あなたの魂のテーマを探す に戻る

薄い分

後の分ほど薄かったこと

薄い分

朗読で聴く

第一章 書き付け

六十一になった。

母は、去年の春に、八十八で、死んだ。

きょうだいが、四人いる。

こちらは、末だ。

姉は、六十八だ。

母は、子どもが家を出る日に、同じことを、した。

紙を、一枚、持たせた。

母の字で、煮物と、汁の作り方が、書いてある。

四人とも、同じ紙を、もらった。

同じ文面だ。

こちらが、家を出たのは、二十二のときだ。

母は、五十九だった。

こちらの紙は、薄かった。

字が、細い。

短い。

煮物の作り方が、四つ、書いてあった。

四つで、終わっていた。

こちらは、それを、四十年、持っている。

持っていて、見なかった。

見なくても、作れた。

母は、こちらには、薄い人だった。

口数が、少なかった。

電話は、こちらから、かけた。

正月に帰ると、いた。

いて、黙っていた。

黙って、台所に、立っていた。

こちらが、手伝おうとすると、いい、と言った。

いい、と言って、一人で、した。

こちらは、居間で、待った。

待って、食べて、帰った。

母は、そういう人だと、思っていた。

薄い人だ。

そう思って、四十年、いた。

第二章 姉の分

母が、死んだ。

葬式のあと、姉の家に、寄った。

姉が、台所の引き出しから、紙を、出した。

同じ紙だった。

母の字で、煮物と、汁の作り方。

こちらは、見た。

濃かった。

字が、太い。

長い。

煮物の作り方が、十一、書いてあった。

汁が、六つ。

裏にも、書いてあった。

同じ文面の、はじめの四つは、こちらの紙と、同じだった。

同じ順で、同じ言い方で、書いてあった。

その先が、こちらの紙には、無かった。

姉は、言った。

お母さん、うるさかったよ。

こちらは、聞いた。

うるさかった。

姉は、言った。

三日おきに、電話が、来た。

何を食べたか、聞かれた。

こちらは、黙った。

こちらには、電話は、来なかった。

こちらから、かけた。

かけると、出て、黙っていた。

姉の母と、こちらの母は、別の人のようだった。

姉の母は、電話をかけてくる。

こちらの母は、かかってきた電話に、黙っている。

別の人では、ない。

同じ人だ。

同じ人が、同じ紙を、書いた。

一枚目と、四枚目だ。

第三章 後ろの席

小学校のころ、先生が、謄写版で、刷り物を、作っていた。

教室の後ろで、ローラーを、動かしていた。

刷った紙は、前の席から、配られた。

こちらは、後ろの席だった。

後ろの席に、来る紙は、薄かった。

字が、かすれていた。

読めるところと、読めないところが、あった。

読めないところは、前の子に、見せてもらった。

見せてもらって、書き足した。

前の席の子の紙は、濃かった。

同じ原紙だ。

同じ原紙で、何十枚も、刷る。

刷るたびに、原紙が、減る。

減った原紙で刷った分は、薄い。

こちらは、そのころ、薄い紙を、薄いと、思わなかった。

それしか、無かった。

前の子の濃い紙を、見なかった。

見なければ、薄いと、分からない。

薄い一枚しか無い者には、濃い一枚があったことが、分からない。

こちらは、母の紙を、そう持っていた。

薄いと、思わなかった。

母は、薄い人だと、思っていた。

紙が薄いのではなく、母が薄いのだと、思っていた。

姉の紙を、見た。

濃かった。

同じ原紙だと、分かった。

原紙は、母だ。

姉のとき、母は、四十五だった。

こちらのとき、五十九だった。

あいだに、三人、刷っている。

三人を刷ったぶん、減っていた。

減っていることを、母は、言わなかった。

言わないので、こちらは、はじめから、そうだと、思った。

減った母が、こちらの紙を、書いた。

減った母だけを、こちらは、知っている。

第四章 減った分

姉に、言った。

