半分の畑
空けておいた側は、一度も使われなかったこと

朗読で聴く
第一章 半分だけ
七十一になった。
アメリカの、小さな町に住んでいる。
家の裏に、畑がある。
幅は十メートル、奥行きは三十メートルほどだ。
裏は緩い坂で、下に道がある。
坂の下から見ると、畑は二段に見える。
二段ではない。
平らな一枚の畑に、石が並んでいるだけだ。
離れて見ると、段があるように見える。
細長い畑だ。
真ん中に、低い石の列がある。
その石の列で、畑は二つに分かれている。
手前の半分と、向こうの半分だ。
四十年、手前の半分しか使っていない。
向こうの半分は、草を刈るだけだ。
植えたことは、一度も無い。
草は、年に三度刈る。
春と、夏の終わりと、秋だ。
刈るだけで、根は残す。
残すつもりでそうしているのではない。
掘り返す道具を、そちらには入れないというだけだ。
第二章 父の言ったこと
この家は、父の家だった。
父は、二人ぶんの畑を作った。
石の列は、父が並べたものだ。
平たい石を、一列に並べただけのものだ。
高さは、くるぶしくらいしかない。
またげば越えられる。
子どものころ、越えて遊んだ覚えはある。
大人になってから、越えていない。
越えられるのに、四十年、越えていない。
こちらが二十のとき、父が言った。
手前はお前の分だ。
向こうは、まだ決めない。
こちらは、意味を聞かなかった。
聞かないまま、父は六十八で死んだ。
聞けば答えたと思う。
聞かなかったのは、聞くほどのことだと思わなかったからだ。
三十一年前だ。
父は、最後の年まで畑に出ていた。
出ていたのは手前だけだ。
向こう側を歩いているところを、こちらは見たことがない。
草を刈るのも、父の仕事だった。
父が刈っているところを、こちらは手伝わなかった。
手伝おうとすると、いい、と言われた。
いい、しか言わない人だった。
それから、こちらは手前だけを使ってきた。
向こうを使わない理由は、無い。
土は続いている。
日も同じように当たる。
水も同じところから引ける。
違うのは、石の列があることだけだ。
ただ、父が「まだ決めない」と言った。
決まっていない場所を、こちらが決めるのは、違う気がした。
四十年、そう思ってきた。
思ってきたというより、考えないでいた。
考えないでいることを、人は理由と呼ばない。
呼ばないが、四十年、それで動いていた。
第三章 土
去年の春、近所の若い男が来た。
三十くらいだ。
畑を始めたいという。
土地が無い、と言った。
こちらは、向こうの半分を見た。
見て、貸そうかと思った。
思ったが、言えなかった。
言えなかった理由を、その場では分からなかった。
男は、また来ます、と言って帰った。
こちらは、その晩、畑に出た。
暗くて、石の列しか見えなかった。
石は、四十年前と同じところにある。
動かした覚えは無い。
動いていないのは、誰も踏まないからだ。
帰ったあと、石の列のところに立った。
手前の土は、黒い。
四十年、鋤を入れて、肥料をやってきた。
向こうの土は、明るい色だ。
固い。
鋤が入らない。
四十年、何もしていないからだ。
鋤の先が、十センチで止まった。
力を入れると、柄がしなる。
手前なら、同じ力で三十センチ入る。
四十年の違いが、そこに出ていた。
第四章 土を掘った
その日、こちらは、向こうの土を掘ってみた。
三十センチほど掘った。
下から、草の根が出てきた。
根が、びっしりある。
太いのも細いのも、絡まっている。
四十年ぶんの根だ。
草の種類は、五つか六つある。
どれも、名前を知らない。
毎年刈っているのに、毎年同じものが出る。
同じものが出るのは、根が生きているからだ。
こちらは、それを見て、手が止まった。
何もしていないと思っていた。
何もしていない場所が、四十年、根を作っていた。
作ろうとして作ったのではない。
誰も切らなかったので、増えた。
手前の畑には、こんな根は無い。
毎年、鋤を入れて切ってしまうからだ。
切られた土は、やわらかい。
やわらかいが、雨で流れる。
去年の大雨で、手前の土は少し減った。
向こうは、減っていない。
減っていないことに、去年まで気づいていなかった。
気づいたのは、手前が減ったからだ。
減ったほうを見て、初めて、減っていないほうが見えた。
第五章 減らなかった側
石の列のところで、二つの土を見比べた。
手前は、黒くて、やわらかくて、減っている。
向こうは、明るくて、固くて、減っていない。
四十年、こちらは手前だけを使った。
使ったほうは、毎年、少しずつ流れた。
使わなかったほうは、そのままだ。
それだけではない。
手前の畑が、いまも作物を出すのは、向こうが流れていないからだ。
石の列の向こう側で、根が土を押さえている。
押さえていなければ、手前の土は坂の下まで行っている。
坂の下の道には、土が流れた跡が無い。
隣の家の畑は、道まで流れている。
隣は、端まで全部を耕している。
隣の人は、よく働く人だ。
畑も広い。
去年の大雨のあと、道の土をすくっていた。
毎年すくっている。
父は、そこまで考えていたのかどうか、分からない。
分からないが、向こうは、使わなかったことで働いていた。
使わないことが、仕事だった。
仕事という言い方は、こちらの言い方だ。
向こうの土は、何もしていない。
何もしていないことが、結果として効いている。
効いていることを、向こうの土は知らない。
知らないまま、四十年、そこにある。
エピローグ
若い男には、手前の畑の端を貸した。
三列ぶんだ。
向こうの半分は、貸さなかった。
理由を聞かれたので、こう答えた。
あっちは、押さえてる側だから。
男は、よく分からない顔をした。
分からなくていい。
こちらも、四十年、分かっていなかった。
男は、三列を丁寧に耕した。
秋に、少し分けてくれた。
こちらの畑から出たものを、こちらがもらった。
三列ぶんにしては、多かった。
男は、土がいいですね、と言った。
四十年ぶんの手前の土だ。
その土が残っているのは、向こう側のおかげだ。
そのことは、言わなかった。
石の列は、そのままにしてある。
直さない。
向こう側には、今年も何も植えない。
草を刈るだけだ。
刈るのは、根を残すためだ。
根は、切らなければ、増えていく。
増えた根は、見えない。
見えないところで、こちらの畑を持っている。
使わなかったほうが、使ったほうを持っていた。
四十年、逆だと思っていた。
使ったほうが働いていて、使わないほうは遊んでいる。
そう思っていた。
遊んでいる側が、働いている側を支えていた。
支えているあいだ、何も出さない。
何も出さないので、支えていることが分からない。
分かったのは、七十一になってからだ。
分かってからも、することは同じだ。
草を刈る。
根は、切らない。
切らないというのは、何もしないということだ。
何もしないことを、毎年、決めている。
決めているので、何もしないのは、しないことではない。
畑は、来年もこの形だ。
手前を使い、向こうは刈るだけ。
変えるつもりは無い。
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