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昨日も来たでしょう

途切れながら、一本だった

昨日も来たでしょう

朗読で聴く

第一章 週に三回

六十四になった。

夫は六十七で、まだ週に三日、近くの工場の警備に出ている。

娘が二人いて、どちらも嫁いで、県外にいる。

母は九十一で、町はずれの施設にいる。

母は若いころ、町の郵便局で働いていた。

毎朝同じ時刻に家を出て、同じ時刻に帰ってきた。几帳面な人だった。

五年前に家で転んで、それから入った。

物忘れが少しずつ進んで、いまは、わたしのことを娘だと分かる日と、分からない日がある。

わたしは、週に三回、母に会いに行く。

月曜と水曜と金曜。

バスで二十五分、停留所から歩いて八分。

停留所から施設までの八分の道は、五年で、どこに段差があって、どこに水たまりができるか、全部覚えた。

昼ご飯のあとの一時間、母の部屋のベッドの横の椅子に座って、話をする。

ベッドの横の椅子は、背もたれの低い、ビニール張りの丸椅子だ。

五年座っているうちに、座面の端が少し擦れて、白っぽくなった。

話といっても、ほとんどわたしがしゃべる。

天気のこと、夫のこと、孫のこと、スーパーの卵の値段のこと。

母は、ときどきうなずいて、ときどき眠る。

五年間、ほとんど休まずに通い続けた。

熱が出た日と、法事の日と、大雪の日だけ休んだ。

通うのが、わたしの仕事だと思っていた。

通い続けているあいだは、母はわたしを忘れない。

途切れたら、忘れる。

そう思っていた。

だから、少し熱があっても、雨が強くても、バスに乗った。

行けば、母はたいてい、わたしの顔を見て、ああ、と言う。

その、ああ、を聞くために通っていたのかもしれない。

第二章 行けなかった三か月

去年の秋、庭の植木鉢を持ち上げたとき、腰をやった。

立てなくなって、救急車で運ばれた。

骨に小さなひびが入っていて、三か月、ほとんど寝ていた。

バスに乗るどころか、トイレまで歩くのがやっとだった。

施設には、夫が電話をしてくれた。

夫は、毎朝、わたしの枕元に水を置いてから、仕事に出た。

娘たちは、電話で、おばあちゃんのことは気にしないで、と言った。

気にしないでいられるわけがなかった。

最初のうちは、夫に代わりに行ってもらおうかと考えた。

けれど、夫が行っても、母には分からないだろうと思って、頼まなかった。

しばらく行けません、よろしくお願いします。

寝ているあいだ、わたしは母のことばかり考えた。

月曜が来ると、今日は行く日だ、と思った。

水曜が来ると、また思った。

三か月で、三十六回、行けなかった。

指を折って数えた。

きっと、忘れられている。

ベッドの横の椅子は、誰も座らないまま、空いている。

母の中の、わたしのところも、空いてしまっている。

通うことで細い線をつないできたのに、三か月で切れてしまった。

五年かけてつないだものが、腰一つで切れた。

夜、天井を見て、何度も泣いた。

夫は、泣いているわたしに、何も言わず、部屋の電気を消していった。

第三章 昨日も来たでしょう

年が明けて、ようやく杖をついて歩けるようになった。

夫に車で送ってもらって、三か月ぶりに施設へ行った。

廊下を歩きながら、何と言おうかと考えた。

廊下の途中の窓から、施設の庭が見えた。

三か月前には赤かった木が、裸になっていた。

ごめんね、長いこと来られなくて。

母が分からなかったら、名前から言おう。

部屋に入ると、母はベッドで起きていた。

窓のほうを見ていた。

わたしが、お母さん、と言うと、母はこちらを見た。

それから、あら、と言った。

昨日も来たでしょう。

わたしは、何も言えなかった。

母は、椅子のほうを、あごで指した。

座んなさい。今日は寒いね。

わたしは、椅子に座った。

三か月前と同じ椅子だった。

座面の端の、白っぽく擦れたところも、同じだった。

母は、昨日の続きのように、窓の外の木の話をした。

去年の秋、最後に来た日にも、わたしは同じ木の話をしていた。

赤くなったね、と。

葉が全部落ちたね。

わたしは、落ちたね、と言った。

ごめんね、とは、言いそびれた。

第四章 記録の帳面

帰りに、廊下で、担当の職員さんに呼び止められた。

腰は、もういいんですか。

お母さん、ずっとお話しされてましたよ、と言った。

職員さんは、事務室から、母の記録の帳面を持ってきて、見せてくれた。

毎日の食事の量や、体温や、その日の様子が書いてある。

わたしが来なかった三か月のページを、職員さんがめくった。

月曜の欄に、娘さんの話をされる、と書いてあった。

水曜の欄にも、書いてあった。

金曜の欄にも。

娘が今日は遅い、と言って、椅子のほうを見ておられた。

娘は卵が高いと言っていた、と話される。

娘の腰を心配される。

ある金曜の欄には、こう書いてあった。

娘のぶん、と言って、おやつのせんべいを一枚、ティッシュに包んで、枕元に置かれる。

三か月、月曜と水曜と金曜に、母は、わたしの話をしていた。

わたしが行けなかった日に、母はわたしを待っていた。

待っていたというより、わたしが来ている日と同じように、過ごしていた。

職員さんは、お母さんの中では、ずっと来てらしたんだと思います、と言った。

第五章 どちらの側で

帰りの車の中で、わたしは黙っていた。

夫が、どうだった、と聞いた。

昨日も来たでしょう、って言われた、と言った。

せんべいのことを話そうとして、うまく話せなかった。

夫は、それはよかった、と言って、少し笑った。

わたしは、通うことで線をつないでいると思っていた。

わたしが行かなければ、線は切れると思っていた。

けれど、線は、わたしの側だけで引いていたのではなかった。

線は、一人で引くものだと思っていた。

わたしが行って、わたしが話して、わたしがつなぐ。

母は、ただそこにいるだけだと思っていた。

母の側でも、引かれていた。

月曜と水曜と金曜に、母は椅子のほうを見て、わたしの話をした。

途切れていたのは、わたしの側の三か月だけだった。

母の側では、一日も途切れていなかった。

物忘れのせいかもしれない。

日にちが分からなくなっているだけかもしれない。

それでも、昨日も来たでしょう、は、嘘ではなかった。

母の中では、わたしは昨日も来ていた。

五年かけてつないだ線は、腰一つでは切れなかった。

途切れて見えたのは、わたしが自分の側だけを見ていたからだ。

ベッドの横の椅子は、三か月、空いていたのではなかった。

母が、そこにわたしを座らせていた。

エピローグ

いまも、月曜と水曜と金曜に通っている。

腰に気をつけて、バスの階段はゆっくり降りる。

母は、わたしが行くと、たいてい、昨日も来たでしょう、と言う。

本当に昨日来ていないときも、そう言う。

わたしは、来たよ、と答えることにした。

ごめんね、とは、もう言わない。

ベッドの横の椅子に座って、天気の話をする。

今日は、暖かいね。

母は、暖かいね、と言って、少し眠った。

枕元に、ティッシュに包んだせんべいが一枚あった。

起きたら、娘のぶん、と言うのだろう。

わたしは、母の寝息を聞きながら、窓の外の木を見ていた。

枝の先に、小さな芽が出ていた。

ソウルミッション358

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