最後まで
薄れなかったこと

朗読で聴く
第一章 四年生の教室
六十七になった。
小学四年のときに言われた言葉を、いまも覚えている。
五十七年前だ。
担任は、四十くらいの女の先生だった。
名前は覚えている。
顔も、少しだけ覚えている。
声は、はっきり覚えている。
放課後だった。
教室に、こちらと先生だけがいた。
何かの当番で残っていた。
先生が、こちらを見て言った。
あなたは、人の話を最後まで聞かない子ですね。
それだけだ。
怒ってはいなかった。
困った顔でもなかった。
気づいたことを言った、という言い方だった。
こちらは、黙っていた。
何と答えたらいいのか分からなかった。
先生は、それ以上何も言わずに、片づけを続けた。
こちらも、片づけを続けた。
そのあと、一緒に廊下に出た。
先生は、さようなら、と言った。
いつもと同じ声だった。
こちらも、さようなら、と言った。
いつもと同じに言えたと思う。
第二章 覚えている
その日のことを、五十七年、覚えている。
忘れたことがない。
言葉だけではない。
教室の窓が開いていたこと。
先生が黒板の下を拭いていたこと。
こちらが、雑巾を持っていたこと。
雑巾が、まだ濡れていたこと。
黒板の下に、白い粉がたまっていたこと。
声の高さも覚えている。
真似できる。
娘に真似してみせたことがある。
娘は、よく覚えてるね、と言った。
覚えているというより、そこにある。
思い出すのではない。
思い出そうとしなくても、ある。
人に言われたことを、そんなに覚えているほうではない。
ほめられたことは、ほとんど忘れた。
通知表に何と書かれていたかも、覚えていない。
あの一言だけが、残っている。
同じ年に、足が速いとほめられたことがある。
運動会の前だ。
誰にほめられたのかは、思い出せない。
ほめられたことは覚えていて、誰がとは出てこない。
あの一言は、誰が、どこで、どう言ったかまで残っている。
第三章 薄くなると言われた
二十代のころ、この話を人にしたことがある。
勤め先の先輩だ。
先輩は、そんなの忘れなよ、と言った。
年をとれば、薄くなるから。
こちらは、そうですね、と答えた。
三十代でも、同じことを言われた。
母にも言われた。
子どもに言われたことなんて、そのうち消えるよ。
消えなかった。
二十代で言われ、三十代でも言われ、四十代では誰にも言わなくなった。
言わなくなったのは、こちらが話さなくなったからだ。
話すと、薄くなると言われる。
薄くならないものの話を、薄くなると言われると、こちらが困る。
四十、五十、六十と来た。
薄くなっていない。
三十年前に言われたことのほうが、薄い。
五十七年前のほうが、濃い。
順番が逆だ。
古いものから消えていくはずだった。
消えていくものと、残るものがある。
どちらになるかを、こちらは決めていない。
決めていないのに、決まっている。
決めているとしたら、こちらの体のほうだ。
体が、それだけを置いてある。
第四章 五十七年、していたこと
こちらは、人の話を最後まで聞く。
途中で口を出さない。
相手が言い終わって、少し待ってから話す。
これは、意識してやっている。
いつからやっているのか、考えたことがある。
四年生からだ。
言われた次の日から、口を出さないようにした。
最初は、苦しかった。
言いたいことがあると、口が開きかける。
開きかけて、閉じる。
閉じたあと、相手の言い終わりを待つ。
待っていると、言いたかったことが変わる。
変わったほうを言う。
それを五十七年やった。
やっているうちに、癖になった。
いまは、苦しくない。
苦しくないが、やめてもいない。
勤めていたころ、よく言われた。
あなたは、聞き上手ですね。
そう言われるたびに、四年生の教室を思い出す。
聞き上手なのではない。
あのとき言われたことを、毎日やっているだけだ。
やっているだけなのに、人はそれを性格だと思う。
性格ではない。
四年生のときに始めた、ひとつの決まりだ。
決まりは、続けると、性格に見える。
第五章 同窓会
去年、同窓会があった。
小学校のほうだ。
六十年ぶりに会う人もいた。
二十人ほど集まった。
先生の話になった。
四年生のときの先生だ。
こちらは、名前を出した。
覚えている人が、三人いた。
三人とも、どんな先生だったかは言えなかった。
やさしかったような気がする、と一人が言った。
もう一人は、背が高かった、と言った。
三人めは、何も出てこなかった。
名前を聞いて、ああ、と言っただけだ。
それだけだ。
こちらは、あの一言の話をしなかった。
しても、誰も分からないと思った。
分からないというより、話が短くて終わってしまう。
こちらにとって五十七年ぶんのものが、いちぎょうの話になる。
帰りの電車で、考えた。
同じ教室に四十人いた。
同じ先生に、一年習った。
先生のことを、三人しか覚えていない。
覚えている三人も、中身は覚えていない。
中身が残っているのは、言われた人だけだ。
言われた人にしか残らないものを、言った人は覚えていない。
こちらだけが、一言を持っている。
薄れなかったのは、先生の言葉ではない。
先生は、言ったことを覚えてもいなかっただろう。
薄れなかったのは、こちらが毎日していたことのほうだ。
毎日していれば、薄れない。
五十七年、毎日、口を閉じてきた。
閉じた回数は、数えられない。
一日に何度も閉じている。
閉じるたびに、あの言葉が要る。
要るので、薄れない。
薄れないのは、毎日使っているからだ。
エピローグ
娘に、その話をした。
娘は、四十だ。
聞いて、こう言った。
それ、いい先生じゃないの。
お母さん、それでずっと人の話を聞ける人になったんでしょ。
こちらは、そうかもしれない、と答えた。
答えたが、いい先生だとは思っていない。
悪い先生だとも思っていない。
五十七年、どちらにも決めていない。
決めると、話が終わる。
終わると、たぶん薄くなる。
薄くなってもいい年になったのに、いまさら薄くしたくない。
薄れないものを持っているのは、重いことではない。
重ければ、五十七年も持てない。
軽くもない。
ちょうど、毎日持てる重さだ。
持てる重さのものだけが、長く残るのかもしれない。
重すぎるものは、どこかで置いてしまう。
置いたものは、そのあと薄くなる。
いまも、人が話しているあいだ、口を閉じている。
閉じているあいだに、あの教室が出てくる日がある。
毎日ではない。
週に一度か、二度だ。
出てきても、話の邪魔にはならない。
邪魔にならないところに、ずっとある。
ずっとあるというのは、そういうことだ。
消えないが、何もしない。
何もしないまま、五十七年、同じ濃さでいる。
先生は、もういない。
十年ほど前に亡くなったと、同窓会で聞いた。
お礼を言う機会は、もう無い。
同窓会で聞いたとき、驚かなかった。
九十を過ぎていたはずだ。
驚かなかったのに、その晩は眠れなかった。
眠れなかった理由は、まだ分からない。
言わなくていい。
言うと、たぶん、そこで終わってしまう。
終わらせないために、言わないでおく。
これも、五十七年やってきたことと同じ形だ。
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