せた。
枯れた麦も、わたしの麦だった。
トムは、それを、わたしから取り上げなかった。
わたしも、トムのやり方に、口を出したことは無い。
新しい機械を買うたびに、フェンス越しに眺めて、うなずくだけだった。
兄弟が一つになるのが、いちばん仲の良い形だと思っていた。
けれど、二本の線は、くっつくと、一本の太い線になってしまう。
あいだに細い隙間があるから、二本だと分かる。
トムとわたしは、五十年、二本だった。
同じ父から、同じ年に、同じ形の納屋をもらって、五十年、違う麦とトウモロコシを育てた。
フェンスのそばの立ち話は、二本の線が、いちばん近づいたところだった。
近づいても、くっつかなかった。それで、よかったのだと思う。
帳面の最後のページには、去年の夏の日付で、一言だけ書いてあった。
弟の麦、今年もいい。
それが、トムがわたしに残した、最後の立ち話だった。
エピローグ
トムの畑は、ダニエルが人に貸すことになった。
フェンスは、そのままにしてくれと、わたしは頼んだ。
ダニエルは、笑って、父さんもきっとそう言う、と言った。
この春、わたしは、自分の側で麦をまいた。
古い機械は、今年も、自分で直した。
フェンスの向こうでは、借りた人が、トウモロコシを植えている。
夕方、わたしは、いつものように、フェンスの横木に腕を乗せた。
向こう側には、誰も立っていない。
借りた人とは、まだ、フェンスのそばで話をするような間柄ではない。
そのうち、そうなるのかもしれない。
それでも、わたしは、しばらく、そこに立っていた。
二つの赤い納屋が、フェンスをはさんで、向かい合っていた。
五十年前と同じように。
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