花嫁の手紙
晴れの日も、ふだんの粒

朗読で聴く
第一章 晴れの日
六十六になった。
夫は七十で、まだ近所の畑を借りて、朝早くから出ていく。
娘が一人いる。真奈美という。去年の春、三十四で結婚した。
わたしは、晴れの日を大事にしてきた。
入学式、しちごさん、ピアノの発表会、卒業式、成人式。
その日が近づくと、何か月も前から支度をした。
しちごさんの着物は、わたしの母の古い着物をほどいて縫い直した。
発表会のワンピースは、夜なべをして三晩で縫った。
成人式の振袖は、夫に頼みこんで、少し無理をして買った。
晴れの日には、駅前の写真館で写真を撮ってもらった。
写真館の主人は、娘をスタジオの真ん中の椅子に座らせ、照明を当てて、何枚も撮った。
一週間たって、出来上がった写真を受け取りに行く日が、わたしは好きだった。
台紙を開くと、明るいところに娘がいて、まわりは暗かった。
娘だけが、浮かび上がって見えた。
居間の棚に、アルバムが六冊ある。
入っているのは、晴れの日の写真だけだ。
ふだんの日の写真は、ほとんど無い。
撮るようなことが、何も無かったからだ。
朝起きて、ご飯を作って、娘を送り出して、洗濯をして、夕方に迎えて、また作る。
同じことの繰り返しを写真に撮っても、しかたがないと思っていた。
わたしにとって、娘を育てた三十四年は、晴れの日をいくつ作れたか、だった。
第二章 式の支度
娘の結婚が決まったのは、おととしの秋だった。
相手は職場の人で、まじめそうな青年だった。
式は春にすると決まった。
それから半年、わたしは支度をした。
留袖は、自分の結婚のときのものを、仕立て屋に出して直してもらった。
式場には、娘より先に下見に行った。
料理の見本を食べ、引き出物のカタログを何度もめくった。
夫は、式のことはお前に任せる、と言って、毎朝いつもどおり畑に出ていった。
娘は、そんなに張り切らなくていいよ、と笑った。
わたしは、一生に一度のことだから、と言った。
ある晩、娘に聞いた。
式で、手紙を読むの。
娘は、読むよ、と言った。
何を書くの、と聞くと、それは当日まで内緒、と言った。
わたしは、布団の中で、読まれるであろうことを考えた。
しちごさんで、草履の鼻緒が痛いと泣いたこと。
発表会で、一か所まちがえて、それでも最後まで弾いたこと。
成人式の朝、振袖を着て、鏡の前でしばらく黙っていたこと。
どれも写真がある。どれも、わたしが支度をした日だ。
あの日々のお礼を言われるのだろうと思った。
少し泣くかもしれないと思って、ハンカチを二枚用意した。
第三章 読まれたこと
式の終わりに、娘はマイクの前に立って、手紙を広げた。
お母さん、と娘は言った。
お母さんの卵焼きは、端っこがいつも無かったね。
お母さんが端っこを食べて、真ん中をお弁当に入れてくれていたのを、わたしは高校生になるまで知りませんでした。
会場の何人かが、小さく笑った。
雨の日、駅の改札の外に、いつもお母さんが傘を二本持って立っていました。
わたしが傘を持って出た日も、立っていました。
夜中に目が覚めると、台所の電気がついていました。
熱を出した日には、すりおろしたりんごが、枕元にありました。
お母さんは、夕飯を作りながら、いつも、今日も何も無い日だったね、と言っていました。
わたしは、その何も無い日が、いちばん好きでした。
娘は、それから少し黙って、ありがとう、と言った。
それで手紙は終わった。
しちごさんのことも、発表会のことも、振袖のことも、一つも出てこなかった。
会場の人は泣いていた。夫も泣いていた。
わたしは、泣けなかった。
娘が読んだことを、わたしは一つも覚えていなかった。
卵焼きの端を食べていたことも、傘を二本持っていたことも。
今日も何も無い日だったね、と言っていたことも。
たぶん、毎日そうしていたのだと思う。
毎日していたことは、覚えていない。
用意したハンカチは、二枚とも、使わないままバッグに入っていた。
第四章 アルバム
式から帰った晩、居間でアルバムを開いた。
晴れの日の写真が、一冊目から順に並んでいる。
しちごさんの写真を、久しぶりに近くで見た。
着物の娘が、千歳飴の袋を持って立っている。
その手の、人差し指に、絆創膏が巻いてあった。
前の日に、台所で、わたしの横で、卵を割ろうとして殻で切ったのだ。
それは覚えていた。写真の中にあったから、思い出した。
発表会の写真では、娘のうしろの客席に、わたしが写っている。
膝の上に、傘が二本ある。
あの日も、雨だったのだろう。
中学の卒業式の写真では、娘の制服の袖口が、すり切れて白くなっていた。
三年間、毎晩、わたしがアイロンをかけていた袖だ。
入学式の写真の、わたしの手は、赤く荒れていた。
晴れの日の写真だけを撮ってきたと思っていた。
けれど、どの一枚にも、ふだんの日が写っていた。
晴れの日の真ん中にも、絆創膏があり、傘があり、すり切れた袖があり、荒れた手があった。
晴れの日だけの材料でできた写真は、一枚も無かった。
夫が、横からのぞいて、この日も雨だったな、と言った。
わたしは、そうだったね、と言った。
第五章 数えていなかったもの
三十四年、わたしは晴れの日を数えてきた。
しちごさんが二回、発表会が九回、入学式が三回、卒業式が三回、成人式が一回。
数えられるから、覚えている。
ふだんの日は、数えていなかった。
数えると、一万二千日くらいになる。
その一万二千日のどれにも、名前が無い。
名前が無いから、写真も撮らなかった。
娘の手紙は、その名前の無い日のことだけでできていた。
晴れの日は、ふだんの日の上に、一日だけ乗っていた。
着物を縫った夜も、卵焼きの端を食べた朝の、次の夜だった。
発表会の朝も、わたしは弁当を作っていた。
いつだったか、写真館の主人が、写真を大きく伸ばすと粒が見えます、と言っていた。
明るいところも、暗いところも、同じ粒でできているんです、と。
あのときは、何の話か分からなかった。
晴れの日のほうが大事だと思っていた。
けれど、晴れの日も、近くで見れば、ふだんの日と同じものでできていた。
傘と、卵焼きと、台所の電気で。
わたしが三十四年してきたことの大半は、写真の外にあった。
写真の外にあったことが、娘の中に残っていた。
エピローグ
式から、一年がたった。
今朝も、卵焼きを焼いた。
夫の弁当に、真ん中を入れた。
端っこは、わたしが食べた。
昼に、娘から電話があった。
何かあったの、と聞くと、何も無いよ、と娘は言った。
ただ、声が聞きたかっただけ。
十分間ほど、天気の話と、夕飯の話をして、切った。
今日は、何の日でもない。
写真も撮らなかった。
夕方、雨が降ってきた。
夫は、傘を持って出ていなかった。
わたしは、傘を二本持って、畑の道まで迎えに出た。
夫は、道の途中で、濡れながら歩いてきた。
傘を一本渡すと、夫は、悪いな、と言った。
並んで歩きながら、今日も何も無い日だったね、と言った。
言ってから、自分が毎日そう言っていたのだと、初めて聞こえた。
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