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芝の筋

向きが変わったところが、別の面だったこと

芝の筋

朗読で聴く

第一章 芝の筋

六十七になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

三十八年、同じ家に、住んでいる。

庭の芝を、三十八年、自分で刈ってきた。

機械は、三台目だ。

一台目は、押して歩く機械だった。

二台目から、乗る機械にした。

乗ると、前を見て、まっすぐに、走る。

まっすぐに走れば、筋は、まっすぐになる。

端まで行って、向きを変えて、戻る。

行って、戻って、行って、戻る。

それを、四十回ほど、くり返す。

一時間半だ。

刈ると、筋が、できる。

明るい帯と、暗い帯が、交互に、並ぶ。

草の種類は、同じだ。

高さも、同じに、切っている。

色も、同じだ。

倒れている向きだけが、違う。

向こうへ倒れた帯は、明るく、見える。

こちらへ倒れた帯は、暗く、見える。

光が、当たる向きが、同じでも、そうなる。

三十八年、その筋を、見てきた。

筋は、雨が降ると、消える。

消えたら、また、刈る。

それだけの庭だ。

妻は、七年前に、死んだ。

妻は、刈らなかった。

刈り終わったところを、見るのが、好きだった。

窓から、見ていた。

きれいね、と言った。

どこが、と聞くと、線、と言った。

線のことだけを、言った。

こちらは、草のことを、言われていると、思っていた。

この町の家は、どこも、芝がある。

春から秋まで、どこかで、機械の音がしている。

隣の男は、七十四だ。

三十年、垣根をはさんで、隣にいる。

男の庭も、筋が、ある。

男の筋は、いつも、道と、平行だ。

三十年、変わっていない。

変わっていないことに、こちらは、気づいていなかった。

第二章 息子

息子は、四十だ。

同じ州の、二時間ほど離れた町にいる。

来なくなった。

急に、来なくなったのでは、ない。

だんだん、来なくなった。

十五年前は、月に一度、来ていた。

十年前は、三か月に一度に、なった。

いまは、年に、一度だ。

クリスマスに、来る。

二時間で、帰る。

電話は、あるが、短い。

元気か、元気だ、で、終わる。

こちらは、何があったのかを、考えてきた。

息子が、向きを、変えたのだと、思っていた。

どの日に変わったのかを、探した。

妻が死んだ年かと、思った。

妻は、七年前に死んだ。

違った。

その前から、息子は、遠かった。

息子の結婚の年かと、思った。

違った。

結婚した年は、まだ、月に一度、来ていた。

どの年にも、その日が、無かった。

無いので、こちらは、もっと、探した。

孫は、六つだ。

一度しか、この庭に、来ていない。

三つのときだ。

芝の上を、走った。

走ったところだけ、草が、寝た。

あの筋は、二日で、戻った。

写真は、撮らなかった。

撮っておけば、よかったと、いまは思う。

思っても、無いものは、無い。

第三章 隣の男

春に、隣の男が、垣根のところで、言った。

あんたの芝、去年と、逆だな。

こちらは、意味が、分からなかった。

男は、言った。

筋の向きだ。

去年は、道と、平行だった。

今年は、家に、向かってる。

こちらは、同じつもりだった。

三十八年、同じ刈り方をしていると、思っていた。

家に入って、写真を、出した。

毎年、春のはじめに、庭を、一枚だけ、撮る。

妻が始めた習慣で、妻が死んでからも、続けている。

三十八枚ある。

卓に、並べた。

古いほうから、見た。

はじめの二十年は、道と、平行だった。

筋が、横に、走っている。

途中から、縦に、なっている。

どの年からかを、探した。

一枚ずつでは、分からない。

隣の年と、隣の年は、いつも、同じに見える。

十年、飛ばして見ると、変わっている。

変わり目の一枚が、無い。

もう一度、はじめから、二枚ずつ、見ていった。

二十一枚目と、二十二枚目。

同じに見える。

二十二枚目と、二十三枚目。

同じに見える。

二十一枚目と、三十枚目。

まるで、違う。

どの二枚も、同じで、離れた二枚は、違う。

筋は、少しずつ、回っていた。

回っているあいだ、こちらは、毎年、同じつもりだった。

第四章 その日は、無い

こちらは、卓の前に、長く、座っていた。

変わったのは、息子では、なかった。

こちらの刈る向きが、変わっていた。

いつからかは、分からない。

毎年、前の年と、同じつもりで、刈った。

少しずつ、機械を、置く場所が、変わったのだと思う。

物置の戸を、直した年があった。

あれから、機械を、反対の端から、出している。

出す場所が変われば、はじめの一本の向きが、変わる。

はじめの一本が変われば、残りも、それに、揃う。

同じ庭で、同じ草で、同じ高さで、向きだけが、変わった。

筋は、一本ずつは、まっすぐだ。

一本ずつは、同じ向きだ。

変わり目は、一本の中には、無い。

一本と、次の一本の、あいだにある。

そこを、探していた。

探すものが、初めから、無かった。

息子と、こちらの四十年も、それだと思った。

悪い日が、あったのでは、ない。

毎年、同じつもりで、電話をしていた。

こちらの向きが、少しずつ、変わった。

変わったことを、こちらは、見ていない。

見ていないので、相手が変わったと、思った。

第五章 電話

その晩、息子に、電話をした。

息子は、出た。

こちらは、言った。

悪かったと思う年が、どこかに、あるかと、聞きたい。

息子は、しばらく、黙った。

息子は、言った。

何かあった日は、ないよ。

こちらは、聞いた。

本当に、無いか。

息子は、言った。

無い。

だんだん、こうなった。

こちらは、言った。

こちらも、それを、今日、知った。

息子は、聞いた。

どうして。

こちらは、芝の写真の話を、した。

三十八枚のことを、話した。

息子は、聞いていた。

息子は、言った。

うちの前の道も、そうだよ。

雪をかく向きが、去年と、逆だった。

こちらは、笑った。

息子も、笑った。

息子は、言った。

父さん、探してたんだ。

こちらは、言った。

十年、探した。

息子は、言った。

俺も、少し、探した。

どの日に、父さんが、怒ったのかを、考えた。

でも、無かった。

二人とも、無いものを、別のところで、探していた。

息子は、言った。

五月に、行く。

芝、刈るの、手伝うよ。

エピローグ

五月に、息子が、来た。

二人で、刈った。

息子は、道と、平行に、刈った。

こちらは、家に、向かって、刈った。

言わなかったが、向きが、逆だった。

刈り終えて、玄関の段に、座った。

庭に、二つの面が、できていた。

境目が、一本、まっすぐに、出ていた。

息子が、言った。

どっちが、正しいの。

こちらは、言った。

どっちも、正しい。

草は、同じだ。

高さも、同じだ。

揃えると、一つの面に、見える。

一つに見えると、二人いたことが、分からない。

息子は、庭を、長く、見ていた。

息子は、言った。

来年も、来る。

こちらは、うなずいた。

うなずいて、庭を、見た。

夕方の光が、横から、入った。

二つの面が、はっきり、分かれた。

どちらも、明るい。

明るさの出かたが、違うだけだ。

変わり目の日を、もう、探さない。

探すものが、無いと、分かったからだ。

無いものを、十年、探していた。

探していた十年も、筋になっている。

消えない筋では、ない。

雨が降れば、消える。

消えても、また、刈る。

刈るたびに、向きを、選んでいる。

選んでいると、今年、初めて知った。

ソウルミッション358

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