余白
刷らなかったところが、光だった

朗読で聴く
第一章 書道教室
六十八になった。
町の公民館の二階で、四十年、書道教室を開いてきた。
夫は七十で、元は役場に勤めていた。娘が一人、四十で、隣の市にいる。
教室には、毎週、子どもと大人が合わせて二十人ほど来る。
わたしは、生徒に、いつも同じことを言ってきた。
紙いっぱいに書きなさい。
教室の壁には、生徒の作品を、季節ごとに貼り替えてきた。
どの作品も、紙いっぱいに、真っ黒に書いてある。
小さく縮こまった字は、弱く見える。
半紙の端から端まで、墨を届かせなさい。
わたし自身も、そうやって書いてきた。
展覧会に出す作品は、いつも、紙いっぱいの大きな字だった。
墨を多く含ませ、筆を大きく動かし、白いところをできるだけ残さない。
それが、力のある字だと思っていた。
展覧会では、何度か賞ももらった。
講評には、いつも、力強い、紙面を満たしている、と書かれた。
わたしは、それを誇りにしてきた。
若いころ、わたしの先生は、よく言っていた。
書かないところが、字を生かすのよ。
わたしは、はい、と言いながら、分からなかった。
先生の作品は、いつも字が小さく、紙の白が多かった。
わたしは、若いころ、それを少し物足りないと思っていた。
書かないところは、ただの紙だ。
書いたところだけが、書だと思っていた。
第二章 右手
去年の秋、脳の血管が細くなって、倒れた。
命は助かったが、右手に、しびれが残った。
病院のベッドで、わたしは、まず右手の指を一本ずつ動かしてみた。
動いたが、自分の指ではないような、遠い感じがした。
筆を持つことはできる。
けれど、長く動かすと、手が震える。
一画か、二画。それ以上書くと、線が揺れてしまう。
半年、筆を持たなかった。
リハビリの先生は、毎日、手を開いたり閉じたりする練習をさせた。
わたしは、それを、書くための練習だと思おうとしたが、うまくいかなかった。
持てば、書けないことが分かってしまうからだ。
教室は、娘の知り合いの若い先生に、代わりに見てもらった。
四十年、紙いっぱいに書いてきた手が、一画しか書けない。
わたしは、書道を失ったと思った。
書けないのなら、わたしには何も残っていない。
娘は週に一度来て、お母さん、字が書けなくても、お母さんはお母さんよ、と言った。
わたしには、それが慰めにしか聞こえなかった。
書いたところだけが書だと思ってきた人間にとって、書けないことは、何も無いことと同じだった。
夫は、何も言わずに、毎朝、墨をすってくれた。
すった墨は、使われないまま、夕方には乾いた。
乾いた墨の硯を、夫は毎晩洗い、また次の朝にすった。
わたしは、それを見るのがつらくて、台所に立った。
第三章 一画
春になって、夫がまた墨をすった朝、わたしは、半紙を一枚出した。
一画だけ、書いてみようと思った。
筆に墨を含ませ、紙の右のほうに、縦に一本、線を引いた。
手は、途中で少し震えた。
線は、細いところと太いところができた。
書き終わって、紙を見た。
紙の大部分は、白いままだった。
縦の線が一本、右寄りにあるだけだ。
わたしは、それを、失敗だと思った。
四十年前、初めて教室を開いた年の、子どもの字のようだと思った。
書ききれなかった、白の残った紙だ。
捨てようとしたとき、夫が、それを取り上げた。
夫は、しばらく眺めてから、言った。
これ、いいな。
わたしは、何がいいの、と聞いた。
夫は、白いところが、いい、と言った。
線が一本あるから、白いところが、広く見える。
その日は、それ以上は書かなかった。
一本だけの紙を、机の上に置いたまま、夕方まで、ときどき眺めた。
第四章 展覧会
その一枚を、娘が、市の展覧会に出したらどうか、と言った。
わたしは、恥ずかしいと言った。
教室の生徒たちに見られたら、先生も衰えた、と思われる。
そう思われるのが、いちばん怖かった。
四十年、紙いっぱいに書いてきた人間が、一本の線だけの紙を出すなんて。
けれど、娘は、黙って申し込んでしまった。
展覧会の日、わたしは、夫に付き添われて会場に行った。
わたしの一枚は、壁の端のほうに掛けてあった。
その前に、何人かの人が、立ち止まっていた。
若い女の人が、連れの人に、小さな声で言っていた。
この白、きれいね。
わたしは、その人のうしろで、自分の一枚を見た。
会場の明かりの下で、紙の白は、ほかのどの作品の白よりも、広く、明るく見えた。
線は、一本しかない。
その一本のまわりに、四十年、わたしが塗りつぶしてきた白があった。
その一本が、白を、白として見せていた。
わたしは、四十年、白を減らすために書いてきた。
白が明るく見えたことは、一度も無かった。
白を、光として見たことが、一度も無かった。
会場を出るとき、係の人が、あの作品について問い合わせがありました、と言った。
書いた人に会ってみたい、という若い書道の先生からだった。
第五章 書かなかったところ
展覧会のあと、昔の先生の言葉を、何度も思い出した。
書かないところが、字を生かすのよ。
四十年、分からなかった。
書かないところは、何も無いところだと思っていた。
けれど、紙の白は、何も無いのではなかった。
光だった。
墨で書いたところが字なのではなく、書かなかった白があって、はじめて字が見える。
わたしは、紙いっぱいに書くことで、その光を、自分で塗りつぶしてきた。
手が震えて、一画しか書けなくなって、初めて、白を残すことができた。
失ったと思っていたのは、書く量だった。
代わりに、書かないところが、戻ってきた。
わたしの字にとって、いちばん明るいところは、わたしが一度も書かなかったところだった。
教室の生徒たちに、わたしは、四十年、間違ったことを教えてきたのかもしれない。
紙いっぱいに書きなさい、と。
先生は、もう二十年前に亡くなった。
いま会えたら、やっと分かりました、と言いたい。
先生は、たぶん、笑って、遅いわね、と言うと思う。
エピローグ
秋から、また教室に出るようになった。
座ったまま、生徒の字を見るだけだ。
小学生の女の子が、半紙の真ん中に、小さく、一文字だけ書いた。
以前のわたしなら、もっと大きく、紙いっぱいに、と言ったと思う。
わたしは、しばらく、その一枚を見た。
字のまわりの白が、きれいだった。
いいわね、とわたしは言った。
女の子は、きょとんとして、小さすぎませんか、と聞いた。
白いところが、いいのよ、とわたしは言った。
女の子は、よく分からない顔をしていた。
分からなくていい。わたしも、四十年、分からなかった。
その子の半紙を、わたしは、教室の壁のいちばん目につくところに貼った。
紙いっぱいの作品に囲まれて、その一枚だけが、白く光って見えた。
家に帰ると、夫が、また墨をすっていた。
夫は、わたしの一本の線の紙を、居間の壁に一枚ずつ貼っている。
もう十枚になった。どの紙も、ほとんど白だ。
わたしは、半紙を一枚出して、一本だけ、線を引いた。
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