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三枚の刷り

同じ刷りを渡していたこと

三枚の刷り

朗読で聴く

第一章 同じ言葉

七十二になった。

アメリカの、小さな町で、大工を、五十年、やった。

妻は、四年前に、六十八で、死んだ。

子どもが、三人いる。

上の息子が、四十八。

真ん中の娘が、四十五。

下の息子が、四十一。

三人とも、家を出て、別の町に、いる。

三人が、家を出るとき、こちらは、同じことを、言った。

ちゃんとやるか、やらないか、どっちかだ。

それだけだ。

大工の、言い方だ。

こちらの父が、こちらに、言った言葉だ。

三人に、同じ言葉を、言った。

同じ言い方で、言った。

わざと、同じにした。

三人を、同じに、扱いたかった。

上には、こう、下には、ああ、と、変えたくなかった。

変えると、ひいきになる。

ひいきは、しない。

同じ言葉、同じ道具、同じ額。

家を出るとき、三人に、同じ金槌を、一本ずつ、渡した。

こちらが、使っていたのと、同じ型だ。

同じ言葉と、同じ金槌。

それで、三人を、同じに、送り出した。

同じに、送り出したと、思っていた。

三十年、思っていた。

去年の、感謝祭に、三人が、そろった。

妻が、死んでから、初めてだ。

台所で、三人が、話していた。

こちらは、居間に、いた。

いて、聞こえた。

第二章 三つ

上の息子が、言っていた。

親父の、あれ、いまでも、聞こえる。

ちゃんとやるか、やらないか。

だから、俺は、休めない。

ちゃんとやらないと、やってないことに、なるから。

真ん中の娘が、言った。

私は、逆。

やらないか、って言われたから、やめていいんだと、思った。

合わないことは、やめてきた。

三回、仕事を、変えた。

あれが、あったから、やめられた。

下の息子が、言った。

俺は、信じてもらってると、思った。

ちゃんとやるだろう、って、言われてる気がした。

だから、ちゃんとやった。

三人は、笑った。

笑って、話が、次に、移った。

こちらは、居間で、動けなかった。

同じ言葉だ。

同じ言葉を、同じ言い方で、三人に、言った。

三人が、持っているものは、三つとも、違った。

上は、休めない言葉として、持っていた。

真ん中は、やめていい言葉として、持っていた。

下は、信じられている言葉として、持っていた。

こちらが、渡したのは、一つだ。

渡ったのは、三つだった。

こちらは、そのことを、三十年、知らなかった。

同じものを、渡したと、思っていた。

思っていたので、三人は、同じものを、持っていると、思っていた。

持っていなかった。

一人も、こちらが、渡したつもりのものを、持っていなかった。

第三章 版

若いころ、版画を、見た。

リノリウムの、版画だ。

一枚の板を、彫る。

彫った板に、インクを、つけて、紙を、押し当てる。

一枚、刷れる。

もう一枚、押し当てる。

同じものが、刷れる。

同じものが、刷れると、思っていた。

版画を、見せてくれた人が、言った。

紙を、変えると、違う刷りに、なる。

厚い紙は、インクを、吸う。

薄い紙は、インクが、浮く。

粗い紙は、点が、抜ける。

同じ版でも、紙で、刷りは、変わる。

こちらは、そのとき、聞き流した。

聞き流して、五十年、忘れていた。

感謝祭の、居間で、思い出した。

こちらの言葉は、版だった。

一つの版で、三人に、刷った。

三人は、別の紙だった。

上の息子は、あつい紙だった。

インクを、深く、吸った。

吸って、休めなくなった。

真ん中の娘は、薄い紙だった。

インクが、浮いて、やめていい、のほうだけが、残った。

下の息子は、粗い紙だった。

点が、抜けて、抜けたところに、信じている、が、入った。

同じ版だ。

同じ版で、三枚、刷って、三枚とも、違う絵になった。

こちらは、版しか、見ていなかった。

版が、同じなら、刷りも、同じだと、思っていた。

紙を、見ていなかった。

三人が、別の紙だということを、考えなかった。

同じに、扱うことで、頭が、いっぱいだった。

同じに扱うと、同じものが、渡ると、思っていた。

