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夫の点

全部の線が一点に集まっていたこと

夫の点

朗読で聴く

第一章 全部が夫に

六十八になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

夫は、二年前に、七十で、死んだ。

子どもが、三人いる。

四十四、四十一、三十八。

三人とも、別の町に、いる。

夫は、声の大きい人だった。

家の真ん中に、いた。

子どもたちは、何かあると、夫に、言った。

お金のこと、車のこと、仕事のこと。

夫が、聞いて、夫が、答えた。

夫が、決めた。

こちらは、横で、聞いていた。

聞いて、うなずいていた。

家の線は、全部、夫に、行っていた。

三人の線が、夫に、集まっていた。

こちらの線も、夫に、行っていた。

夫が、点だった。

こちらは、そう思っていた。

四十年、そう思っていた。

夫が、死んだ。

こちらは、思った。

点が、無くなった。

線が、行き先を、なくす。

三人は、ばらばらになる。

こちらは、一人になる。

そう思って、葬式の日を、過ごした。

葬式のあと、三人は、それぞれの町に、帰った。

こちらは、家に、一人で、いた。

一人で、待った。

ばらばらになるのを、待った。

第二章 鳴る

次の週、電話が、鳴った。

上の娘だった。

お金のことを、聞いてきた。

夫に、聞いていたことだ。

こちらは、答えた。

答えられた。

その次の日、真ん中の息子から、電話が、来た。

車のことだった。

こちらは、答えた。

週の終わりに、下の息子から、来た。

仕事のことだった。

こちらは、聞いて、答えた。

三人の線が、来た。

夫に、来ていた線が、こちらに、来た。

こちらは、驚いた。

驚いて、思った。

夫が、いないから、仕方なく、こちらに、来ているのだ。

行き先を、なくした線が、近くにあるものに、当たっているだけだ。

そう思った。

思って、一年、答えた。

一年、電話は、鳴り続けた。

鳴り続けて、こちらは、答え続けた。

答えられることに、こちらが、いちばん、驚いていた。

去年の秋、上の娘が、来た。

二晩、泊まった。

二晩目に、娘が、言った。

お母さん、いつも、答えてくれるね。

こちらは、言った。

お父さんの、代わりよ。

娘は、言った。

違う。

こちらは、聞いた。

何が。

娘は、言った。

お父さんに、聞いてたことは、全部、お父さんが、お母さんに、聞いてた。

こちらは、黙った。

第三章 反対

娘は、続けた。

私たち、知ってたよ。

お父さんに、聞くでしょう。

お父さんは、その場では、答えない。

あとで、電話が、来る。

お母さんと、話したあとで。

こちらは、黙った。

娘は、言った。

だから、お父さんに、聞いてたんじゃない。

お父さんを、通して、お母さんに、聞いてた。

こちらは、黙った。

黙って、思い出した。

夫は、子どもの電話のあと、こちらに、聞いた。

どう思う。

こちらは、答えた。

夫は、うなずいて、次の日、子どもに、電話をした。

四十年、そうだった。

そうだったことを、こちらは、夫が、こちらを、立てているのだと、思っていた。

立てているのでは、なかった。

線が、こちらに、来ていた。

夫を、とおって、こちらに、来ていた。

夫は、点では、なかった。

線の上に、いた。

線が、通る場所に、いた。

通る場所にいる人は、大きく、見える。

全部の線が、通るからだ。

こちらは、それを、点だと、思った。

点は、線が、着く場所だ。

通る場所では、ない。

線は、夫を、とおって、こちらに、着いていた。

着く場所が、点だ。

点は、こちらだった。

四十年、こちらだった。

こちらは、知らなかった。

夫の声が、大きかったからだ。

大きい声のところに、線が、集まって見えた。

見えただけだ。

線は、そこを、とおって、こちらに、来ていた。

第四章 消失点

若いころ、銅版画を、見た。

細い線を、何千本も、彫った版画だ。

道と、家の壁が、奥へ、伸びていた。

全部の線が、奥の、一点に、集まっていた。

絵を見せてくれた人が、言った。

消失点は、絵の中で、いちばん、目立たない。

何も、無いところだ。

何も無いのに、全部が、そこへ、行く。

目立つものは、線の途中に、ある。

途中の家、途中の木。

それは、線が、通る場所だ。

行く先では、ない。

こちらは、そのとき、分からなかった。

目立つものが、真ん中だと、思っていた。

夫は、目立った。

声が、大きかった。

家の、真ん中に、見えた。

真ん中に見えたので、点だと、思った。

違った。

夫は、途中の、大きい家だった。

線が、その前を、通った。

通って、奥へ、行った。

奥に、こちらが、いた。

何も無い、目立たない、こちらが。

全部の線が、そこへ、来ていた。

こちらは、それを、四十年、知らなかった。

夫が、死んで、途中の家が、無くなった。

無くなると、線は、まっすぐ、こちらに、来た。

来て、初めて、分かった。

点は、こちらだった。

夫は、点を、隠していた。

隠すつもりは、なかっただろう。

大きかっただけだ。

第五章 娘に

娘に、言った。

お父さんが、点だと、思ってた。

娘は、言った。

みんな、そう見えるように、してた。

こちらは、聞いた。

誰が。

娘は、言った。

お父さんが。

お父さん、言ってたよ。

母さんに、聞いてから、答える、って。

母さんが、決める、って。

でも、母さんは、それを、知らないほうが、いい、って。

こちらは、聞いた。

どうして。

娘は、言った。

知ると、重いから、って。

こちらは、黙った。

黙って、思った。

夫は、知っていた。

点が、こちらだと、知っていた。

知っていて、自分が、点に、見えるように、していた。

こちらが、重くならないように。

四十年、途中の家で、いてくれた。

大きい声で、いてくれた。

こちらは、その後ろで、点だった。

点だと、知らないまま、点だった。

知らないので、重くなかった。

軽く、答えていた。

答えていたことが、全部、線の、着く先だった。

夫が、死んで、家が、無くなった。

線が、まっすぐ、来る。

来ると、重い。

重いのは、点だと、知ったからだ。

知ってしまった。

知っても、答える。

答えられる。

四十年、答えていた。

途中の家を、通して、答えていた。

いまは、直に、答える。

直に答えても、答えは、同じだ。

エピローグ

電話が、鳴る。

出る。

子どもの、誰かだ。

聞いて、答える。

答えながら、思う。

これが、点だ。

こちらは、四十年、点だった。

知らなかった。

夫が、前に、立っていたからだ。

前に立って、線を、受けて、こちらに、渡していた。

渡していることを、言わなかった。

言わないでいてくれた。

言えば、こちらが、重くなる。

重くならないように、大きい声で、いた。

大きい声の人が、死んで、線が、まっすぐ、来る。

来る線を、受ける。

受けるのは、初めてでは、ない。

四十年、受けていた。

受けていたことを、知らなかっただけだ。

全部の線が、集まっていたのは、こちらだった。

夫では、なかった。

夫は、それを、こちらより先に、知っていた。

知っていて、前に、立った。

立っていた人が、いない。

いないので、線が、見える。

見えるので、重い。

重くても、答える。

答えるたびに、夫が、前に、立っていた四十年が、見える。

見えるのは、いなくなったからだ。

いなくなって、初めて、点が、自分だと、知った。

知って、電話を、切る。

また、鳴る。

出る。

ソウルミッション358

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