まあまあ
灰色は無く、白と黒の間隔だったこと

朗読で聴く
第一章 聞かれたら
六十二になった。
母は、四年前に八十九で死んだ。
人に、母とはどうだったのかと聞かれることがある。
法事の席で聞かれた。
近所の人にも聞かれた。
こちらは、いつも同じように答えてきた。
まあまあでした。
仲が良かったわけでもないし、悪かったわけでもない。
そういう意味で、まあまあだ。
聞いた人は、そうですか、と言う。
それで話が終わる。
終わるように答えている。
答えたあと、少しだけ後ろめたい。
後ろめたいが、ほかの言い方を用意していない。
三十年ぶん、その一言で片づけてきた。
母は、県内の、車で一時間半のところに住んでいた。
父は二十六年前に死んだ。
そのあとは、母が一人だった。
最後の三年は施設にいた。
施設は、母の家の近くにした。
こちらの家の近くにする話も出たが、母が嫌がった。
住み慣れたところがいい、と言った。
その言い方に、こちらは少し甘えたと思う。
近ければ、行かない理由が無くなる。
第二章 カレンダー
母の部屋を片づけたのは、死んだ年の秋だ。
施設の部屋には、ほとんど物が無かった。
家のほうに、荷物が残っていた。
押し入れから、カレンダーが出てきた。
束ねてあった。
古いのは三十年前のものだ。
母は、使い終わったカレンダーを捨てない人だった。
捨てない理由は、聞いたことがない。
裏が白いから、と言っていた気もする。
それは別のもののことだったかもしれない。
紐をほどいて、めくった。
予定は、ほとんど書いていない。
病院の日と、誰かの命日くらいだ。
ただ、小さい○が付いている日がある。
鉛筆で、隅のほうに。
最初は、何の印か分からなかった。
三年ぶん見て、分かった。
こちらが来た日だ。
こちらが行った日に、母が印を付けている。
確かめるために、覚えている日を探した。
娘の入学式の次の週に行った年がある。
その日に、○があった。
第三章 並べた
その晩、三十年ぶんを床に並べた。
一年ずつ、順に置いた。
部屋いっぱいになった。
一年で一枚ではない。
月ごとにめくる形のものなので、一年で十二面ある。
全部を広げるのは無理なので、年の分を重ねて置いた。
○の数を、年ごとに数えた。
年に十二回の年がある。
月に一度、行っていた年だ。
年に二回の年がある。
正月と盆だけだ。
年に一回も○が無い年が、二つあった。
数え直した。
二つで合っていた。
まあまあ、と答えてきた三十年は、こうなっていた。
よく行った年と、まったく行かなかった年が、はっきり分かれている。
だんだん減った、のではない。
減ったり増えたりしている。
増えた年は、はっきり増えている。
減った年は、ぱたりと無い。
まあまあの年は、一年も無かった。
こちらは、そのことに驚いた。
驚いてから、当たり前だと思った。
まあまあというのは、三十年を足して、三十で割った言い方だ。
割った数の年は、来ていない。
平均というのは、そういうものだ。
どの年でもない数を、三十年の代わりに言う。
言われたほうは、そんな年があったのだと思う。
そんな年は、一年も無い。
第四章 二つの年
○が無い二つの年のことは、覚えている。
一つは、四十四のときだ。
こちらが離婚した年だ。
母に言わずに済ませた。
言えば、何か言われる。
言われたくなかった。
言われたくないので、行かなかった。
行かないまま、一年が過ぎた。
電話は、二度か三度した。
元気、とだけ聞いて切った。
母は、来ないのかとは言わなかった。
言わない人だった。
もう一つは、五十一の年だ。
この年は、母と言い合いになった。
正月に、こちらの子どものことで言われた。
言い返した。
言い返したのは、そのとき一度だけだ。
何を言い返したかは、はっきり覚えている。
ここには書かない。
書けるようなことではない。
それから一年、行かなかった。
十二回行った年も、覚えている。
五十五から五十七のあたりだ。
母の足が悪くなって、毎月、病院に付き添った。
あのころは、月に一度、二人で昼を食べた。
食べながら、昔の話をした。
楽しかった、と言ってもいいと思う。
言ってもいいのに、まあまあ、と言ってきた。
あの三年のことを、人に話したことがない。
話すと、良かったように聞こえる。
良かったように聞こえるのが、こわかった。
行かなかった年のことを、知られる気がした。
第五章 娘に聞かれた
去年の暮れ、娘が来た。
三十四だ。
仏壇の写真を見て、聞いた。
お母さんとおばあちゃんて、どうだったの。
こちらは、いつもの返事を言いかけた。
言いかけて、やめた。
カレンダーのことを話した。
三十年ぶんを床に並べた話をした。
娘は、黙って聞いていた。
聞き終わって、こう言った。
じゃあ、まあまあじゃないじゃん。
こちらは、そうだね、と答えた。
娘は続けた。
すごく行った年と、全然行かなかった年があるんでしょ。
それ、まあまあって言わないよ。
娘は、そのあとで言った。
私、おばあちゃんちに連れてってもらった年と、全然行かなかった年、覚えてるよ。
こちらは、何も言えなかった。
まあまあ、というのは、便利な言い方だ。
良かった年のことを言わなくて済む。
行かなかった年のことも、言わなくて済む。
両方言わずに済ませる言い方だ。
両方言わないので、両方消える。
消したのは、こちらだ。
母は、消していない。
鉛筆で、小さい○を付けていただけだ。
付けたものは、三十年ぶん残っていた。
エピローグ
カレンダーは、まだ持っている。
捨てられない。
母が捨てなかったものを、こちらも捨てられない。
ときどき、一年ぶんだけ出して見る。
○を見ると、その日のことが少し出てくる。
全部は出てこない。
出てこなくても、行ったことは確かだ。
母は、こちらが帰ったあとに○を付けていたのだと思う。
帰るときは、いつも玄関まで出てきた。
車が見えなくなるまで立っていた。
その日の夜か、次の朝かだ。
付けているところは、見たことがない。
見せるつもりは無かったのだろう。
見せるつもりが無いものが、いちばん正確に残る。
こちらは、母に何も付けていない。
手帳も、日記も、つけていない。
つけていないので、こちらの側には何も残っていない。
残っているのは、母が数えたぶんだけだ。
数えていたとも思えない。
数えるつもりなら、もっと分かる形にする。
ただ、その日に、付けていただけだ。
人に聞かれたら、いまは何と答えるか。
まだ決めていない。
まあまあ、とは言わないと思う。
言わないが、代わりの言葉が無い。
良い年と、だめな年がありました、と言うと、長くなる。
長くなると、聞いた人が困る。
困らせたくないというのは、たぶん言い訳だ。
こちらが、説明したくないだけだ。
困らせないために、短く言ってきた。
短く言うと、三十年が一言になる。
一言になったものは、もう開けない。
いまは、開けたほうで持っている。
持っていると重い。
重いが、そのほうが本当だ。
本当のほうを持っていると、母のことを思い出す回数が増えた。
増えたのは、いいことだと思っている。
あなたの魂のテーマに気づく場所