反対だった。

同じに扱っても、渡るものは、別々だった。

第四章 紙

ひいきを、しなかった。

それは、本当だ。

同じ言葉、同じ金槌、同じ額。

三人に、同じ版を、押し当てた。

押し当てた紙が、三枚とも、違った。

違うことを、こちらは、選んでいない。

三人が、生まれたときから、違う紙だった。

違う紙に、同じ版を、押した。

同じ版を押せば、公平だと、思っていた。

公平だったのは、版だけだ。

刷りは、公平ではなかった。

上の息子は、重い絵を、受け取った。

真ん中の娘は、軽い絵を、受け取った。

下の息子は、明るい絵を、受け取った。

こちらは、一つの絵しか、渡していない。

渡した先で、三つに、なった。

三つになったことを、三十年、知らなかった。

知らないで、同じものを、渡したと、思っていた。

思っていて、三人を、同じだと、思っていた。

同じでは、なかった。

同じでないことを、三人は、知っていた。

台所で、笑って、話していた。

三人は、三人の絵を、見せ合っていた。

こちらだけが、版しか、知らなかった。

版を、彫った人は、刷りを、知らない。

刷りは、紙の上に、ある。

紙は、三人だ。

三人の上で、こちらの言葉は、三つに、なっていた。

三つとも、こちらの言葉だ。

三つとも、こちらの言葉では、ない。

紙が、半分、作った。

第五章 見に行く

感謝祭の、次の日、上の息子と、二人に、なった。

こちらは、聞いた。

おまえ、休めないのか。

息子は、驚いた。

驚いて、言った。

聞いてたのか。

こちらは、言った。

聞いてた。

息子は、黙った。

こちらは、言った。

あれは、休むな、という意味では、なかった。

息子は、言った。

分かってる。

でも、そう、聞こえた。

こちらは、黙った。

黙って、思った。

版に、休むな、とは、彫っていない。

彫っていないものが、息子の紙の上で、出ていた。

紙が、出した。

息子の紙が、厚かったからだ。

厚い紙に、押したのは、こちらだ。

こちらは、言った。

休んでいい。

息子は、こちらを、見た。

見て、言った。

それも、同じ言い方だな。

こちらは、聞いた。

何が。

息子は、言った。

妹にも、弟にも、言うんだろう。

こちらは、言った。

言うかもしれない。

息子は、笑った。

笑って、言った。

いいよ。

俺のは、俺のだから。

こちらは、黙った。

息子は、自分の紙を、知っていた。

知っていて、受け取っていた。

知らなかったのは、版の側だけだ。

版を、持っている人は、刷りを、見に行かない。

見に行けば、分かった。

三十年、見に行かなかった。

同じものを、渡したと、思っていたからだ。

思っていたのは、版しか、見ていなかったからだ。

エピローグ

仕事場に、いる。

こちらの、金槌が、ある。

三人に、渡したのと、同じ型だ。

同じ型の金槌が、三つの家に、ある。

三つの家で、三つの使い方を、されている。

上の家では、休みなく、打っている。

真ん中の家では、たぶん、しまってある。

下の家では、ちゃんと、打っている。

同じ金槌だ。

同じ言葉だ。

同じ版だ。

版は、こちらの手に、ある。

刷りは、三つの家に、ある。

三つは、同じではない。

同じでなくて、いい。

同じに、しようとした。

しようとしたのは、版の側だ。

紙は、最初から、三枚、違っていた。

違う紙に、同じ版を、押した。

押した結果を、見なかった。

見ないで、同じだと、思っていた。

いまは、知っている。

渡したものと、渡ったものは、違う。

違いを、作ったのは、こちらでは、ない。

紙だ。

紙は、こちらが、選んでいない。

選んでいないもので、刷りが、決まった。

決まった三枚を、三人が、持っている。

こちらは、版を、持っている。

版は、一つだ。

一つの版で、三つの絵が、できた。

できたことを、七十二で、知った。

知って、金槌を、置く。

同じ型の金槌を、三人が、別々に、打っている。

それで、いい。

ソウルミッション358

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