三等分
むらがあっても、届いていた

朗読で聴く
第一章 同じにする
七十になった。
県の職員を三十八年勤めて、十年前に辞めた。
妻は六十八で、元気にしている。
子どもが三人いる。上から、四十四、四十一、三十八。三人とも、もう家を出ている。
わたしは、三人の子を、同じに育てようと決めていた。
わたし自身が、三人きょうだいの真ん中で、いつも上と下のあいだで割を食ったと思っていたからだ。
兄は跡取りとして大事にされ、妹は末っ子としてかわいがられた。
わたしは、どちらでもなかった。
新しい服は兄のお下がりで、おやつは妹と分けるように言われた。
母は、真ん中の子は手がかからない、と近所の人に話していた。
それが、ほめ言葉だとは思えなかった。
だから、自分の子には、決してむらを作らないと決めた。
おやつは、きっちり三等分した。
羊羹は、定規を当てて切った。
誕生日のプレゼントは、三人とも同じ値段にした。
お年玉も、年の差の分だけ決まった額ずつ上げ、誰かが得をすることのないようにした。
運動会には、三人とも、同じ時間だけ見に行った。
三人とも同じ学年の年は無かったから、それぞれの競技を、同じ回数だけ見た。
妻は、そこまでしなくても、と笑った。
三人の身長を柱に刻むときも、同じ日に、同じ鉛筆で、同じ高さの目線で刻んだ。
柱には、三本ずつ、きれいに並んだ線が残っている。
わたしは、そこまでするのが、父親の仕事だと思っていた。
第二章 むらの無い家
三人は、大きな喧嘩もなく育った。
誰かがひがむことも、誰かが威張ることも無かった。
わたしは、それを、自分のやり方がうまくいった証だと思っていた。
近所の人にも、あそこの子たちは仲がいい、とよく言われた。
言われるたびに、わたしは、心のどこかで、自分をほめていた。
三人とも大学を出て、就職し、それぞれ家庭を持った。
正月には、三家族が集まる。
わたしは、孫たちにも、同じ額のお年玉を用意する。
ただ、ここ何年か、気になることがあった。
子どもたちは、妻とはよく話す。
台所で、妻を囲んで、笑いながら、昔の話をしている。
わたしのところには、あまり来ない。
わたしは、居間で新聞を広げたまま、台所の笑い声を聞いている。
何の話をしているのか、よく聞こえない。
来ても、父さん元気、と言って、それで終わる。
嫌われているわけではないと思う。
父の日には、三人から、同じくらいの値段の品物が届く。
きっと、三人で相談して決めているのだと思う。
わたしが教えたとおりの、公平なやり方だった。
けれど、三人とも、わたしに対して、どこか遠慮がある。
同じに、公平に、むらなく育てたのに、なぜだろうと思っていた。
わたしは、三人に、何一つ、差をつけなかった。
それなのに、三人とも、わたしには遠い。
第三章 台所の話
今年の正月、わたしは、台所の入り口で、子どもたちの話を聞いてしまった。
立ち聞きするつもりは無かった。茶を取りに行っただけだった。
長女が言っていた。
お父さんが、一回だけ、怒鳴ったことあったよね。
次男が笑った。あった。姉ちゃんが夜中に帰ってこなかったとき。
お父さん、車で町じゅう探して、駅前で見つけて、泣きながら怒鳴ったんだよ。
末っ子が言った。
あと、あれ。お兄ちゃんの高校の決勝、お父さん、仕事休んで見に来たじゃん。
あのとき、わたしの発表会の日と重なってて、お父さん、発表会には来なかった。
え、ずるい、と長女が言った。
末っ子は、でもね、と言った。
あのとき、ちょっと、うれしかったんだよね。
お父さんにも、どうしても行きたいほうがあるんだって、分かって。
長女が、何それ、と笑った。
末っ子は、だって、それまでお父さん、機械みたいだったもん、と言った。
三人が、いっせいに笑った。
わたしは、台所の入り口に立ったまま、湯のみを持つのも忘れていた。
三人とも、わたしが公平だった話は、一つもしなかった。
第四章 覚えていたこと
わたしは、茶を持たずに、居間に戻った。
子どもたちが覚えていたのは、わたしが三等分した羊羹ではなかった。
同じ値段のプレゼントでも、同じ回数の運動会でもなかった。
覚えていたのは、わたしが、同じにできなかった日のことだった。
長女が夜中に帰らなかった晩、わたしは、ほかの二人のことを忘れて、町じゅうを走った。
次男の決勝の日、わたしは、末っ子の発表会を放り出して、野球場に行った。
あの日、わたしは、公平な父親でいることを、やめていた。
やめようと思ってやめたのではない。
気がついたら、車に乗っていた。気がついたら、野球場にいた。
どうしても、そちらに行きたかったからだ。
わたしは、そのことを、ずっと、自分の失敗だと思っていた。
決めたことを守れなかった日として、数えないようにしてきた。
けれど、子どもたちにとっては、あの日が、父親の顔が見えた日だった。
きっちり三等分された羊羹には、わたしの顔は、無かった。
柱の三本ずつの線にも、わたしの顔は無い。
あれは、定規で測ったような父親の跡だった。
第五章 むらのある刷り
夜、妻に、台所の話を聞いた、と言った。
妻は、聞こえてたのね、と少し笑った。
あなた、公平すぎたのよ。
公平なのは、いいことだと思っていた。
いいことよ。でも、公平なものは、誰にでも同じでしょう。
誰にでも同じものは、あの子たちには、自分に向けたものだと思えなかったのよ。
わたしは、黙っていた。
窓の外では、帰っていく子どもたちの車の音がしていた。
むらを作らないことが、三人を大事にすることだと思っていた。
けれど、むらの無いものは、手で作った跡が見えない。
機械で刷ったように、どの子にも同じだった。
わたしが、同じにできなかった日、そこにだけ、わたしの手の跡が残った。
濃すぎたり、薄かったりした、そのむらのところで、子どもたちは、わたしに触れていた。
届いていたのは、公平なほうではなく、むらのほうだった。
妻は、灯りを消す前に、もう一つだけ言った。
あなたが駅前で怒鳴った晩のこと、あの子、結婚式のスピーチで話したのよ。
わたしは、それを、覚えていなかった。
聞いていたはずなのに、公平な父親の話ではなかったので、聞き流していたのだと思う。
エピローグ
今年の正月、帰り際に、わたしは、末っ子を呼び止めた。
決勝の日の発表会、行けなくて、悪かったな。
末っ子は、驚いた顔をして、それから笑った。
三十年前の話だよ、それ。
そうだな、とわたしは言った。
でも、覚えてたんだろう。
末っ子は、少し黙って、覚えてた、と言った。
あの日、お父さんが、お兄ちゃんのほうに行ったの、なんか、よかったんだよ。
次は、わたしのほうに来てね。
わたしは、分かった、と言った。
来年の正月、孫たちのお年玉は、同じ額にしないつもりだ。
妻は、また極端なんだから、と笑っている。
柱の三本ずつの線の横に、今年、孫たちの背を刻んだ。
高さも間隔も、ばらばらになった。
それでいいのだと思う。
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