決めた日が無い
線を一本も引いていないこと

朗読で聴く
第一章 そういう人
六十四になった。
町の小さな薬局で、三十年働いている。
処方箋を受け取って、薬を出して、説明をする。
薬剤師ではない。事務のほうだ。
主人が薬剤師で、七十二になる。
店にいるのは、たいてい二人だけだ。
子どもは娘が一人で、三十八になる。
夫は十一年前に六十で死んだ。
それからずっと、店と家だけだ。
わたしは、面倒見がいい人だと言われている。
町の人にも、主人にも、そう言われる。
言われるようになって、二十年以上たつ。
最初に言われたのがいつかは、覚えていない。
自分でそう決めた日は、無い。
面倒を見る人でいよう、と思った日が無い。
思っていたら、覚えているはずだ。
覚えていないのだから、思っていない。
それなのに、形はある。
形はあって、町の人はそれを知っている。
知っていて、それに合わせて頼んでくる。
頼まれるのは、嫌ではない。
嫌ではないが、好きだと言ったこともない。
好きか嫌いかを、考えたことがないのだ。
考える場面が来なかった。
来ないまま三十年たった。
好きだったら、もっと上手にやっていたと思う。
上手ではない。
ただ、続いているだけだ。
三十年たつと、考えないことも形のうちに入る。
第二章 最初の一回
どこから始まったかは、一つだけ心当たりがある。
二十五年ほど前だ。
常連の、足の悪いおばあさんがいた。
薬を取りに来られない日があって、届けた。
店から歩いて七分の家だった。
その日は雨で、こちらが早番で、時間があった。
それだけの理由だ。
親切でやったのではない。
親切でやったのなら、覚えている。
覚えているのは、雨だったことと、時間があったことだけだ。
次の月も、そのおばあさんは取りに来なかった。
電話がかかってきて、この前みたいに、と言われた。
断る理由が思いつかなかった。
思いつかなかったので、また届けた。
三度目からは、電話も来なくなった。
来る前に、こちらが持っていくようになった。
持っていくことが、ふつうになった。
途中で、おかしいと思った日はある。
三軒目に増えたときだ。
薬局の仕事ではない、と思った。
思ったが、その週も届けた。
思ったことと、やったことが、違った。
違ったまま、やったほうが残った。
思ったほうは、その週のうちに消えた。
消えたものは、数えられない。
いま、届け先は九軒ある。
九軒になった日も、無い。
一軒ずつ増えて、気づいたら九軒だった。
九軒のうち、四軒は最初の人の紹介だ。
あそこは届けてくれるよ、と言われて増えた。
紹介する人は、こちらが決めてやっていると思っている。
決めていない。
決めていないものが、人から人へ渡っていく。
渡っていくあいだに、理由が付く。
あの人は人助けが好きだから、と付く。
付いた理由のほうが、本物に見える。
第三章 線を引いた覚えがない
わたしは、自分の形を決めていない。
ここまでが自分だ、と線を引いたことがない。
引いた覚えがないのに、形はある。
形は、やったことの端でできている。
一度やったことが、次から期待になる。
期待は、断らないと消えない。
断らないでいると、期待が形になる。
形になると、それが自分になる。
どこにも、決めた場面が無い。
あるのは、やった場面だけだ。
やった場面は、写真のように残っている。
決めた場面は、一枚も無い。
無いものは、思い出せない。
主人に一度、言ったことがある。
わたし、面倒見がいいわけじゃないんですよ。
主人は、そうかね、と言った。
それから、こう続けた。
でも、やってるじゃない。
そのとおりだった。
やっている。
思っていないのに、やっている。
やっていることのほうが、こちらの形だ。
思っているほうは、誰にも見えない。
見えないものは、無いのと同じだ。
同じではない、と言いたい。
言いたいが、証拠が出せない。
出せるのは、やったことだけだ。
やったことしか出せない人は、やったことの形になる。
第四章 やめたときのこと
五年前、半年ほど届けをやめた。
母が倒れて、こちらの時間が無くなった。
やめます、と言ったのではない。
言わずに、行かなくなった。
電話が来たら、いまは行けません、と答えた。
九軒とも、分かりました、と言った。
怒られなかった。
誰も怒らなかった。
それで、少し困った。
困ったのは、こちらだ。
怒られたら、形が変わったのが分かる。
怒られないと、分からない。
半年のあいだ、九軒の誰からも文句が来なかった。
文句が来ないのは、ありがたいことだ。
ありがたいのに、手応えが無い。
半年たって、母が落ち着いて、また届け始めた。
誰も、久しぶり、とは言わなかった。
当たり前のように受け取った。
その顔を見て、分かったことがある。
向こうの中で、形は変わっていなかった。
半年空いても、変わっていない。
やったことの端は、そんなに早く動かない。
早く動かないのは、いいことでもある。
一度の休みで、形は壊れない。
悪いことでもある。
半年やめても、形は残る。
やめたことは、形に書かれない。
書かれるのは、やったことだけだ。
第五章 娘に言われた
娘が三十八で、県外にいる。
去年の盆に帰ってきて、台所で言われた。
お母さんって、なんでも引き受けるよね。
そうかもね、と答えた。
昔からそう、と娘は言った。
わたしが子どものころから、そうだった、と。
そこで手が止まった。
子どものころからではない。
二十五年前の、雨の日からだ。
娘は二十五年前に十三だった。
十三なら、それより前を覚えていてもいい。
でも、娘の中では「昔から」になっている。
娘が見ているのは、形だけだ。
形には、始まった日が書いていない。
いつからかが分からないと、人は「昔から」と言う。
昔からだと言われると、こちらもそんな気がしてくる。
気がしてくると、変える理由が無くなる。
娘には言わなかった。
雨の日の話をしても、たぶん通じない。
通じないのではなく、関係がない。
娘が見ているのは、形のほうだからだ。
始まった日を知っているのは、こちらだけだ。
エピローグ
九軒のうち、一軒が今年、施設に入った。
八軒になった。
減ったのは、二十五年で初めてだ。
その一軒ぶん、火曜の夕方が空いた。
空いた時間に、何もしていない。
何をするかを、まだ決めていない。
決めるのは、たぶん苦手だ。
苦手なのではなく、やり方を知らない。
やってきたことしか、形にならない。
三十年、そうやってきた。
そうやってきたことも、決めていない。
だから、決めるかわりに、一つやってみた。
火曜の夕方に、店を三十分早く出た。
早く出て、川のほうまで歩いた。
誰にも言っていない。
三回やった。
四回目に、主人に聞かれた。
火曜は早いね。
はい、と答えた。
それだけだ。
言い訳を用意していたが、使わなかった。
使わないで済んだ。
これを何回かやれば、火曜の夕方の形が変わる。
線は引かない。
引き方を知らないからだ。
そのかわり、やった端を、少しずつ動かす。
動かしたぶんだけ、形が変わる。
変わるのは、たぶん二十五年かかる。
二十五年はもう無い。
無いが、火曜の夕方はある。
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