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置いた色

一つの色が、ほかの色を消していたこと

置いた色

朗読で聴く

第一章 三人

六十九になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

夫は、四年前に、死んだ。

娘が、三人いる。

四十四と、四十二と、三十九だ。

末の娘は、小さいころから、目立った。

ピアノが、うまかった。

絵も、うまかった。

学校で、いつも、前に、出た。

人が、その子を、見た。

こちらも、見た。

こちらは、末の娘を、家の色だと、思った。

うちの、色だ。

上の二人は、ふつうだった。

ふつうだと、思っていた。

薄いと、思っていた。

薄いので、手が、かからない。

手のかかる末の娘に、こちらの手は、行った。

発表会。

コンクール。

遠い町の、学校。

上の二人は、自分で、育った。

宿題も、進路も、自分で、決めた。

育ったと、こちらは、思っていた。

三人とも、家を出て、二十年になる。

末の娘は、遠い町で、ピアノを、教えている。

上の二人は、近くにいる。

近くにいるが、あまり、来ない。

来ないのを、こちらは、ふつうだと、思っていた。

第二章 上の娘

春に、上の娘が、来た。

四十四だ。

来て、言った。

お母さんは、あの子だけを、色にした。

こちらは、聞いた。

何のこと。

娘は、言った。

私と、真ん中は、無色に、された。

こちらは、言った。

そんなことは、ない。

娘は、言った。

ある。

お母さんの目は、いつも、あの子に、あった。

私たちは、目に、入らなかった。

こちらは、言った。

あなたたちは、手が、かからなかった。

娘は、言った。

かからなかったんじゃ、ない。

かけなかった。

こちらは、黙った。

娘は、言った。

私、十二のとき、絵で、賞を、もらった。

こちらは、言った。

覚えてる。

娘は、言った。

お母さんは、その日、あの子の、発表会に、行ってた。

こちらは、黙った。

覚えていた。

発表会を、覚えていた。

賞のことは、あとで、聞いた。

夕飯のときに、真ん中の娘が、言った。

聞いて、よかったね、と、言った。

それだけだった。

娘は、言った。

私の色は、あのとき、消えた。

お母さんの目の中で。

こちらは、言い返せなかった。

言い返す言葉が、無いのではなく、娘の言うとおりだった。

第三章 置く前に

夫は、絵を、描く人だった。

水彩の、淡彩だ。

薄い色の、部屋の中に、一つだけ、濃い色を、置く。

結婚したころ、こちらは、聞いた。

どうして、一つだけ、濃くするの。

夫は、言った。

濃い一つが、あると、絵に、なる。

こちらは、聞いた。

周りは、薄くて、いいの。

夫は、言った。

周りは、薄いんじゃない。

濃い一つが、あるから、薄く、見える。

周りにも、色は、ある。

こちらは、聞いた。

じゃあ、濃い一つを、置くと、周りが、消えるの。

夫は、言った。

消える。

だから、置く前に、周りの色を、見ておく。

薄い青と、薄い茶を、先に、見ておく。

見ておかないと、置いたあと、二度と、見えない。

こちらは、そのとき、分からなかった。

上の娘が来て、分かった。

こちらは、濃い一つを、置いた。

末の娘を、置いた。

置く前に、周りを、見なかった。

上の二人の、薄い青と、薄い茶を、見なかった。

置いたあとは、二度と、見えなかった。

二十年、見えなかった。

見ようとも、しなかった。

濃い一つで、絵は、できていると、思っていた。

娘は、消されたと、言った。

消したのは、末の娘では、ない。

こちらだ。

こちらの目が、置いた。

置いて、消した。

第四章 反対

こちらは、思っていた。

末の娘が、色だった。

上の二人は、薄かった。

薄いのは、二人のせいだと、思っていた。

反対だった。

薄く見えたのは、こちらが、濃い一つを、置いたからだ。

置く前に、二人にも、色は、あった。

十二の娘の、絵の賞は、色だった。

真ん中の娘が、毎日、犬を、散歩させていたのも、色だった。

雨の日も、行った。

こちらは、行ってらっしゃい、とだけ、言った。

こちらは、見なかった。

見なかったのではない。

見えなかった。

濃い一つを、先に、置いたからだ。

夫は、置く前に、見ろと、言った。

こちらは、置いてから、見ようとした。

見えなかった。

二十年、見えなかった。

夫は、上の二人を、見ていた。

夫は、絵を、描く人だった。

置く前に、見る人だった。

真ん中の娘の、犬の散歩を、夫は、絵に、していた。

薄い青の、道と、薄い茶の、犬だ。

濃い色は、置いていなかった。

二人の娘を、そのまま、薄い色で、描いていた。

こちらは、その絵を、つまらないと、思った。

濃い一つが、無いからだ。

つまらなくなかった。

夫は、置かないで、見ていた。

見ていたので、上の二人が、あまり、来ないことを、知っていた。

来ない理由も、知っていた。

知っていて、こちらに、言わなかった。

言っても、こちらは、濃い一つを、見ていた。

第五章 娘に

上の娘に、言った。

消したのは、私。

娘は、言った。

知ってる。

こちらは、言った。

あの子じゃ、ない。

娘は、言った。

知ってる。

あの子は、何も、してない。

お母さんの目が、してた。

こちらは、言った。

置く前に、見ておけって、お父さんが、言ってた。

娘は、言った。

何を。

こちらは、言った。

薄い色を。

濃い一つを、置く前に。

置いたら、二度と、見えないって。

娘は、黙った。

こちらは、言った。

見なかった。

置いてから、見ようとした。

見えなかった。

娘は、言った。

今は。

こちらは、言った。

今は、あの子が、遠い。

遠いので、濃い一つが、目の前に、無い。

無いので、見える。

あなたの、十二の絵が、見える。

娘は、言った。

遅い。

こちらは、言った。

遅い。

二十年、遅い。

遅くても、見た。

見えたのは、あなたが、来たからだ。

娘は、少し、黙った。

黙って、言った。

お父さんは、見てた。

こちらは、言った。

見てた。

犬の散歩の絵を、描いてた。

娘は、言った。

私の絵も、持ってた。

こちらは、聞いた。

どの。

娘は、言った。

十二の。

お父さんの机に、入ってた。

死んだあと、私が、見つけた。

こちらは、黙った。

夫は、置かないで、見ていた。

こちらは、置いて、消した。

同じ家で、同じ二十年だった。

見た人と、置いた人が、いた。

エピローグ

朝、夫の絵を、見る。

薄い青の道と、薄い茶の犬だ。

濃い一つは、無い。

つまらないと、思っていた絵だ。

いま、いちばん、見る。

こちらは、濃い一つを、置いた。

置く前に、周りを、見なかった。

置いたあとは、見えなかった。

上の娘は、消されたと、言った。

消したのは、こちらだ。

末の娘では、ない。

末の娘も、こちらの目の中で、濃くされただけだ。

三人とも、色だった。

濃い一つを置くと、周りが、薄く見える。

見えるだけだ。

周りにも、色は、ある。

夫は、そう言った。

言われたとき、こちらは、末の娘を、見ていた。

二十年、遅かった。

遅かったが、見えた。

真ん中の娘にも、言う。

雨の日の散歩を、見なかった、と。

上の娘の、十二の絵が、夫の机に、あった。

夫は、置かないで、見ていた。

こちらも、これから、置かないで、見る。

三人の、薄い色を、見る。

薄いのは、こちらの目だった。

娘たちは、薄くなかった。

ソウルミッション358

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