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十八枚

離れて浮いているものは、一つも無かったこと

十八枚

朗読で聴く

第一章 十八年

六十五になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

妹が、一人いた。

三つ、年下だ。

二つ隣の町に、住んでいた。

十八年、口をきかなかった。

始まりは、母の葬式だ。

母の家を売るか、残すかで、言い合った。

こちらは、売ると言った。

妹は、残すと言った。

言葉は、たぶん、二十ほどだった。

二十の言葉で、十八年が、決まった。

家は、売った。

売ったあと、妹から、電話は来なかった。

こちらも、かけなかった。

一年めは、腹が立っていた。

三年めには、腹は立っていない。

立っていないのに、かけなかった。

かけ方が、分からなくなっていた。

十年を過ぎると、かけない理由が、要らなくなった。

妹は、こちらの外にいる。

こちらも、妹の外にいる。

紙の上に、点が二つ、離れて置いてある。

点と点のあいだには、何も無い。

そう思っていた。

妻は、五年前に死んだ。

妻は、生きているあいだに、二度、言った。

妹さんに、電話をしたら。

二度とも、こちらは、今度な、と答えた。

今度は、来なかった。

妻の葬式に、妹は、来なかった。

知らせなかったからだ。

甥にも、知らせなかった。

そのことを、いまも、考える。

第二章 知らせ

去年の冬、甥から、電話が来た。

妹の息子だ。

四十二になる。

母が死にました、と言った。

十日前だと言った。

こちらは、聞いた。

なぜ、十日たってから。

甥は、言った。

番号を、探していました。

妹は、こちらの番号を、持っていなかった。

二十年近く、変えていない番号だ。

持っていないのだと、そのとき知った。

葬式には、行った。

甥と、その妻と、子ども。

妹の友達が、六人ほど。

こちらは、後ろに座った。

誰も、こちらを、知らなかった。

甥だけが、兄です、と紹介した。

兄です、と言われたのは、十八年ぶりだった。

棺のそばに、写真が、一枚あった。

妹が、庭に立っている。

後ろから日が当たっていて、顔は、暗い。

形だけが、はっきり写っている。

六十を過ぎた妹の顔を、こちらは、知らない。

写真でも、分からなかった。

分からないまま、手を合わせた。

第三章 箱

春に、甥から、また電話が来た。

家を片付けている、と言った。

あなたに見せたいものがある、と言った。

行った。

妹の家は、小さい家だった。

台所の棚に、靴の箱が、一つ置いてあった。

甥が、それを、こちらに渡した。

開けると、カードが、入っていた。

誕生日のカードだ。

数えた。

十八枚あった。

全部、宛名が、こちらだった。

住所も、書いてある。

切手も、貼ってある。

消印は、無い。

一枚も、出していない。

いちばん古いのは、十八年前のものだ。

葬式の年の、こちらの誕生日だ。

中を、開いた。

短い。

元気でいますか、とだけ書いてある。

次の年も、短い。

その次も。

十枚目あたりから、少し、長くなる。

家のこと、庭のこと、甥の子どものこと。

最後の一枚は、去年の夏だ。

死ぬ、三か月前だ。

そこには、こう書いてあった。

家のことは、あなたが正しかった。

残しても、誰も住まなかった。

こちらは、そのカードを、持ったまま、座っていた。

甥が、麦茶を、出してくれた。

甥は、言った。

母は、毎年、買っていました。

買って、書いて、箱に入れていました。

こちらは、聞いた。

出さないのを、知っていたか。

甥は、言った。

知っていました。

出したら、と言ったこともあります。

母は、来年にする、と言いました。

十八回、来年にした。

第四章 こちらの引き出し

家に帰って、机の引き出しを、開けた。

開けるのに、少し、かかった。

中に、封筒が、入っている。

数えたことは、無かった。

数えた。

九通あった。

全部、妹に宛てて書いた手紙だ。

書いて、封をして、出さなかった。

いちばん古いのは、十六年前だ。

二年めから、書いていた。

こちらは、切手を貼っていない。

貼ると、出してしまう気がしたからだ。

妹は、切手を貼っていた。

貼っても、出さなかった。

二人で、同じことをしていた。

二つの町で、十八年、同じことをしていた。

こちらは、机の上に、二つを並べた。

妹の十八枚と、こちらの九通。

二十七ある。

二十七のうち、一つも、相手に届いていない。

届いていないのに、二十七とも、相手に向いている。

どれ一つとして、こちらの側だけのものではない。

浮いていなかった。

離れて見えていたのは、届いたかどうかの話だ。

届かなくても、触れている。

触れているのに、どちらも、それを知らなかった。

九通を、読み返した。

一通目は、怒っている。

三通目には、怒りが、無い。

五通目は、庭の話だ。

こちらの庭の、木が枯れた話。

妹に、庭の話を書いていた。

書く相手は、妹しか、いなかった。

九通とも、返事を待っていない書き方だった。

返事を待つ書き方にすると、出さないことが、つらくなる。

つらくならないように、書いていた。

妹の十八枚も、同じだった。

どれも、返事を、求めていない。

第五章 甥

夏に、甥に会いに行った。

箱を、返しに行った。

甥は、いらないと言った。

あなたのものです、と言った。

こちらは、九通を、持っていった。

甥に、見せた。

甥は、長く、見ていた。

甥は、言った。

母は、あなたの話を、よくしていました。

こちらは、聞いた。

悪い話か。

甥は、笑った。

甥は、言った。

子どものころの話です。

川で、あなたが、自分を助けた話。

自転車を、教えた話。

こちらは、覚えていなかった。

甥は、言った。

母は、毎年、同じ話をしました。

同じ話を、十八回、聞きました。

こちらは、そこで、少し泣いた。

甥が、言った。

なぜ、電話しなかったんですか。

こちらは、言った。

かけ方が、分からなくなった。

甥は、うなずいた。

甥は、言った。

母も、そう言っていました。

エピローグ

箱は、家の棚に、置いてある。

こちらの九通も、同じ棚に、置いた。

同じところに置くと、一つの塊になる。

離して置いていたときは、二つの点だった。

点のあいだには、何も無いと思っていた。

何も無いのでは、なかった。

十八年、二人とも、毎年、書いていた。

書いたものは、白いところに浮いていない。

どれも、相手に触れている。

届かなかっただけだ。

届かないことと、離れていることは、違う。

こちらは、それを、十八年、同じものだと思っていた。

甥とは、月に一度、電話をする。

用が無くても、かける。

かけ方は、覚えた。

覚えると、かんたんだった。

今年の夏、甥の子どもに、自転車を教えた。

妹が話していたのと、同じやり方で、教えた。

同じやり方を、こちらは、覚えていない。

体が、覚えていた。

体が覚えているものは、離れていない。

カードの最後の一枚を、机に立ててある。

返事は、書いた。

切手は、貼った。

出す先が、無い。

無いので、箱に入れた。

出す先が無くても、書く手は、止まらなかった。

十九枚めだ。

来年の夏にも、書く。

出す先は、やはり、無い。

無くても、書いたものは、箱の中で、十八枚に触れている。

ソウルミッション358

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