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店の点

全部の線が一点に集まっていたこと

店の点

朗読で聴く

第一章 全部が自分に

七十六になった。

妻は、四年前に、七十一で、死んだ。

町で、酒屋を、四十五年、やった。

三年前に、息子に、譲った。

息子は、四十八だ。

店にいたころ、全部が、こちらに、来た。

仕入れの電話は、こちらに、来た。

配達の順番は、こちらが、決めた。

客の注文は、こちらが、聞いた。

従業員の休みは、こちらに、言いに来た。

妻も、店のことは、こちらに、聞いた。

店の中の線が、全部、こちらに、来ていた。

来るので、こちらは、真ん中に、いた。

真ん中にいるのが、店を、やることだと、思っていた。

四十五年、真ん中にいた。

譲った。

譲って、家に、いる。

店には、行かない。

行くと、息子が、やりにくい。

やりにくいと、妻が、生きていたころ、言っていた。

あなたが、いると、みんな、あなたを、見る。

だから、行かない。

家で、朝から、座っている。

座っていると、何も、来ない。

電話は、鳴らない。

誰も、聞きに来ない。

決めることが、無い。

無いことに、三年、慣れない。

三年、慣れないので、これは、慣れないものなのだと、思っている。

第二章 線の先

先月、息子が、来た。

店の帳簿を、持ってきた。

見せに来たのでは、ない。

置きに来た。

こちらは、聞いた。

見ていいのか。

息子は、言った。

見なくていい。

置いておくだけ。

こちらは、黙った。

息子は、続けた。

親父、店の線、まだ、自分に来てると、思ってるだろう。

こちらは、言った。

思ってない。

息子は、言った。

思ってる。

来なくなって、さびしいと、思ってる。

こちらは、黙った。

息子は、続けた。

線は、来てるよ。

俺に、来てる。

全部、俺に、来てる。

親父が、四十五年、受けてたのと、同じだけ。

こちらは、黙った。

息子は、言った。

だから、親父のとこに、来ないのは、当たり前だ。

点は、一つしか、無い。

店には、一つしか、無い。

こちらは、聞いた。

点。

息子は、言った。

銅版画の、消失点。

親父が、昔、見せてくれた。

全部の線が、一つの点に、集まる。

二つ、あったら、絵が、割れる。

こちらは、黙った。

息子が、帰ってから、帳簿を、あけなかった。

あけないで、思った。

息子は、こちらより、先に、分かっていた。

第三章 消失点

若いころ、銅版画を、見た。

細い線を、何千本も、彫った版画だ。

道と、家の壁が、奥へ、伸びていた。

全部の線が、奥の、一点に、集まっていた。

その点を、消失点と、いうのだと、聞いた。

絵に、一つしか、無い。

全部の線が、そこへ、行く。

こちらは、それを、息子に、見せた。

息子が、十のときだ。

見せて、言った。

店は、こういうものだ。

全部が、一つのところに、来る。

来るところに、いる人が、店をやる人だ。

息子は、聞いていた。

聞いて、三十八年、覚えていた。

こちらは、忘れていた。

忘れて、譲ったあとも、線が、自分に来ると、思っていた。

来ないので、さびしかった。

さびしいのは、線が、無くなったからだと、思っていた。

無くなっては、いない。

息子に、行っている。

全部の線が、息子に、行っている。

こちらに来ないのは、こちらが、点では、なくなったからだ。

点は、一つだ。

息子が、点になった。

なったので、こちらには、来ない。

来ないのは、正しい。

正しいのに、さびしい。

さびしいのは、四十五年、点だったからだ。

点だった人が、点でなくなると、線が、一本も、無い。

無いところに、座っている。

座って、慣れない。

第四章 平行

妻が、言っていたことを、思い出した。

あなたが、いると、みんな、あなたを、見る。

あのころは、それが、店だと、思っていた。

見られるのが、点だ。

妻も、こちらを、見ていた。

妻の線も、こちらに、来ていた。

妻は、店の人だったので、線を、こちらに、出していた。

こちらは、妻に、線を、出していない。

出す必要が、無かった。

全部、こちらに、来るからだ。

来るものを、受けるだけで、よかった。

妻が、死んだとき、こちらは、線を、一本も、持っていなかった。

持っていたのは、来る線だけだ。

出す線を、持っていなかった。

出す線が、無い人は、点でなくなると、何も、無い。

いま、何も、無い。

息子は、出す線を、持っている。

帳簿を、置きに来た。

あれは、息子から、こちらへの、線だ。

こちらが、四十五年、誰にも、出さなかった線を、息子は、出した。

出したので、こちらは、息子と、平行では、ない。

息子からこちらへ、一本、ある。

こちらから息子へは、無い。

無いことに、七十六で、気づいた。

点だった人は、線を、出さない。

受けるだけだ。

受けるだけの人は、点を降りると、誰ともつながっていない。

こちらが、そうだ。

妻とも、つながっていなかったのかもしれない。

妻の線を、受けていただけだ。

受けていただけで、つながっていると、思っていた。

第五章 出す

帳簿を、あけた。

息子の字が、並んでいた。

こちらの字より、小さい。

小さいが、読める。

読んで、店に、電話をした。

息子が、出た。

出て、言った。

どうした。

こちらは、言った。

帳簿、見た。

息子は、黙った。

こちらは、続けた。

いい。

それだけ。

息子は、少し、黙った。

黙って、言った。

ありがとう。

こちらは、言った。

線、一本、出した。

息子は、聞いた。

何。

こちらは、言った。

いや。

電話が、切れた。

切れてから、思った。

出した。

七十六で、初めて、出した。

四十五年、受けるだけだった人が、出した。

出した線は、息子に、行った。

息子が、点だ。

点に、こちらの線が、一本、加わった。

加わっても、こちらは、点では、ない。

点でなくて、いい。

線を、出す側に、なった。

出す側は、点を、見ている。

見て、線を、出す。

妻は、四十五年、そうしていた。

こちらは、見られていた。

見られていることを、点だと、思っていた。

点は、見られる場所だ。

見る場所では、ない。

見る場所に、七十六で、初めて、立った。

立って、息子を、見た。

全部の線が、息子に、集まっている。

集まっているのが、見える。

点にいたときは、見えなかった。

点からは、点が、見えない。

降りて、見えた。

エピローグ

家で、座っている。

電話は、鳴らない。

鳴らないのは、こちらが、点でないからだ。

点は、息子だ。

一つしか、無い。

こちらは、線を、出す。

出す線は、細い。

帳簿を、読んだ、と言う線だ。

いい、と言う線だ。

それだけの線だ。

四十五年、受けた線に、比べれば、無いようなものだ。

無いようなものを、出す。

出すと、息子の点に、加わる。

加わるのが、見える。

見えるのは、こちらが、外にいるからだ。

外にいる人だけが、点を、見る。

妻は、外にいた。

外から、こちらを、見ていた。

見ていたことを、こちらは、知らなかった。

知らないで、点にいた。

点にいる人は、自分に集まる線を、数える。

外にいる人は、点を、見る。

どちらが、店を、やっていたのか。

両方だ。

両方だと、七十六で、知った。

知って、線を、出す。

妻がしていたことを、する。

するたびに、店が、少し、見える。

ソウルミッション358

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