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二軒の家

隣の線と、くっつかなかった

二軒の家

朗読で聴く

第一章 ふたご

六十六になった。

双子の妹として生まれた。姉の名は春子、わたしは洋子という。

生まれたときから、二人で一つのように扱われてきた。

母は、同じ服を二着ずつ縫った。同じ形の靴を二足ずつ買った。

近所の人は、わたしたちを名前で呼ばなかった。

ふたごちゃん、と呼んだ。

小学校の先生も、よく間違えた。春子と呼ばれて、わたしが返事をしたことが何度もある。

顔も背丈も、声までそっくりだった。

電話に出ると、親戚は、どっちなの、と必ず聞いた。

どっちでもいいでしょう、と母が笑ったことがある。

母は、それがうれしかったのだと思う。

写真はいつも二人並んで、同じ角度で首をかしげていた。

母はその写真を、居間のいちばん目につくところに飾った。

わたしは、その写真が、少しだけ苦しかった。

姉が風邪をひくと、わたしも熱を出した。

姉が泣くと、わたしも泣いた。

母は、それを、ふたごだからね、と笑って話した。

わたしには、自分の熱なのか、姉の熱なのか、分からなかった。

どちらがどちらでも、同じ写真になる気がしたからだ。

第二章 別の道

中学の終わりに、わたしは、姉と別の高校を選んだ。

姉は町の普通科に行き、わたしは隣の市の商業科に行った。

母は泣いた。二人いっしょのほうが心強いのに、と言った。

わたしは、理由をうまく言えなかった。

同じ制服を着て、同じ電車に乗る三年間が、どうしても思い浮かばなかった。

それだけだった。

入学式の朝、わたしは、姉と違う色の制服を着て、違う駅に向かった。

駅のホームで、一人で電車を待っているあいだ、足が少し震えた。

隣に姉がいない朝は、生まれて初めてだった。

電車の窓に映った自分の顔を見て、これはわたしの顔だ、と思った。

姉は、何も言わなかった。

そのときから、わたしたちは、少しずつ違う人間になった。

姉は町の信用組合に勤め、わたしは市の小さな会社で経理をした。

服の好みも、少しずつ違っていった。

姉は紺や灰色を好み、わたしは、明るい色の服を着るようになった。

二人とも、同じ町の男と結婚した。

そして、偶然にも、二軒並んだ建売の家を、それぞれの夫が買った。

同じ形の家が二軒、細い路地をはさんで並んでいる。

四十年、わたしたちは、その二軒の家に住んできた。

第三章 路地

二軒のあいだの路地は、人が一人やっと通れるくらいの幅しかない。

わたしの台所の窓から手を伸ばせば、姉の台所の窓に届きそうだった。

けれど、わたしたちは、窓越しに話したことは、ほとんど無い。

用があれば、玄関から回って、呼び鈴を押した。

夕飯のおかずを分け合うことも、あまりしなかった。

子どもを預け合うことも、数えるほどしかなかった。

姉の家の子と、わたしの家の子は、同じ小学校に通った。

いとこ同士なのに、兄弟のようにはならなかった。

それぞれの家に、それぞれの夕飯の時間があった。

夜、台所の窓から、姉の家の明かりが見えた。

明かりがついていると、それだけで、少し安心した。

近所の人は、あんなに近くに住んでいるのに、と不思議がった。

もっと仲良くすればいいのに、と言う人もいた。

母も、生きているあいだ、何度も言った。

あんたたちは、せっかく隣にいるのに、どうして一つの家みたいにしないの。

わたしは、そのたびに、少し胸が痛んだ。

姉と一つになるのを、ずっと避けてきたのは、わたしのほうだった。

高校を別にしたのも、わたしだった。

姉は、それに合わせて、わたしとのあいだの細い路地を、ずっと空けておいてくれたのだと思う。

わたしは、姉に悪いことをしてきたのかもしれない、と思っていた。

母の葬式のとき、親戚の人に、あんたたちは結局、別々になったね、と言われた。

姉は、そうね、とだけ答えた。

わたしは、その横で、黙ってうつむいていた。

第四章 姉の話

この春、姉が、転んで腰を痛め、一か月ほど入院した。

見舞いに行った日、病室で、姉がぽつりと言った。

洋子、あんたが別の高校に行ったとき、わたし、ほっとしたのよ。

わたしは、驚いて、姉の顔を見た。

ずっと、あんたの半分みたいに言われてたでしょう。

ふたごちゃん、って。わたし、自分がどこまでで、あんたがどこからか、分からなかった。

あんたが先に別の道に行ってくれたから、わたしも、自分の道を探せた。

信用組合に勤めたのも、あんたがいなかったから、自分で決めたの。

隣に家を買ったときも、少し怖かった。また一つにされるんじゃないかって。

でも、あんたは、いつも玄関から回ってきた。

窓から声をかけたりしなかった。

あの細い路地を、ちゃんと空けておいてくれた。

だから、四十年、隣にいても、わたしは、わたしでいられたのよ。

姉は、そう言って、少し笑った。

窓の外では、病院の庭の桜が、半分散っていた。

わたしは、姉の手を握ろうとして、やめた。

かわりに、ベッドのそばの椅子を、少しだけ引き寄せた。

姉の顔と、わたしの顔のあいだに、手のひらひとつぶんの隙間が残った。

それが、ちょうどいい幅に思えた。

第五章 二本の線

わたしは、四十年、姉と一つになれなかったことを、どこかで悔やんでいた。

母の言うとおり、一つの家みたいにできなかったことを。

けれど、姉にとっては、それが、息のできる幅だった。

わたしにとっても、そうだったのだと思う。

くっつかなかったから、二人は二人のままでいられた。

路地の幅は、わたしたちを離していたのではなかった。

二人のあいだに、ちゃんと一本ずつ線を引いてくれていた。

くっついた二本の線は、遠くから見ると、一本の太い線にしか見えない。

あいだに細い紙が残っているから、二本だと分かる。

母が飾った写真の中の二人は、見分けがつかなかった。

いまの二人なら、誰が見ても、見分けがつくと思う。

姉はしらがを短く切り、わたしは長く伸ばしている。

姉は眼鏡をかけ、わたしはかけていない。

姉は甘いものが好きで、わたしはからいものが好きだ。

四十年かけて、わたしたちは、少しずつ違う線になった。

母が生きていたら、なんと言っただろう。

寂しいと言ったかもしれない。

けれど、母の飾った写真は、いまも姉の家の居間にある。

姉は、あの写真の横に、去年の正月に撮った二人の写真を並べて飾っている。

古い写真では、見分けがつかない。新しい写真では、すぐに分かる。

エピローグ

姉が退院した日、わたしは、玄関から回って、呼び鈴を押した。

姉は、杖をついて、自分の玄関に出てきた。

ひと月ぶりに見る姉の顔は、少しやせていた。

お帰りなさい、と言うと、姉は、ただいま、と言った。

それから二人で、二軒のあいだの路地の入り口に立った。

細い路地の向こうに、夕方の光が差していた。

ここ、四十年、ちゃんと空いてたね、と姉が言った。

わたしは、うん、と言った。

ひ孫を連れてきた孫娘が、わたしたちを見て、すぐに言った。

こっちが春子おばあちゃんで、こっちが洋子おばあちゃん。

間違えなかった。

ソウルミッション358

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