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三行日記

途切れながら、一本だった

三行日記

朗読で聴く

第一章 続かない人

六十九になった。

町の信用金庫に三十八年勤めて、九年前に辞めた。

妻は六十六で、元気にしている。息子が一人、四十で、隣の県にいる。孫娘が一人、十になる。

わたしは、続かない人間だと思って生きてきた。

子どものころ、夏休みの絵日記は三日で止まった。

中学の剣道は一年でやめた。

ラジオの英会話の教本は、四月の分だけ、線が引いてある。

母はよく、あんたは続かないねえ、と言った。

責める調子ではなかった。天気の話をするような言い方だった。

それで、そういう人間なのだと思った。

信用金庫の窓口には、毎日同じ時刻に、同じ顔が来た。

同じことを毎日するのは、仕事なら苦にならなかった。

自分のことになると、続かなかった。

二十五のとき、結婚した年の正月に、日記をつけ始めた。

大学ノートに、毎晩三行だけ書く。

最初に天気、次にその日あったこと、最後に思ったこと。

三行なら続くだろうと思った。

続かない人間でも、三行なら。

最初のページには、こう書いてある。

晴れ。妻と初詣。おみくじは末吉。

それから四十四年がたった。

押し入れの段ボール箱に、四十四冊のノートが入っている。

一年に一冊、表紙に年だけ書いてある。

第二章 抜けたところ

四十四年、毎晩書いたわけではない。

抜けているところが、三つある。

一つ目は、三十一のとき。父が倒れて、死ぬまでの二か月。

病院と家と職場を行き来して、夜はノートを開く気が起きなかった。

二つ目は、四十七のとき。勤めていた支店がなくなり、別の町に移った年の春から秋まで、半年。

三つ目は、六十一のとき。妻が入院した冬の、三か月。

ノートを開くと、その三か所は、白いページが続いている。

日付だけ書いて、何も書いていないページもある。

日付を書いたところまでは、書くつもりだったのだと思う。

ペンを持って、そこで止まった夜が、何日かあった。

妻が入院した冬は、病院から帰って、台所で一人で湯を沸かし、ノートを開きかけて、閉じた。

書くと、その日が本当になる気がした。

わたしは、その白いところを見るたびに、ああ、やっぱり、と思った。

やっぱり続かない。

母の言ったとおりだ。

四十四年のうち、抜けたのは一年にも満たない。

それでも、抜けは抜けだ。

一本の線を引いてきたつもりで、三か所で切れている。

切れた線は、一本とは言えない。

ずっとそう思ってきた。

だから、日記をつけていることは、人に言わなかった。

妻は知っていたが、何も言わなかった。

息子は、たぶん知らない。

知られたら、三か所の白いところを見られる気がした。

続いていることより、途切れたことのほうが、先に目に入るだろうと思った。

第三章 孫娘

この夏、孫娘が一人で泊まりに来た。

夏休みの宿題に、自由研究があるという。

何にするか決まらないと、縁側で足をぶらぶらさせていた。

妻が、おじいちゃんの日記でも見せてもらったら、と言った。

わたしは少し困った。

けれど、孫娘がもう目を丸くしていたので、押し入れから箱を出した。

孫娘は、四十四冊のノートを、座敷の畳に一冊ずつ並べた。

一冊ずつ、表紙の年を声に出して読みながら並べた。

妻が台所から麦茶を持ってきて、並んだノートを眺めて、何も言わずに戻っていった。

古い順に、左から右へ。

端から端まで、畳四枚ぶんになった。

それから廊下に出て、少し離れたところに立って、全体を眺めた。

おじいちゃん、ずっと書いてるね、と言った。

わたしは、ずっとじゃない、と言った。

三か所、抜けてるんだ。

孫娘は、並んだノートの上を、もう一度眺めた。

どこ、と聞いた。

ここからは、見えないよ、とわたしは言った。

ノートの中の話だから、表紙を並べても分からない。

孫娘は、じゃあ、一本だね、と言った。

それから、並べたノートの端から端まで、廊下を歩いて往復した。

歩くと、けっこう長いね、と言った。

わたしは、何も言い返せなかった。

第四章 戻った日

その晩、孫娘が寝たあとで、抜けたところのノートを三冊出した。

抜ける前の最後の日と、戻った最初の日を、見比べた。

父が倒れる前の日は、こう書いてあった。

晴れ。窓口が混んだ。夕方の風が涼しい。

二か月あとの、戻った最初の日は、こうだった。

くもり。父の法事の相談。庭のあじさいが咲いている。

父の死んだ年のノートは、四十四冊のうちで、いちばん薄い。

それでも、表紙には、ちゃんと年が書いてある。

今日からまた書く、とは書いていなかった。

抜けたことにも、触れていなかった。

前の日の続きのように、天気から書いてあった。

支店がなくなった年も、同じだった。

戻った最初の日は、雨。新しい町の駅は、階段が長い。弁当がうまかった。

妻が入院した冬も、同じだった。

戻った最初の日は、晴れ。妻が帰ってきた。味噌汁が薄い。

三か所とも、わたしは何事もなかったように、天気から書き始めていた。

白いページのあいだも、どこかで線は続いていたのだと思う。

ノートの上では切れていても、書く人のほうは切れていなかった。

だから、戻ったとき、昨日の続きのように書けた。

第五章 刷った線

鉛筆の線を紙に刷ると、少し途切れる、と聞いたことがある。

描いた線はつながっているのに、刷ると、ところどころ白く抜ける。

それでも、離れて見れば一本の線に見える。

途切れたところも、線のうちだからだ。

わたしの四十四年も、たぶんそういう線だった。

近くで見ると、三か所、白く抜けている。

離れて見ると、畳四枚ぶんの一本だ。

孫娘は、離れたところに立って、それを見た。

わたしは、四十四年、ずっと近くで、白いところばかり見ていた。

続かない人間だと思っていたのは、途切れたところだけを数えていたからだ。

戻ったところは、数えていなかった。

三回途切れて、三回とも、戻っていた。

戻れと言われたわけではない。

気がつくと、また夜にノートを開いていた。

戻るたびに、天気から書いた。

続くというのは、途切れないことではなかったのかもしれない。

途切れても、また天気から書くことだったのかもしれない。

母が言った、あんたは続かないねえ、を思い出した。

母は、わたしが戻るところを、見る前に死んだ。

白いところは、線が終わったところではなかった。

次の天気を待っていたところだった。

四十四冊は、一冊も欠けていない。

エピローグ

孫娘の自由研究の題は、おじいちゃんの一本の線、になった。

ノートの写真は撮らず、並べた長さを巻き尺で測って、畳四枚と少し、と書いたそうだ。

夏休みの終わりに、孫娘から手紙が来た。

わたしも日記を始めました。三行です。

もう二日、抜けました。

でも、また書きました。

妻がその手紙を読んで、あの子、おじいちゃんに似たのね、と言った。

二日で抜けるところまで、と笑った。わたしも少し笑った。

わたしは返事に、それでいい、と書いた。

途切れたら、天気から書けばいい。

今夜も、ノートを開いた。

晴れ。孫娘から手紙。三行は、続く。

ソウルミッション358

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