同じ艶
向きが変わったところが、別の面だったこと

朗読で聴く
第一章 同じ艶
七十になった。
家具の工房で、四十八年、木を磨いてきた。
仕上げの、一工程だけだ。
木を削るのは、別の人だ。
組むのも、別の人だ。
こちらは、最後に、やすりを掛ける。
掛けて、艶を出す。
それだけを、四十八年、やった。
八年前、若いのが、入ってきた。
いま、三十五になる。
同じ台に並んで、同じ天板を、磨く。
番手は、同じだ。
粗いのから、細かいのへ、四つ、掛けていく。
回数も、だいたい同じだ。
出る艶も、同じだった。
親方が、二枚を見て、言った。
どっちが、お前のか、分からん。
こちらは、うれしかった。
四十八年やって、それが、いちばん、うれしい言葉だった。
艶は、機械で、測る。
六十から六十五のあいだに入れば、出荷できる。
こちらの板は、六十二だった。
若いのの板も、六十二だった。
数字が、同じだった。
同じだから、同じものだと、思っていた。
艶を測る機械が来たのは、二十年前だ。
それまでは、手と、目で、見ていた。
機械が来て、数字が出るようになって、言い合いが、無くなった。
六十二なら、六十二だ。
誰の板でも、同じだ。
楽になった。
楽になって、板を、見なくなった。
第二章 斜めの光
春の、夕方だった。
西の窓から、光が、斜めに入った。
二枚の天板が、作業台に、並んでいた。
片方が、明るかった。
片方が、暗かった。
こちらは、立ち止まった。
同じ木だ。
同じ丸太から、挽いた二枚だ。
同じ番手で、同じ回数、磨いた。
数字も、同じだった。
なのに、片方が、明るい。
こちらは、近づいて、板に、顔を寄せた。
やすりの筋が、見えた。
細い筋が、何千本も、並んでいた。
こちらの板は、筋が、縦だった。
木の目に、沿っている。
若いのの板は、筋が、横だった。
木の目を、横切っている。
向きが、違っていた。
光が、真横から入ると、筋の倒れている向きで、明るさが、変わる。
同じ艶で、明るさが、別になる。
それを、四十八年、見なかった。
工房の光は、いつも、上から来る。
上から来る光では、向きが、出ない。
斜めに入る日が、なかっただけだ。
第三章 なぜ横に
若いのに、聞いた。
なぜ、横に、掛ける。
若いのは、手を止めて、言った。
使う人が、横に、拭くからです。
こちらは、聞き返した。
拭く向き。
若いのは、言った。
これは、台所の卓です。
朝と晩に、布で、こう、横に拭きます。
筋と、拭く向きを、合わせておくと、傷が、目立たない。
こちらは、何も、言えなかった。
若いのは、前は、家具を売る店にいた。
客が、どう使うかを、見ていたのだという。
こちらは、店を、知らない。
四十八年、工房から、出ていない。
こちらは、木の目に、沿って、掛けてきた。
木に沿うのが、正しいと、教わった。
正しい。
いまでも、そう思う。
若いのも、正しい。
二つは、同じ板の上で、別の向きだ。
こちらは、木のほうを、見ていた。
若いのは、使う人のほうを、見ていた。
出る艶は、同じだ。
六十二と、六十二だ。
向きだけが、違う。
違っているものを、同じ数字で、四十八年、揃えてきた。
去年、若いのの磨いた卓が、町の食堂に、入った。
こちらは、納めに、ついていった。
昼の店で、女の人が、布で、卓を拭いていた。
横に、拭いていた。
若いのの言ったとおりだった。
こちらは、店を出てから、若いのに、言った。
横だったな。
若いのは、言った。
そうです。
それだけの話だった。
それだけの話を、こちらは、四十八年、知らなかった。
第四章 妻
家に帰って、妻に、話した。
妻は、七十一だ。
結婚して、四十七年になる。
板の話をすると、妻は、笑った。
妻は、言った。
私たちも、そうよ。
こちらは、聞いた。
どこが。
妻は、言った。
あなたは、終わらせるために、してる。
私は、続けるために、してる。
こちらは、黙った。
妻は、言った。
子どものご飯も、あなたの親の世話も、二人で、同じだけ、した。
量は、同じ。
向きが、逆。
こちらは、聞いた。
いつから、そう思っていた。
妻は、言った。
ずっと。
こちらは、聞いた。
なぜ、言わない。
妻は、言った。
同じだけ、してたから。
同じだけしてる人に、文句を言う場所が、無い。
こちらは、聞いた。
逆だと、困るか。
妻は、しばらく、黙った。
妻は、言った。
困らない。
二つ、あるだけ。
私が、続けてたから、あなたは、終われた。
あなたが、終わらせたから、私は、次を、続けられた。
こちらは、天板のことを、思った。
数字は、同じだった。
同じだから、誰も、向きを、見ない。
見ないでいると、一枚だと、思う。
母のことも、思い出した。
母は、十二年前に、九十で死んだ。
最後の三年、こちらの家で、看た。
妻が、昼を看て、こちらが、夜を看た。
時間は、同じくらいだった。
妻は、母と、話していた。
こちらは、母を、寝かせていた。
同じ三年で、向きが、違った。
妻には、母の言ったことが、残っている。
こちらには、母の重さが、残っている。
どちらも、母だ。
第五章 二枚を並べる
次の日、工房で、二枚の天板を、並べた。
わざと、西の窓の側に、置いた。
夕方、光が、斜めに入った。
明るい帯と、暗い帯が、並んだ。
境目が、一本、まっすぐに、出ていた。
若いのが、来て、見た。
若いのは、言った。
別の板みたいですね。
こちらは、言った。
同じ板だ。
同じ丸太の、隣どうしだ。
若いのは、しゃがんで、長く、見ていた。
若いのは、聞いた。
どっちが、正しいんですか。
こちらは、言った。
どっちも、正しい。
若いのは、言った。
じゃあ、揃えなくて、いいんですか。
こちらは、言った。
揃えると、一枚に、見える。
一枚に見えると、広さが、分からない。
言ってから、自分で、驚いた。
四十八年、揃えるのが、仕事だと、思っていた。
境目の一本は、こちらの筋でも、若いのの筋でも、ない。
向きが、変わったところに、出る線だ。
彫ったのでは、ない。
削ったのでも、ない。
向きが、変わっただけで、そこに、線が、見える。
エピローグ
朝、やすりを、持つ。
こちらは、木の目に、沿って、掛ける。
若いのは、横に、掛ける。
同じ艶が、出る。
六十二と、六十二だ。
並べると、別の面に、見える。
それで、いい。
向きが、変わったところが、面の変わり目だ。
変わり目は、板の傷では、ない。
へこんでも、いない。
同じ高さで、同じ艶で、向きだけが、違う。
妻と、四十七年、並んでいた。
同じ量を、逆の向きで、した。
それを、艶の数字で、見ていた。
数字は、向きを、持たない。
光が、斜めに入ると、向きが、出る。
工房の窓は、西を向いている。
夕方だけ、二つの面が、見える。
毎日、その時間に、手を止める。
若いのは、まだ、磨いている。
こちらは、二枚を、見ている。
どちらも、明るい。
明るさの出かたが、違うだけだ。
四十八年、同じ仕事をしてきた人が、何人もいた。
あの人たちも、向きが、あったのだろう。
聞かなかった。
艶が、同じだったからだ。
いまなら、聞ける。
板を、西の窓に、持っていけば、いい。
あなたの魂のテーマに気づく場所