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横顔

片側からしか照らしていなかった

横顔

朗読で聴く

第一章 向かいの席

六十三になった。

夫は六十五で、去年、勤めを辞めて、いまは家庭菜園に凝っている。

息子が一人、三十六で、東京にいる。

父は、去年の冬に、八十八で死んだ。

同じ町の、歩いて十五分のところに、一人で住んでいた。

母が死んでから二十年、父はずっと一人だった。

父は、町の役場で四十年、帳簿をつけてきた人だった。

朝は七時に家を出て、夕方五時半に帰ってきた。

四十年、一日も遅れなかったと、母が言っていた。

家では、無口な人だった。

夕飯のとき、父はいつも食卓の同じ席に座った。

わたしは、その向かいに座った。

子どものころから、結婚して家を出るまで、ずっとそうだった。

父は、黙ってご飯を食べ、黙って新聞を読んだ。

わたしが学校のことを話すと、そうか、と言った。

テストで百点を取ったときも、そうか、と言った。

友だちと喧嘩したと言ったときも、そうか、だった。

笑った顔を、ほとんど覚えていない。

向かいの席から見る父は、いつも同じ顔をしていた。

眉のあいだに縦の皺があって、口は結んだままだった。

わたしは、父をそういう人だと思って六十年を過ごした。

結婚してからも、週に一度は様子を見に行った。

父は、玄関で、来たか、と言い、帰るときに、気をつけて、と言った。

あいだの一時間、二人でお茶を飲んで、天気の話をした。

それ以上の話をしたことは、たぶん、一度も無い。

話すことが無いのだと思っていた。

第二章 正面の写真

父が死んで、葬儀屋に写真を出してくださいと言われた。

父の家のたんすの引き出しに、写真の箱があった。

出てくる父は、どれも正面を向いていた。

役場の職員の集合写真、わたしの結婚式、孫の入学式。

どれも、カメラのほうをまっすぐ見て、口を結んでいる。

向かいの席から見ていた顔と、同じ顔だった。

箱のいちばん底に、わたしの小学校の運動会の写真があった。

撮ったのは父のはずだが、父はどこにも写っていない。

写真を撮る人は、写らない。

わたしは、その中から、還暦のときの一枚を選んだ。

背広を着て、正面を向いて、少し眉を寄せている。

夫が、お父さんらしいね、と言った。

わたしも、そう思った。

この顔が、父だった。

遺影の父は、祭壇の上から、まっすぐこちらを見ていた。

通夜の準備をしながら、わたしは、父の知り合いが何人来るだろうと考えた。

役場を辞めて二十八年、母が死んで二十年。

無口な父に、友だちがいるとは思えなかった。

親戚と、近所の人が少し来るくらいだろうと思っていた。

座布団は、二十枚あれば足りるだろうと思った。

父の片側しか知らないわたしは、父のまわりにも、片側しか無いと思っていた。

第三章 碁会所の人たち

通夜には、四十人ほど来た。

座布団が足りなくなって、夫が公民館まで借りに走った。

知らない顔が多かった。

年配の男の人が、何人も、焼香のあとで、わたしのところに来た。

駅前の碁会所で、父と三十年、碁を打ってきた人たちだった。

父が碁を打つことは知っていた。

けれど、三十年、毎週二回、碁会所に行っていたことは、知らなかった。

一人が、目を赤くして言った。

親父さんは、よく笑う人でしたよ。

わたしは、聞き間違えたかと思った。

打つ手がいいと、声を出して笑うんです。自分が負けてもね。

負けた相手には、必ず、次は勝てる、と言ってくれた。

碁会所のみんな、親父さんに慰められて、三十年来たようなもんです。

別の人が、一枚の写真を出して、見せてくれた。

碁会所の窓際の席で、父が碁盤に向かっている写真だった。

横から撮られていた。

窓の光が、父の顔の片側に当たっていた。

父は、口を開けて、笑っていた。

わたしは、その顔を、一度も見たことがなかった。

碁会所の人たちは、父が毎回、帰りに駅前のパン屋であんパンを二つ買っていたことも話した。

一つは自分の、一つは碁会所の受付の人の。

三十年、一度も欠かさなかったそうだ。

第四章 光の向き

通夜のあと、借りてきた写真を、遺影の横に置いた。

正面の顔と、横顔。

同じ人とは思えなかった。

けれど、耳の形も、鼻の形も、同じだった。

同じ人だった。

わたしは、六十年、父を向かいの席から見てきた。

向かいから見える顔は、いつも同じだった。

夕飯の食卓の電灯は、わたしの側から父を照らしていた。

わたしが見ていたのは、わたしのほうを向いた父の片側だけだった。

碁会所の人たちは、父の横に座って、同じ碁盤を見ていた。

窓の光は、父の、わたしの知らない側に当たっていた。

その側の父は、声を出して笑い、負けた人に、次は勝てる、と言っていた。

父の裏側が、暗かったのではない。

わたしが、そちらから光を当てたことがなかっただけだ。

わたしが学校の話をしたとき、父は、そうか、と言った。

あれは、何も思っていなかったのではなく、向かいの席で、どう笑えばいいのか分からなかったのかもしれない。

碁盤の上なら、笑えた。

娘の顔を正面から見て笑うのは、父には、難しかったのかもしれない。

考えてみれば、わたしも、父の前では、いつも同じ顔をしていた。

父から見たわたしも、向かいの席の片側だけだったのかもしれない。

第五章 窓際の席

法事が済んだあと、わたしは、一人で駅前の碁会所へ行った。

通夜に来てくれた人が、窓際の、父がいつも座っていた席に案内してくれた。

わたしは、碁を打てない。

それでも、父の席に座って、碁盤を前にした。

右側の窓から、午後の光が入ってきた。

光は、わたしの顔の片側に当たった。

向かいの席に、父の碁の相手だった人が座った。

その人は、碁石を一つ置いて、親父さんは、ここで、よく笑ったんですよ、と言った。

わたしは、窓の光を片側に受けながら、父がここで見ていたものを見た。

碁盤と、相手の手と、窓の外の駅前の道。

ここでは、父は、正面から見られていなかった。

横から、光を当てられていた。

娘が知らない父の片側に、三十年、この人たちが光を当ててくれていた。

わたしは、それを、少しうらやましいと思った。

それから、ありがたいと思った。

父の片側が、誰にも照らされないまま終わらなくて、よかった。

帰りに、駅前のパン屋で、あんパンを二つ買った。

一つを碁会所の受付の人に渡すと、その人は、親父さんと同じだ、と笑った。

エピローグ

父の家を片づけて、写真を二枚、うちに持って帰った。

正面を向いた還暦の写真と、碁会所の横顔の写真。

居間の棚に、隣どうしに置いた。

夫が、こっちのお父さんは、知らないな、と言った。

わたしも、知らなかった、と言った。

夫は、写真を見ながら、お父さんとは、もう少し話しておけばよかったな、と言った。

わたしも、同じことを思っていた。

息子が帰ってきたとき、横顔の写真を見て、じいちゃん、笑うんだ、と言った。

笑うんだよ、とわたしは言った。

知ったのは、死んでからだけど。

棚の二枚の写真には、夕方になると、西の窓から光が入る。

光は、横顔の写真のほうに、先に当たる。

ソウルミッション358

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