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店先の写真

晴れの日も、ふだんの粒

店先の写真

朗読で聴く

第一章 椅子が一つ

七十二になった。

駅から歩いて五分の商店街で、写真館を四十五年やってきた。

父が始めた店で、二十七のときに継いだ。

今年の春で、店を閉める。

息子は四十五で、東京で会社勤めをしている。継がなくていいと、ずっと前に言ってある。

写真館で撮るのは、晴れの日の写真だ。

しちごさん、入学式、成人式、婚礼、還暦、金婚式。

店の奥のスタジオには、真ん中に椅子が一つある。

背もたれのまっすぐな、木の椅子だ。

その椅子に、晴れの日の人が座る。

照明を三つ当てて、椅子のところだけを明るくする。

まわりは暗くしておく。暗いほうが、座った人が浮かび上がる。

若いころは、撮ったフィルムを店の奥の暗室で現像し、一枚ずつ焼いた。

赤い電球の下で、白い紙に顔が浮かんでくるのを見るのが好きだった。

二十年ほど前からは機械になったが、椅子と照明の置き方は、父の代から変えていない。

四十五年、何千人をその椅子に座らせたか分からない。

同じ家の子を、しちごさんで撮って、成人式で撮って、婚礼で撮って、その子の子をしちごさんで撮ったこともある。

晴れの日の、いちばんいい顔を一枚にする。それが仕事だった。

第二章 店にいた人

妻の春子は、二十四でうちに来て、四十六年、店を手伝った。

受付の机に座って、電話を取り、予約を書き、代金を受け取った。

着付けの手伝いをして、泣く子をあやした。

しちごさんの子が草履を脱ぎ散らかすと、黙ってそろえた。

雨の日には、入り口にタオルを重ねて置いた。

朝、店を開ける前に、スタジオの椅子を拭いた。

背景の布に、アイロンをかけた。

照明の傘のほこりを払った。

毎日、同じことをしていた。

わたしは、春子の写真を撮らなかった。

撮るのは晴れの日の人で、春子は毎日、店にいたからだ。

毎日いる人は、撮るものではないと思っていた。

春子も、撮ってくれとは一度も言わなかった。

四十六年のあいだに、春子を撮ったのは二回だけだ。

結婚式の日と、還暦の日。

どちらも、スタジオの椅子に座らせて、照明を三つ当てて撮った。

どちらの春子も、少しかたい顔をしている。

店では毎日笑っていたのに、椅子に座ると、客と同じ顔になった。

第三章 遺影

春子は、去年の秋に、七十で死んだ。

葬儀屋に、遺影にする写真を出してくださいと言われた。

わたしは、還暦の日の一枚を出そうとした。

きちんとした着物で、照明もいい。写真屋として、いちばん出来のいい一枚だ。

息子が、それを見て、少し黙った。

それから、自分の携帯電話を出して、一枚の写真を見せた。

十年ほど前に、帰ってきたとき店先で撮ったのだという。

受付の机に肘をついて、春子が笑っている。

エプロンをつけて、髪は少し乱れていて、手に予約の鉛筆を持っている。

照明は無い。店先の蛍光灯だけだ。ピントも少し甘い。

息子は、これが母さんだろう、と言った。

わたしは、写真屋としては、その写真を選ばなかったと思う。

けれど、それを遺影にした。

通夜には、商店街の人と、昔のお客が大勢来た。

祭壇を見て、みんな同じことを言った。

ああ、春子さんだ。

しちごさんで撮った子が、いまは四十になって、子どもの手を引いて来ていた。

その人も、受付のおばちゃんだ、と言った。

還暦の写真を見て、そう言う人は、たぶんいなかった。

通夜が終わって、二人になってから、息子が言った。

写真屋の家なのに、母さんの写真、ほとんど無いんだな。

わたしは、毎日いたからな、と言った。

息子は、毎日いたから撮っとくんだろう、と言った。

わたしは、何も言い返せなかった。

第四章 伸ばした一枚

葬儀のあと、その写真を、店の機械で大きく伸ばした。

写真屋の癖で、どこまで伸ばせるかを見た。

伸ばすと、粒が出てきた。

暗い店先で撮ったので、どこも細かい粒でざらざらしていた。

春子の顔も、エプロンも、うしろの棚の暗いところも、同じ大きさの粒でできていた。

明るいところだけ、なめらかになっているということは無かった。

わたしは、店の引き出しから、昔の見本の写真を出した。

まだ暗室で焼いていたころの、晴れの日の写真を、一枚、大きく伸ばしてみた。

ある家の、娘さんの成人式の一枚だ。

フィルムの写真も、伸ばせば粒が出る。

照明の当たった顔も、振袖の模様も、まわりの暗いところも、やはり同じ粒でできていた。

晴れの日の写真だから、晴れの日だけの粒でできているわけではない。

どの写真も、明るいところと暗いところは、同じ粒の、多いか少ないかだけだった。

四十五年、そんなことは考えたこともなかった。

考えなくても、写真は撮れたからだ。

その晩、店を閉めてから、スタジオの照明を三つつけた。

真ん中の椅子に、初めて自分で座った。

座ると、座面の真ん中が、少しくぼんでいるのが分かった。

四十五年、何千人が座ったところだ。

手を回すと、背もたれのいちばん高いところだけ、つるつるに光っていた。

毎朝、春子が布で拭いていたところだ。

照明の当たる真ん中にある椅子の、いちばん光っているところは、晴れの日の人が作ったのではなかった。

毎朝同じところを拭いた手が、作っていた。

第五章 晴れを支えていたもの

晴れの日の写真だけを撮ってきたと思っていた。

晴れの日を切り取って、ふだんから取り出して、一枚にするのが仕事だと思っていた。

けれど、あの椅子は、毎朝春子が拭いていた。

あの背景の布は、毎朝春子がアイロンをかけていた。

泣く子を笑わせたのは春子で、わたしはシャッターを押しただけのことも多かった。

晴れの日の一枚一枚が、春子のふだんの朝でできていた。

照明の当たった真ん中も、まわりの暗いところも、同じ粒だった。

晴れの日だけを取り出したつもりで、わたしはずっと、ふだんの日を写していた。

写していないと思っていたのは、わたしだけだった。

遺影を見て、ああ春子さんだ、と言った人たちは、晴れの日の春子を知らなかったのではない。

晴れの日にも、春子はふだんの顔で受付に座っていた。

その顔を、町の人は四十六年見ていた。

見ていなかったのは、椅子の真ん中ばかり見ていた、わたしのほうだった。

エピローグ

店を閉める前の日、最後の一枚を撮った。

スタジオの椅子には、誰も座らせなかった。

照明も当てなかった。

店先の蛍光灯をつけて、受付の机を撮った。

予約の帳面と、鉛筆と、春子が使っていた湯のみがある。

伸ばすと、粒が出るだろう。

伸ばさずに、はがきくらいの大きさで一枚だけ焼いた。

それを、遺影の横に立てた。

スタジオの椅子は、商店街の古道具屋が引き取りに来ることになっている。

受付の机だけは、家に持って帰ることにした。

春子が四十六年座っていた机だ。

息子が帰ってきて、それを見て、何も言わずに、しばらく立っていた。

それから、父さんの写真で、これがいちばんいい、と言った。

晴れの日の写真ではない。

四十五年、この店でいちばん多かった日の写真だ。

ソウルミッション358

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