ポーチの椅子
途切れながら、一本だった

朗読で聴く
第一章 兄
七十四になった。
アメリカの真ん中の、とうもろこしと豆の畑が続く州で、農家をやってきた。
いまは畑を人に貸して、家の裏の菜園だけをいじっている。
妻のマーサは七十一で、元気にしている。
兄のウォルトは、去年の秋に七十九で死んだ。
兄とわたしは、父の畑を二人で継いだ。
兄は北の家、わたしは南の家に住んで、畑は真ん中で分けた。
車で五分の距離だ。
北の家と南の家のあいだには、父が植えた防風林が一列ある。
冬には、木の向こうに、兄の家の明かりが見えた。
二十五年、二人で同じトラクターを使い、同じ時期に種をまき、同じ時期に刈った。
兄は口数の少ない男で、わたしもそうだった。
夕方になると、兄は北の家のポーチの椅子に座って、畑を眺めた。
木の椅子で、父が使っていたものだった。
父は、夕方にポーチに座るのが好きな人だった。
父が死んでから、その椅子には兄が座るようになった。誰が決めたわけでもなかった。
わたしは、その横にもう一つ椅子を持ってきて、並んで座った。
ほとんど何も話さなかった。
野球の話を少しと、天気の話を少しした。
それで一日が終わった。
それで足りていた。
二人とも、足りていると思っていた。
第二章 二十二年
二十三年前、畑を売るかどうかで、兄と揉めた。
町の会社が、兄の側の畑を高く買うと言ってきた。
兄は売ると言い、わたしは売るなと言った。
父の畑を半分にするのか、と、わたしは言った。
兄は、お前の畑じゃない、と言った。
わたしは、兄の家の台所で、コーヒーのカップをテーブルに強く置いて、帰った。
カップの取っ手が欠けた。それが、最後だった。
それから、口をきかなくなった。
兄は結局、畑を売らなかった。
それでも、口はきかなかった。
どちらが先に何を言えばいいのか、二人とも分からなかった。
二十二年、そのままだった。
刈り入れの時期には、兄のトラクターの音が北から聞こえ、わたしのトラクターの音が南から聞こえた。
畑の真ん中で、音がすれ違った。
教会でも、町の店でも、目が合うと、うなずくだけだった。
クリスマスも、別々に過ごした。
マーサと兄の妻のあいだでは、電話が通っていた。
わたしは、兄の様子を、マーサから聞いた。
腰を痛めたらしい。トラクターを買い替えたらしい。孫が生まれたらしい。
わたしも、兄の妻から、同じように聞かれていたのだと思う。
二人とも、相手の様子を知っていた。
知っていて、会わなかった。
第三章 日曜の道
口をきかなかった二十二年のあいだ、一つだけ続けていたことがある。
日曜の夕方、教会の帰りに、わざと遠回りをして、兄の家の前の道を通った。
車の窓から、北の家のポーチを見た。
兄の家の前の道は砂利道で、車で通ると、タイヤが音を立てる。
遠くからでも、誰かが通ったと分かる。
兄は、たいてい、父の椅子に座っていた。
わたしの車が通ると、兄は顔を上げた。
手を上げることは、なかった。
わたしも、止まらなかった。
ただ通り過ぎて、家に帰った。
マーサは、何のための遠回りなのと聞いた。
道が空いてるからだ、と言った。
二十二年、ほとんどの日曜に、そうした。
ある年の夏、兄のポーチに、椅子が二つ並んでいるのが見えた気がした。
わたしは、見間違いだと思った。
雪の日と、わたしが入院した年の二か月は、通らなかった。
途切れ途切れの、意味の無い遠回りだった。
話もしない相手の家の前を、ゆっくり通るだけだ。
わたしは、それを、恥ずかしいことだと思っていた。
口もきけないくせに、様子だけ見に行く。
兄にも、そう思われているだろうと思っていた。
だから、ポーチの兄が顔を上げても、わたしは前を向いたまま通った。
第四章 二つ目の跡
兄が倒れたのは、去年の夏だった。
兄の妻から電話があって、わたしは病院へ行った。
二十二年ぶりに、兄の前に立った。
兄は、ベッドの上で、わたしを見て、言った。
遅いぞ。干し草は入れたのか。
昨日の続きのような言い方だった。
わたしは、入れた、と言った。
兄の手は、畑の土の色がしみこんで、爪のまわりが黒かった。
わたしの手も、同じ色だった。
それから、ひと月、毎日病院へ行った。
ひと月のあいだ、兄は二十二年のことを一度も口にしなかった。わたしも、しなかった。
野球の話を少しと、天気の話を少しした。
秋に、兄は死んだ。
葬式のあと、兄の妻に頼まれて、北の家のポーチを片づけに行った。
父の椅子を持ち上げると、その下の床の板に、四角く色の薄い跡があった。
何十年も椅子が置いてあったところだけ、日が当たらなかったのだ。
その横に、もう一つ、少し小さな、色の薄い四角があった。
わたしが昔、横に並んで座っていた椅子の跡だった。
兄の妻が言った。
あの人、あの椅子を、ずっと片づけなかったのよ。
二十二年、出しっぱなし。日曜の夕方になると、そっちの椅子の上を払ってたわ。
第五章 途切れていたもの
わたしは、ポーチの床の、二つの跡を見ていた。
大きいほうと、小さいほう。
どちらも、同じくらいの濃さで、日に焼けずに残っていた。
雨の多い年も、日照りの年も、同じように残ってきた濃さだった。
二十二年、わたしが座らなかった椅子は、そこに置いてあった。
だから、跡は、途切れずに残っていた。
口をきかなかった二十二年、わたしは、兄とのあいだは切れていると思っていた。
けれど、わたしは日曜ごとに前の道を通り、兄は日曜ごとにそっちの椅子を払っていた。
話はしなかった。
手も上げなかった。
それでも、日曜の夕方という時刻は、二人のあいだで一本につながっていた。
途切れていたのは、言葉だけだった。
謝ることは、最後まで無かった。
謝るには、切れていたと認めなければならない。
二人とも、切れていたとは思っていなかったのかもしれない。
遠回りも、椅子を払うことも、途切れ途切れの線だった。
雪の日には通らず、兄の腰の悪い年には、たぶん払わない日もあった。
途切れ途切れでも、二十二年、離れて見れば一本の線だった。
病院で兄が、遅いぞ、と言ったのは、たぶん、そのせいだ。
兄にとって、わたしは二十二年、毎週少しずつ遅れていただけだった。
わたしは、二十二年を、空いていた時間だと思っていた。
けれど、あの二十二年も、線のうちだった。
エピローグ
兄の妻に頼んで、二つの椅子をもらった。
父の椅子と、わたしが座っていた椅子。
いまは、南の家のポーチに、二つ並べて置いている。
夕方になると、わたしは父の椅子に座って、畑を眺める。
もう一つの椅子は、空いている。
日曜の夕方には、その上を払う。
マーサが、誰のために払うの、と聞いた。
兄貴のだ、と言った。
マーサは、そう、と言って、コーヒーを二つ持ってきた。
一つは、空いた椅子の横に置いた。
マーサは、日曜の夕食に、兄の妻を呼ぶようになった。
兄の妻は、うちのポーチに並んだ二つの椅子を見て、しばらく黙っていた。
野球は、今年も負けが込んでいる。
天気は、明日も晴れるらしい。
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