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短い手紙

むらがあっても、届いていた

短い手紙

朗読で聴く

第一章 遠い現場

七十四になった。

アメリカの西の、山あいの小さな町に住んでいる。

若いころから四十年、送電線の工事の仕事をしてきた。

鉄塔を建て、線を張る仕事だ。

鉄塔の上は、風が強い。

下を見ると、谷の家々が、豆粒のように見えた。

現場はたいてい、家から何百キロも離れた山の中だった。

一度出ると、二か月、三か月、帰れないこともあった。

飯場は、山の斜面に建てた木の小屋で、十人ほどの男が寝泊まりした。

夜は、発電機の音と、誰かのいびきしか聞こえなかった。

妻のエレンは、去年の冬に七十一で死んだ。

子どもは、娘が一人。四十六で、東の町にいる。

現場に出ているあいだ、わたしは、エレンに手紙を書いた。

電話は、町まで下りないと無かった。

だから、手紙だった。

毎週、日曜の晩に一通、と決めていた。

出すのは、月曜の朝に町へ下りる食料のトラックに頼んだ。

エレンの家に着くのは、たいてい木曜日だった。

第二章 むらのある手紙

毎週、と決めていたが、手紙の長さは、まるで揃わなかった。

雨で工事が止まった週は、便箋に三枚も四枚も書いた。

現場の男たちのこと、山の天気のこと、飯場の飯のこと。

鉄塔の上から見た夕日のことも書いた。

けれど、工期に追われた週は、一言しか書けなかった。

疲れた。会いたい。ハンク。

それだけで、封をした。

現場の男たちは、わたしが一言だけ書いて封をするのを見て、それで手紙か、と笑った。

わたしは、何も言い返せなかった。

書けなかった週も、何度かあった。

鉄塔の上で風に吹かれた一日のあとは、指がこわばって、ペンがうまく握れなかった。

日曜の晩に便箋を出して、ペンを持ったまま眠ってしまった。

わたしは、それを、ずっと恥ずかしく思っていた。

長い手紙の週と、一言の週と、何も無い週。

わたしの手紙は、むらだらけだった。

エレンは、毎週、きちんと、同じくらいの長さの手紙をくれた。

庭のこと、娘のこと、隣の家の犬のこと。

いつも便箋二枚だった。

字もきれいで、書き出しが、きちんと揃っていた。

わたしは、それを飯場の寝床で、懐中電灯で読んだ。

わたしは、エレンに、ちゃんとした手紙を返せない夫だと思っていた。

帰ったとき、一度、すまない、短い週ばかりで、と言ったことがある。

エレンは、何のこと、と言って、笑っただけだった。

台所で、エレンは、わたしの作業着のほころびを縫いながら、それ以上は何も聞かなかった。

わたしは、気をつかって笑ってくれたのだと思った。

第三章 箱

エレンが死んで、寝室のたんすを片づけた。

娘が手伝いに来て、服は娘が、引き出しの奥はわたしが見ることになった。

いちばん下の引き出しの奥に、靴の箱が三つあった。

ふたを開けると、わたしの手紙が、全部入っていた。

四十年分だった。

封筒は、日付の順に、きちんと並べてあった。

わたしは、長い手紙のほうから、手に取ろうとした。

若いころの手紙は、字が大きく、便箋からはみ出しそうだった。

年を取るにつれて、字は小さく、手紙は短くなっていった。

自分でも、あれは、よく書けたと思っていた手紙だった。

けれど、長い手紙の封筒は、どれも、きれいなままだった。

一度読んで、しまったのだと思う。

短い手紙の封筒は、ちがった。

かどがすり切れて、丸くなっていた。

折り目が、何度も開いたり閉じたりしたせいで、破れかけていた。

疲れた。会いたい。ハンク。

その一言の便箋が、いちばん、くたくたになっていた。

封筒の裏には、エレンの字で、小さく日付が書き足してあった。

読み返した日の日付らしかった。

いちばん多いものには、十いくつも並んでいた。

わたしは、ベッドの端に腰を下ろして、その日付を、一つずつ指でたどった。

わたしが山にいた年の日付ばかりだった。

第四章 娘の話

葬式のあと、娘が、箱を見て、ああ、それ、と言った。

母さん、夜になると、よくそれを出してたよ。

長いのは読まないの、と聞いたことがある、と娘は言った。

母さんは、長いのは、父さんが元気な週のだから、と言った。

短いのは、父さんがいちばん疲れてた週のでしょう。

疲れてても、わたしに書いたのよ。

一言でも、書いたのよ。

だから、こっちを読むの、って。

わたしは、娘の話を、黙って聞いていた。

娘は、箱の中から、くたくたになった一枚を取り出して、わたしに渡した。

父さん、これ、母さんのいちばんのお気に入り。

何も来なかった週のことも、母さん、言ってた、と娘は続けた。

来ない週は、手紙の来る木曜日に、郵便受けの前でしばらく立ってた。

でも、次の週には必ず来るって、分かってたって。

父さんは、来ない週のあとには、必ず、ちょっとだけ長いのを書いてくるからって。

わたしは、そんなことをしていたのを、覚えていなかった。

エレンは、わたしのむらの形まで、ちゃんと覚えていたのだった。

来ない週のあとは少し長く書こうと、たぶん、どこかで思っていたのだと思う。

自分では、むらを直そうとしていたつもりだった。

第五章 薄い週

わたしは、むらのある手紙を、恥ずかしいと思っていた。

長い週だけが、ちゃんとした手紙だと思っていた。

一言の週は、手を抜いた週だと思っていた。

けれど、エレンの側から見ると、ちがった。

長い手紙は、元気な夫の手紙だった。

一言の手紙は、疲れ切った夫が、それでも書いた手紙だった。

エレンがいちばん読み返したのは、いちばん薄い週だった。

封筒の裏の日付は、わたしが現場にいた月に、いちばん多かった。

わたしが山の中で眠っていた夜に、エレンは、わたしの疲れた週を読んでいた。

むらがあったから、エレンには、わたしの週が見えた。

どの週がつらくて、どの週が楽だったか、手紙の長さで分かった。

毎週同じ長さの手紙だったら、エレンは、わたしのつらい週を知らなかったと思う。

わたしは、エレンの二枚の手紙を、毎週同じだと思って読んでいた。

いま、読み返すと、同じではなかった。

一枚目の終わりのほうが、少し字が詰まっている週がある。

書くことが多すぎて、あわてた週だ。

エレンの手紙にも、むらはあった。

わたしが、それを読めていなかっただけだった。

むらの無い手紙など、たぶん、どこにも無い。

むらがあるから、その週の人が見える。

エピローグ

靴の箱は、三つとも、寝室のたんすに戻した。

夜、ときどき、一通だけ出して読む。

長い手紙は、あまり読まない。

長い手紙の封筒は、いまも、かどがとがったままだ。

長い手紙の中のわたしは、元気すぎて、少し他人のように見える。

短い手紙を、読む。

疲れた。会いたい。ハンク。

四十年前のわたしが、山の中の飯場で、ペンを持ったまま、それだけ書いた。

それが、エレンのところに、ちゃんと届いていた。

この冬、わたしは、エレンに手紙を書くことにした。

出すところは無い。

便箋を一枚出して、一言だけ書いた。

疲れた。会いたい。ハンク。

封筒に入れて、靴の箱のいちばん後ろに立てた。

ソウルミッション358

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