私のは、薄かった。

姉は、言った。

薄かった。

こちらは、聞いた。

見たの。

姉は、言った。

書いているとき、いた。

お母さん、三日、かかった。

こちらは、黙った。

姉は、続けた。

目が、悪かった。

手も、震えてた。

一つ書いて、休んで、一つ書いて、休んで。

四つで、やめた。

それ以上、書けなかった。

書けないのを、あんたに、言うなって。

薄いのを、渡すのが、嫌だったんだと、思う。

こちらは、黙った。

黙って、思った。

薄い紙は、力を入れないで、書いた紙だと、思っていた。

違った。

いちばん、力の要る紙だった。

減った原紙で、刷ると、力を入れても、薄い。

力を入れた分は、紙に、出ない。

出ないので、もらった側には、薄いとしか、見えない。

薄いとしか見えない紙を、こちらは、四十年、持っていた。

持っていて、母は薄い人だと、思っていた。

薄いのを渡すのが嫌だった人を、薄い人だと、思っていた。

薄かったのは、母では、ない。

母は、減っていた。

減っても、同じ原紙で、刷った。

四枚目まで、同じ文面で、刷ろうとした。

四つで、止まった。

止まったところまでが、こちらの分だ。

第五章 同じ原紙

姉は、言った。

濃いほうが、いい。

こちらは、言った。

いい。

姉は、言った。

私の、持って行きなさい。

こちらは、言った。

いらない。

姉は、黙った。

こちらは、言った。

同じ原紙だから。

姉は、聞いた。

何。

こちらは、言った。

同じ文面だ。

はじめの四つは、同じ順で、同じ言い方で、書いてある。

姉の分の、はじめの四つと、こちらの分は、同じだ。

こちらの分には、その先が、無い。

無いのは、母が、減ったからだ。

減った母の分を、こちらは、持っている。

減る前の母の分を、姉は、持っている。

どちらも、母の分だ。

姉は、黙った。

黙って、紙を、引き出しに、戻した。

こちらは、家に、帰った。

帰りの電車で、思った。

姉は、濃いほうを、持っている。

持っていて、それが、濃いと、知らなかった。

こちらの薄いほうを、見るまで。

姉も、一枚しか、無かった。

帰って、こちらの紙を、出した。

四十年、見なかった紙だ。

見た。

薄い。

字が、細い。

四つで、終わっている。

四つ目の字が、いちばん、細い。

細い字の横に、点が、ある。

休んだところだ。

筆が、止まって、置かれた点だ。

点は、四つ目に、いちばん、多い。

三日かかった字だ。

こちらは、それを、薄いと、思っていた。

薄い。

薄いまま、いちばん、力が入っている。

エピローグ

台所に、立つ。

煮物を、作る。

紙は、見ない。

見なくても、作れる。

作れるのは、四十年、作ったからだ。

四十年、薄い紙で、作った。

薄い紙で、作れた。

作れたので、薄いと、思わなかった。

思わないまま、母を、薄い人だと、思った。

薄かったのは、紙だ。

紙が薄かったのは、原紙が、減っていたからだ。

原紙は、母だ。

母は、四人、刷った。

四人目で、減っていた。

減った分は、こちらに、来た。

来た分しか、こちらは、知らない。

姉の分を見て、初めて、減る前を、知った。

減る前の母を、こちらは、一度も、見ていない。

見ていないので、姉の母は、別の人に見える。

別の人では、ない。

同じ原紙だ。

同じ原紙で、減った分を、もらった。

もらった分を、薄いと、思っていた。

薄い。

薄い分に、いちばん、力が、入っている。

入っているのは、紙には、出ない。

出ないものを、四十年、見なかった。

見なくても、作れた。

作れたのは、四つで、足りたからだ。

四つで足りるように、母は、四つを、選んだ。

選んで、書いて、三日かかった。

出ないのを、知って、持つ。

薄いまま、持つ。

ソウルミッション358

あなたの魂のテーマに気づく場所