真ん中の子
むらは、光ではなく、塗った刷毛の跡だったこと

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第一章 三人
七十二になった。
子どもが、三人いる。
上の娘が、四十八。
真ん中の息子が、四十五。
下の娘が、四十一。
上と下は、明るい子だった。
真ん中は、暗い子だった。
小さいときから、そうだった。
学校でも、そうだった。
勤めてからも、そうだった。
三人とも、同じに、育てた。
同じ飯を、食べさせた。
同じことを、言った。
同じ光を、当てた。
そう、思っていた。
同じ光を当てて、三人の色が、違った。
上と下は、濃い青。
真ん中は、淡い青。
それは、子どもの性質だと、思っていた。
光は、同じだ。
違うのは、子どものほうだ。
四十五年、そう、思っていた。
真ん中の子にも、言ったことが、ある。
あなたは、そういう子だから。
息子は、うなずいた。
うなずいて、何も、言わなかった。
正月に、三人が、来る。
上と下は、遅くまで、いる。
真ん中は、昼で、帰る。
帰るとき、また、と言わない。
それも、そういう子だからだと、思っていた。
第二章 青写真
夫は、去年、死んだ。
七十六だった。
測量の事務所に、勤めていた。
図面を、青写真に、焼く仕事だ。
紙に、液を、刷毛で塗る。
乾かして、図面を、重ねる。
日に、当てる。
青くなる。
夫は、家で、よく、言っていた。
光は、同じだ。
同じ日に、同じ時間、当てる。
それでも、むらが、出る。
濃いところと、淡いところが、出る。
こちらは、聞いた。
どうして。
夫は、言った。
液だ。
刷毛で塗るとき、厚いところと、薄いところが、できる。
厚いところは、濃く、なる。
薄いところは、淡く、なる。
光は、同じだ。
むらは、光ではない。
塗った刷毛だ。
こちらは、それを、何度も、聞いた。
聞いていて、青写真の話だと、思っていた。
夫の道具を、片付けた。
紙の束が、あった。
夫が、取っておいた、失敗の一枚が、あった。
むらの、ひどい一枚だ。
右が濃く、左が淡い。
裏に、夫の字で、書いてあった。
塗った日に、手が、震えていた。
生きているとき、聞いたことが、ある。
失敗を、どうして、取っておくの。
夫は、言った。
塗った手を、忘れないためだ。
光のせいに、しないためだ。
こちらは、その紙を、持って、座った。
第三章 薄く塗った年
真ん中の子が、生まれた年のことを、思い出した。
その年、夫の母が、倒れた。
家で、看た。
二年、寝たきりだった。
こちらは、朝から晩まで、夫の母の、そばにいた。
赤ん坊は、上の娘が、見ていた。
上の娘は、三つだった。
三つの子が、赤ん坊を、見ていた。
こちらは、抱いている時間が、無かった。
乳をやって、寝かせて、夫の母の部屋に、戻った。
それだけだった。
二年だ。
下の娘のときは、夫の母は、もう、いなかった。
こちらは、下の娘を、一日じゅう、抱いていた。
上の娘のときも、そうだった。
上の娘に、電話で、聞いた。
あなた、弟を、見てたの、覚えてる。
娘は、言った。
覚えてる。
私が、見てた。
お母さんは、おばあちゃんのところに、いた。
真ん中の子だけ、薄かった。
塗ったのが、薄かった。
光は、そのあとだ。
同じ飯。同じ言葉。同じ学校。
同じ光を、当てた。
それは、本当だ。
でも、光を当てる前に、塗っていた。
上と下は、厚く。
真ん中は、薄く。
塗ろうと、思って、塗ったのでは、ない。
手が、それしか、動かなかった。
それでも、塗ったのは、こちらの手だ。
同じ光で、真ん中だけ、淡くなった。
それを、四十五年、子どもの性質だと、思っていた。
あなたは、そういう子だから。
そう、言った。
違った。
そういう子では、なかった。
こちらが、薄く塗った子だった。
第四章 電話
息子に、電話した。
来て、と言った。
息子は、来た。
台所で、向かい合った。
こちらは、失敗の青写真を、出した。
息子は、見た。
むらだね。
こちらは、言った。
お父さんが、言ってた。
むらは、光じゃない。
塗った刷毛だって。
息子は、言った。
聞いたことある。
こちらは、言った。
あなたのこと。
息子は、こちらを、見た。
こちらは、言った。
あなたは、そういう子だと、思ってた。
暗い子だと。
息子は、言った。
俺も、そう思ってる。
こちらは、言った。
違った。
あなたが生まれた年、おばあちゃんが、倒れた。
二年、抱いてやらなかった。
お姉ちゃんと、妹は、抱いた。
あなただけ、薄く塗った。
光は、同じだった。
塗ったのが、薄かった。
息子は、黙った。
長く、黙った。
息子は、言った。
知らなかった。
こちらは、言った。
私も、知らなかった。
光のむらだと、思ってた。
あなたの、むらだと。
息子は、聞いた。
今から、塗れる。
こちらは、言った。
塗れない。
光は、もう、当たった。
息子は、言った。
そうか。
こちらは、言った。
でも、あなたのむらじゃ、ない。
私の、刷毛だ。
それだけは、言っておく。
第五章 淡い青
息子は、青写真を、持って、窓のところに、行った。
日に、透かして、見た。
息子は、言った。
淡いところも、青だね。
こちらは、言った。
青だ。
息子は、言った。
白じゃない。
こちらは、言った。
白じゃない。
息子は、言った。
俺、自分を、白いと、思ってた。
こちらは、言った。
白くない。
淡いだけだ。
淡いのは、薄く塗ったからで、あなたのせいじゃない。
息子は、言った。
薄く塗ったのは、母さんの手だけど、母さんのせいでもない。
こちらは、聞いた。
どうして。
息子は、言った。
おばあちゃんが、倒れたから。
手が、それしか、動かなかったんでしょう。
こちらは、言った。
動かなかった。
息子は、言った。
じゃ、誰のせいでもない。
むらは、むらだ。
こちらは、黙った。
息子は、青写真を、こちらに、返した。
これ、もらっていい。
こちらは、言った。
いい。
息子は、言った。
淡いのも、青だって、忘れないように。
息子は、帰った。
玄関で、靴を、履きながら、言った。
母さん、その年、母さんも、薄かったんじゃないの。
こちらは、言った。
薄かった。
息子は、言った。
じゃ、同じだ。
玄関で、言った。
また、来る。
こちらは、言った。
来て。
四十五年、真ん中の子は、こちらに、また来る、と言ったことが、無かった。
エピローグ
朝、台所に、座る。
三人の子の色を、思う。
濃い青。淡い青。濃い青。
同じ光を、当てた。
それは、本当だ。
光の前に、塗っていた。
厚く。薄く。厚く。
塗ったのは、こちらの手だ。
塗ろうと思って、塗ったのでは、ない。
手が、それしか、動かなかった。
それでも、刷毛は、こちらの手にあった。
むらは、光ではない。
子どもの性質でもない。
塗った刷毛の跡だ。
四十五年、光のむらだと、思っていた。
あなたは、そういう子だから、と言った。
言った言葉は、戻らない。
光も、戻らない。
淡いところは、淡いままだ。
でも、淡いのも、青だ。
白ではない。
息子が、そう言った。
息子は、失敗の青写真を、持って帰った。
淡いのも青だと、忘れないように。
こちらも、忘れない。
薄かった年の、こちらの手も、忘れない。
真ん中の子を、淡いまま、見る。
淡いのは、こちらの刷毛だと、知って、見る。
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