平年並み
灰色は無く、白と黒の間隔だったこと

朗読で聴く
第一章 毎年そう答えてきた
七十三になった。
アメリカの北のほうで、りんご園をやってきた。
父の代からで、こちらで二代目だ。
六十年、同じ木を見てきた。
いちばん多いときで、二百本あった。
いまは百四十本ほどだ。
減ったのは、枯れたのを抜いて、そのままにしたからだ。
秋になると、人に聞かれる。
今年はどうだった。
こちらは、いつも同じように答える。
平年並みだった。
良くも悪くもない、という意味だ。
村の集まりでも、そう言う。
買いに来る人にも、そう言う。
息子にも、娘にも、そう言ってきた。
六十年、その一言で答えてきた。
平年並みというのは、便利な言葉だ。
豊作の年に言えば、自慢にならない。
だめな年に言えば、泣き言にならない。
どちらにも寄らない言い方だ。
寄らないでいると、話が続かない。
続かないのが、こちらには都合がよかった。
寄らないでいるのが、こちらのやり方だった。
父は、違う人だった。
いい年は、いい年だと言った。
だめな年は、うちは今年だめだ、と人に言った。
言われた人が困る顔を、こちらは子どものころに見ている。
見ていたので、言わないほうを選んだ。
第二章 いちばん古い木
去年の春、いちばん古い木が枯れた。
父が植えた木だ。
植えたのは、こちらが生まれる少し前だという。
父が二十代のころだ。
同じ列に十本植えて、残っていたのはこの一本だった。
七十年以上たっている。
三年前から実が少なくなり、去年、葉が出なかった。
切ることにした。
枯れた木を残しておくと、ほかにうつることがある。
それでも、一年待った。
待っても芽は出なかった。
息子に手伝ってもらって、根元から切った。
切り口が出た。
直径が、五十センチほどある。
切り口を見て、こちらはしゃがんだ。
年輪が出ている。
木を切るのは、何十本もやってきた。
切り口を、こんなに長く見たのは初めてだ。
いつもは、すぐに割って薪にする。
第三章 中くらいの輪が無い
年輪を、外から中へ数えた。
七十三あった。
二度数えた。
一度目は七十二で、二度目が七十三だった。
中心のほうは詰まっていて、数えにくい。
数えながら、気づいたことがある。
広い輪と、狭い輪しか無い。
広い輪は、はっきり広い。
狭い輪は、髪の毛ほどしかない。
その中間の、中くらいの輪が無い。
指でなぞると、分かる。
広いところは、指の腹に段が当たる。
狭いところは、線が詰まっていて、数えるのに目を近づける。
近づけると、細い線が一本ずつ見えてくる。
一本ずつが、一年だ。
息子にも見せた。
息子は四十九で、隣の郡にいる。
週に一度は手伝いに来る。
息子は、しばらく見て、言った。
これ、中くらいが無いね。
こちらは、無いな、と答えた。
離れて見ると、切り口は一面、同じ色に見える。
薄茶色の、のっぺりした面だ。
近づくと、そうではない。
明るい線と暗い線が、交互に並んでいる。
混ざっているのではなく、並んでいる。
混ざった色は、どこにも無い。
中くらいに見えていたのは、離れていたからだ。
第四章 六十年
その晩、こちらは、年輪のことを考えた。
広い輪の年は、良い年だ。
雨と日が合って、実がよくなった年。
狭い輪の年は、だめな年だ。
春に霜が来た年。
夏に雨が降らなかった年。
虫が出た年。
春の霜が、いちばんこたえる。
花のときに一晩来ると、その年は終わる。
終わっても、木は生きている。
生きて、細い輪を一本作る。
木は、その年のことを、その年の輪に書いている。
足して割ったりしない。
平らにならしたりしない。
書き直しもしない。
悪い年を、あとから広げることはできない。
こちらは、六十年、足して割った言い方をしてきた。
平年並み、と言ってきた。
その平年並みの年が、一年も無い。
どの年も、良い年か、だめな年かのどちらかだった。
平年並みというのは、良い年とだめな年を足して、年の数で割った数だ。
割った数の年は、一度も来ていない。
来ていない年のことを、こちらは六十年、人に言ってきた。
言われた人は、そういう年があったと思っただろう。
そういう年は、一年も無い。
無い年のことを、六十回話した。
第五章 娘の言ったこと
去年の秋、娘が来た。
四十六だ。
街で働いていて、年に二度来る。
六月と、秋だ。
秋は、収穫を手伝っていく。
切り株を見せた。
娘は、輪を数えて、こう言った。
お父さん、この広いの、私が生まれた年じゃない。
数えると、そうだった。
娘が生まれた年は、広い輪だった。
娘は、続けて言った。
私、お父さんに、いい年だったって聞いたことない。
こちらは、答えられなかった。
答えられないまま、切り株を見ていた。
娘は、言った。
毎年、平年並みだったって言うでしょ。
だから、いい年が無かったんだと思ってた。
こちらは、そこで初めて気づいた。
平年並みと言うのは、だめな年を隠すためだった。
隠したつもりでいた。
隠したのは、だめな年だけではない。
良い年も、一緒に隠れていた。
娘が生まれた年が、いい年だったことを、娘は知らないでいた。
こちらは、そのことを娘に言った。
あの年は、よく実がついた。
木も、はっきり太っている。
娘は、切り株のところにしゃがんで、その輪を長いあいだ見ていた。
エピローグ
切り株は、そのままにしてある。
抜かない。
抜けば、畑が広くなる。
ほかの切り株は、みんな抜いてきた。
抜かないのは、これが初めてだ。
広くならなくていい。
雨が当たって、そのうち黒くなるだろう。
黒くなっても、輪は見える。
雨に濡れると、かえってはっきりする。
輪は、削れても残ると聞いた。
今年の秋も、人に聞かれた。
今年はどうだった。
こちらは、少し考えてから答えた。
良い年だった、と答えた。
嘘ではない。
今年は、実がよくなった。
去年のほうが多かったが、去年は小さかった。
聞いた人は、驚いた顔をした。
六十年、そう答えたことが無いからだ。
驚かれるのは、こちらが六十年、同じことを言ってきたからだ。
驚いた人は、それから何も聞かなかった。
聞かれたら、木の話をするつもりでいた。
言い方を変えるには、六十年ぶんの向こう側に出なければならない。
出るのは、思っていたより難しくなかった。
難しかったのは、出てもいいと思うまでだ。
この切り株を見るまで、出られなかった。
見てからは、早かった。
息子には、まだ言っていない。
息子は、園を継ぐか決めていない。
継ぐなら、言うことがある。
毎年、その年のことを、その年のまま言え。
いい年はいい年、だめな年はだめな年と言え。
足して割るな。
割った数の年は、来ない。
言うつもりでいるが、まだ言っていない。
言うのは、息子が決めてからでいい。
決める前に言うと、勧めたことになる。
勧めたくはない。
こちらは、木のように書けない。
書けないので、口で言うしかない。
口で言ったことは、残らない。
残らないから、毎年、言い直すことになる。
今年から、言い直している。
秋に聞かれるのは、年に十回ほどだ。
十回、その年のことを言う。
六十年ぶんは、もう言い直せない。
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