← あなたの魂のテーマを探す に戻る

二脚の椅子

隣の線と、くっつかなかった

二脚の椅子

朗読で聴く

第一章 別々の夫婦

七十になった。

町の水道局に三十八年勤めて、十年前に辞めた。

妻の静江は六十八で、四十五年、連れ添っている。

息子が一人いて、四十二で、県外に住んでいる。

わたしたち夫婦は、昔から、あまり一緒に何かをしない。

わたしは、朝早く起きて、川べりを一時間歩く。

静江は、朝はゆっくりで、午後から公民館で書道を教えている。

趣味も、見るテレビも、好きな食べ物も、少しずつ違う。

財布も、結婚したときから、別々だった。

静江が言い出したことだった。

わたしの給料と、静江の教室の月謝は、それぞれの通帳に入った。

家のことに使うお金だけ、二人で同じ額を、一つの缶に入れた。

その缶は、いまも台所の棚にある。

居間には、同じ形の椅子が二脚、並んでいる。

椅子と椅子のあいだには、小さな台が一つある。

四十五年、わたしは右の椅子に、静江は左の椅子に座ってきた。

テレビを見るときも、新聞を読むときも、その並びは変わらない。

息子が小さいころは、あいだの台に、息子がよじ登って座った。

息子が家を出てから、台には、湯のみが二つ置かれるだけになった。

手を伸ばしても、少し届かないくらいの幅だ。

第二章 隣の夫婦

向かいの家に、田中さんという夫婦が住んでいた。

田中さん夫婦は、町でも有名な仲の良い夫婦だった。

夏祭りの盆踊りでも、二人は、いつも並んで踊っていた。

どこへ行くのも一緒で、買い物も散歩も、二人で手をつないで歩いた。

奥さんは、ご主人の好きなものしか作らず、ご主人は、奥さんの見たいテレビしか見なかった。

二人で一つのような夫婦だった。

静江は、よく、あそこは仲がいいわね、と言った。

わたしは、それを聞くたびに、責められているような気がした。

うちは、ああはなれなかった。

田中さんのご主人とは、ときどき、朝の川べりで会った。

ご主人は、奥さんの歩く速さに合わせて、ゆっくり歩いていた。

わたしは、一人で、自分の速さで歩いていた。

すれ違うたびに、お宅の奥さんはどうして一緒に来ないのか、と聞かれている気がした。

若いころ、一度だけ、静江に言ったことがある。

うちも、もう少し一緒に何かしようか。

静江は、少し考えてから、あなたはあなたの散歩をすればいいのよ、と言った。

わたしは、それを、静江がわたしに興味が無いのだと受け取った。

それから四十年、わたしは、うちの夫婦は、どこか足りない夫婦なのだと思ってきた。

同じ家にいても、二本の線が、平行に走っているだけだった。

第三章 倒れた日

五年前、田中さんの奥さんが、急に亡くなった。

ご主人は、それから、家から出てこなくなった。

ご飯の炊き方も、ゴミの出し方も、分からなかったらしい。

奥さんがいないと、何をしていいか分からない、と、ご主人は言っていた。

一年ほどして、ご主人も、施設に入った。

向かいの家は、いまは空き家になっている。

雨戸は閉まったままで、庭の草が伸びている。

郵便受けには、広告がたまっている。

静江は、ときどき、その庭を見て、黙っていた。

去年の冬、今度は、わたしが倒れた。

朝の散歩の途中で、胸が苦しくなって、川べりの道にしゃがみこんだ。

救急車で運ばれ、そのまま、ひと月、入院した。

入院しているあいだ、わたしは、静江のことばかり心配していた。

一人で、大丈夫だろうか、と。

静江は、わたしがいないと、何もできないのではないか。

田中さんのご主人のように、家から出てこなくなるのではないか。

病院の天井を見ながら、そんなことばかり考えていた。

けれど、心配していたのは、わたしのほうだけだった。

第四章 静江の話

静江は、毎日、午後に病院に来た。

いつもと同じ時間に、いつもと同じ風呂敷を持って、来た。

書道の教室は、一日も休まなかった。

教室の生徒さんたちには、夫が入院している、とだけ伝えたらしい。

生徒さんの何人かが、お見舞いの手紙をくれた。

教室が終わると、その足で病院に来て、一時間ほど座って、帰っていった。

家のことも、銀行のことも、息子への連絡も、静江が一人で全部やっていた。

ある日、わたしは、静江に聞いた。

お前、一人で、大丈夫なのか。

静江は、半紙を包んだ風呂敷をひざに置いたまま、言った。

大丈夫よ。わたし、ずっと自分の線を引いてきたもの。

あなたが倒れても、わたしの線は、ちゃんと立っていられる。

わたしが倒れても、あなたの線は、ちゃんと立っていられる。

田中さんのところは、二本が一本にくっついてたから、片方が折れたら、もう片方も折れちゃったのよ。

わたしは、昔、あなたにそうなってほしくなかったの。

あなたはあなたの散歩をすればいい、って言ったの、覚えてる。

あれは、そういう意味だったのよ。

わたしは、しばらく、何も言えなかった。

四十年、静江は、その意味を、一度も説明しなかった。

説明しなくても、いつか分かると思っていたのかもしれない。

分かるまでに、四十年と、ひと月の入院がかかった。

第五章 手の届かない幅

わたしは、四十五年、うちの夫婦を、足りない夫婦だと思ってきた。

くっつかず、平行に走っているだけの、二本の線だと。

けれど、静江は、その幅を、わざと空けていた。

くっつかなかったから、どちらかが倒れても、もう一本が立っていた。

手を伸ばしても少し届かない椅子の幅は、冷たさではなかった。

二人が、一人ずつ立っていられるための幅だった。

倒れてみて、初めて、それが分かった。

くっついていたら、わたしが倒れたとき、静江も一緒に倒れていたかもしれない。

田中さんの夫婦が、仲が良かったのは本当だと思う。

けれど、ああいう形は、片方が欠けると、もう片方も欠ける。

うちの形は、片方が欠けても、もう片方は、欠けない。

どちらが良いという話ではないのかもしれない。

ただ、わたしは、自分の夫婦の形を、四十五年、読み違えていた。

施設に入った田中さんのご主人に、先月、会いに行った。

ご主人は、窓のそばの椅子に座って、隣の空いた椅子を、ずっと見ていた。

奥さんが座っていた椅子だ、と職員の人が教えてくれた。

わたしは、うちの居間の二脚の椅子を思い出した。

平行の二本は、交わらない。

交わらないから、どこまでも、並んで行ける。

エピローグ

退院してから、わたしは、また朝の散歩を始めた。

医者に言われて、一時間を三十分にした。

静江は、それについて、何も言わなかった。

三十分でいいのよ、とも、もっと歩きなさい、とも言わなかった。

静江は、相変わらず、午後から書道を教えている。

夕方、わたしたちは、居間の二脚の椅子に座る。

右にわたし、左に静江。あいだに、小さな台。

手を伸ばしても、やはり、少し届かない。

けれど、届かないことが、いまは、少しも寂しくない。

このあいだ、静江が、小さな台に、一枚の半紙を置いた。

二本、まっすぐな線が引いてあった。

くっつかず、離れすぎず、並んでいた。

題も、名前も、書いていなかった。

わたしは、それを、居間の壁に貼った。

ソウルミッション358

あなたの魂のテーマに気づく場所