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予定の欄

青写真は計画ではなかった

予定の欄

朗読で聴く

第一章 手帳

七十になった。

夫は去年の春に七十四で死んだ。

息子が二人、どちらも県外にいる。

わたしは、五十年、手帳をつけてきた。

毎年、年の暮れに、同じ形の手帳を買う。

見開きで一週間、左に日付、右に予定を書く欄がある。

予定は、全部書く。

病院、美容院、町内会、息子の誕生日、夫の同窓会。

書いておかないと、落ち着かない。

済んだ予定には、線を引く。

一本、まっすぐに引く。

線が引いてあれば、その日はちゃんと済んだということだ。

線が引いていない予定は、できなかった予定だ。

できなかった予定は、書いたまま残る。

五十年分の手帳が、押し入れの箱に入っている。

ときどき開くと、線を引いた予定と、引いていない予定が並んでいる。

引いていないほうが、少し気になる。

夫は、わたしの手帳を見て、よく書くね、と言った。

自分は何も書かない人だと思っていた。

予定は、全部わたしが覚えていた。

夫の同窓会も、夫の病院も、わたしの手帳に書いてあった。

できなかったことが、字のまま残っているからだ。

第二章 旅行の予定

十年前の秋、夫と二人で、旅行に行く予定を立てた。

結婚四十年の記念だった。

手帳の十月の欄に、大きく書いた。

京都、二泊。

半年前から、宿を取って、電車を調べて、着ていく服を決めた。

予定の欄には、細かく書き足していった。

一日目、寺を三つ。二日目、庭を見て、湯豆腐。

書いているあいだが、いちばん楽しかった。

夫は、それを横で見ていて、そんなに決めなくても、と笑った。

決めておかないと、当日に困るのよ、とわたしは言った。

困ったことは、一度も無かった。

決めておいたから、困らなかったのだと思っていた。

出かける前の晩に、台風が来た。

電車が止まった。

宿に電話をして、取り消した。

手帳の、京都、二泊、には線を引かなかった。

引けなかった。

できなかった予定として、そのまま残った。

それから、もう一度行こうとは言わなかった。

夫も言わなかった。

夫の腰が悪くなって、遠出はしなくなった。

あの予定は、十年、手帳の中で、引かれないまま残っていた。

開くたびに、少し胸が詰まった。

行けなかった旅行が、わたしたちの四十年の、いちばん大きな「できなかった」だと思っていた。

第三章 夫の日記

夫が死んで、半年たって、書斎の机を片づけた。

いちばん下の引き出しに、ノートが何十冊も入っていた。

夫の日記だった。

夫が日記をつけていたことを、わたしは知らなかった。

五十年、同じ家にいて、知らなかった。

ノートは、毎年一冊ずつあった。

開くと、一日に短く、一つか二つの文が書いてあった。

字は小さく、鉛筆で、少し右に傾いていた。

夫の日記には、予定は一つも書いていなかった。

書いてあるのは、その日に実際にあったことだけだった。

晴れ。庭の草取り。昼はそば。

雨。一日、家にいる。妻、編み物。

くもり。駅まで歩く。帰りに柿を買う。

わたしの手帳とは、向きが反対だった。

ノートをめくっていくと、わたしの名前が何度も出てきた。

妻、編み物。妻、美容院から帰る。妻、機嫌がいい。

わたしの手帳には、夫のことが、予定のほかにはほとんど書いていない。

夫の予定は書いても、夫が何をしていたかは書かなかった。

わたしは、これから起こることを書いた。

夫は、もう起こったことを書いた。

わたしの手帳には、できなかったことが残った。

夫の日記には、できなかったことは一つも無かった。

起こったことしか、書いていなかったからだ。

第四章 十月の欄

十年前のノートを探した。

十月の、台風の日を開いた。

夫の字で、書いてあった。

台風。旅行やめる。電車止まる。

その下に、まだ続きがあった。

妻と二人で、家で鍋。妻、少し泣く。そのあと笑う。いい晩。

いい晩、と書いてあった。

わたしは、その晩のことを、ほとんど覚えていなかった。

覚えていたのは、行けなかったことだけだった。

読んでいるうちに、少し思い出した。

雨戸を閉めて、二人で台所の小さな鍋をつついた。

旅行に着ていくはずだった服のまま、鍋を食べた。

夫が、京都の湯豆腐より、こっちのほうがいい、と言った。

わたしは、ばかなこと言わないで、と言って、泣いて、それから笑った。

その晩は、風の音が大きかった。

わたしの手帳の十月の欄には、京都、二泊、とだけあって、線が引いていない。

夫の日記の、同じ日のところには、いい晩、とある。

同じ日のことだった。

わたしの手帳の前後の週も見た。

病院、美容院、町内会。どれにも線が引いてある。

線が引いてある日のことは、一つも思い出せなかった。

夫の日記の同じ週を開くと、その週の晩ごはんまで書いてあった。

第五章 残っていたもの

わたしは、五十年、予定を書いてきた。

予定を書くのは、先のことを決めておくことだ。

決めておけば、安心する。

決めたとおりにいけば、線を引く。

いかなければ、字が残る。

わたしの手帳に残っているのは、決めたことだけだった。

実際に何があったかは、ほとんど書いていない。

線を引いた予定の日も、何があったかは分からない。

行った、ということしか分からない。

夫の日記には、決めたことは一つも無い。

あるのは、その日、実際にそこにあったことだけだ。

だから、夫の日記のほうが、わたしたちの五十年に近い。

わたしの手帳は、なるはずだった五十年の図面だった。

夫の日記は、なった五十年の跡だった。

行けなかった旅行は、わたしの図面の中では、できなかったことだった。

夫の跡の中では、いい晩だった。

計画どおりにならなかった日のほうが、跡としては、はっきり残っていた。

計画どおりにいった日は、線が一本引いてあるだけで、何も残っていない。

線は、済んだという印だった。

済んだというだけで、何があったかは、線の下に隠れた。

五十年、わたしは毎日、その日を線で消していたのかもしれない。

エピローグ

今年の暮れも、手帳を買った。

同じ形の手帳だ。

買ってから、少し考えて、右の予定の欄は使わないことにした。

かわりに、その日の夜に、あったことを書く。

短く、一つか二つ。

夫と同じ書き方だ。

晴れ。駅まで歩く。帰りに柿を買う。

書いてみると、予定を書くより、ずっと短い。

短いのに、あとで読むと、その日がちゃんと戻ってくる。

押し入れの五十年分の手帳は、捨てていない。

引いていない予定も、そのまま残っている。

ただ、前ほど気にならなくなった。

できなかった予定の日にも、何かはあった。

書いていなかっただけだ。

夫の日記は、十年前の一冊だけ、わたしの机に置いている。

十月のところに、紙をはさんである。

いい晩。

その三文字を、ときどき開いて読む。

息子たちが帰ってきたら、この日記を見せようと思っている。

あなたたちのお父さんは、毎日、こういうことを書いていた、と。

わたしの手帳は、見せなくていい。

京都には、たぶんもう行かない。

行かなくても、あの秋のことは、もう足りている。

ソウルミッション358

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