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妻の物

分けられないこと

妻の物

朗読で聴く

第一章 整理

七十になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

妻は、去年の秋に、六十八で、死んだ。

結婚して、四十六年だった。

春になって、娘が、来た。

四十三だ。

娘が、言った。

お母さんの物、そろそろ、整理しよう。

こちらは、言った。

そうだな。

言って、二人で、家を、回った。

寝室から、始めた。

妻の服。

妻の靴。

妻の櫛。

分けられた。

妻の物だ。

箱に、入れた。

次に、台所に、行った。

娘が、聞いた。

これ、お母さんの。

鍋だった。

こちらは、考えた。

妻が、買った。

三十年前だ。

買ったのは、妻だ。

だが、こちらも、使った。

三十年、使った。

妻が、いない半年、こちらだけが、使っている。

妻の物か。

答えられなかった。

娘は、次を、聞いた。

これは。

毛布だった。

妻が、選んだ。

二人で、かけていた。

妻の物か。

答えられなかった。

答えられないものが、台所と、居間に、いっぱいあった。

娘は、箱を、開けたまま、待っていた。

待たれても、入れられなかった。

入れる手が、途中で、止まった。

第二章 分けられない

娘は、分けようとした。

こちらも、分けようとした。

分けられなかった。

寝室の物は、分けられた。

服と、靴と、櫛は、妻だけが、使った。

妻だけの物は、分けられる。

台所と、居間は、違った。

二人で、使った。

二人で使った物は、どちらの物か。

買った人の物か。

使った人の物か。

長く使った人の物か。

どれで分けても、残りが、出た。

残りを、どちらに、入れるか。

入れられなかった。

娘が、言った。

お父さん、疲れたね。

今日は、ここまでに、しよう。

こちらは、うなずいた。

夜、一人で、居間に、座った。

座った椅子は、妻が、買った。

こちらが、四十年、座った。

椅子の形が、こちらの背中に、なっている。

妻の物か。

妻が買って、こちらの形に、なった椅子。

分けられない。

分けられないのは、椅子だけでは、なかった。

家の中の、ほとんどが、そうだった。

寝室の箱に、入ったものだけが、妻の物だった。

あとは、全部、二人の物だった。

二人の物を、分けようとして、分けられなかった。

第三章 反対

次の日、娘に、言った。

分けるのは、やめよう。

娘は、聞いた。

どうして。

こちらは、言った。

分けられない。

娘は、言った。

じゃあ、全部、お父さんの物に、すれば。

こちらは、考えた。

考えて、言った。

それも、違う。

こちらの物でも、ない。

娘は、困った顔を、した。

こちらも、困っていた。

困って、夜、また、椅子に、座った。

座って、考えた。

分けようとしていたのは、妻の物と、こちらの物だ。

妻の物を、取り出して、箱に、入れる。

残ったものが、こちらの物になる。

そう、思っていた。

分ける側は、こちらだと、思っていた。

反対だった。

分けられる側も、こちらだった。

妻の物を、取り出すと、こちらの物が、減る。

鍋を、妻の物にすると、こちらは、鍋を、失う。

椅子を、妻の物にすると、こちらは、四十年の背中を、失う。

妻の物を、探すと、こちらが、削れる。

四十六年、削れないで、来た。

来たものを、半年で、削ろうとしていた。

削れるので、分けられなかった。

分けられなかったのではない。

分けたくなかった。

分けると、こちらが、半分になる。

半分になるのが、分かったので、手が、止まった。

止まった手を、疲れた、と娘は、言った。

疲れたのでは、ない。

削られるのが、分かった。

分かったのは、手が、先だった。

頭は、あとから、追いついた。

第四章 妻の側

妻は、どう、思っていたか。

考えた。

妻も、分けられなかっただろう。

妻が、先に、こちらの物を、探したとしたら。

こちらの物は、寝室の、服と、靴と、櫛だ。

あとは、全部、二人の物だ。

妻も、同じところで、手が、止まる。

止まって、分けるのを、やめる。

やめて、椅子に、座る。

こちらが、四十年、座った椅子に。

座って、こちらの形の背中を、感じる。

妻の背中では、ないが、妻の椅子だ。

妻が買って、こちらの形に、なった。

二人で、一つの物に、していた。

していたことに、二人とも、気づいていなかった。

気づかないで、四十六年、使った。

使って、ふちが、消えた。

どこまでが妻の物か、どこからがこちらの物か。

線が、無い。

無い線を、娘と、探していた。

娘は、外から、来た。

外から来た人には、線が、見える気が、する。

お母さんの物、お父さんの物。

そう、呼べる気が、する。

中にいた者には、呼べない。

呼ぶ線が、無い。

無いまま、四十六年、いた。

いたことを、妻が死んで、知った。

知ったのは、分けようとしたからだ。

分けようとしなければ、知らなかった。

知らないまま、全部、こちらの物だと、思っていただろう。

思わないで、済んだ。

済んだのは、娘が、箱を、持ってきたからだ。

分けようとして、分けられなくて、よかった。

第五章 娘に

娘に、言った。

全部、持って行っていい。

娘は、驚いた。

驚いて、言った。

全部は、要らないよ。

お父さんの物だよ。

こちらは、言った。

こちらの物じゃない。

娘は、聞いた。

じゃあ、誰の。

こちらは、言った。

二人の物だ。

娘は、黙った。

黙ってから、言った。

二人の物なら、お父さんが、持っていて。

お母さんの分も、一緒に。

こちらは、言った。

分けられないから、一緒に、なる。

娘は、笑った。

笑って、言った。

分けなくて、いいよ。

言われて、楽になった。

分けなくていい、と言われるまで、分けようとしていた。

分けるのが、整理だと、思っていた。

整理は、分けることでは、なかった。

分けられないものを、分けられないと、知ることだった。

知って、箱を、寝室に、戻した。

服と、靴と、櫛の、箱だ。

妻だけの物は、それだけだ。

それだけを、娘が、持って行った。

あとは、残った。

残ったものは、妻の物でも、こちらの物でも、ない。

二人の物だ。

二人の物を、一人で、使う。

エピローグ

椅子に、座っている。

妻が買って、こちらの形になった椅子だ。

鍋で、煮る。

妻が買って、こちらが三十年使った鍋だ。

毛布を、かける。

妻が選んで、二人でかけた毛布だ。

どれも、妻の物ではない。

こちらの物でもない。

線が、無い。

無いまま、使う。

使うたびに、妻が、混じっている。

混じっているものを、分けない。

分けられないので、分けない。

分けなくていい、と娘が、言った。

言われて、分けるのを、やめた。

やめて、分かった。

分けようとしていたのは、妻の物ではなかった。

こちらを、分けようとしていた。

こちらの中の、妻の分を。

分けられなかった。

分けられないほど、混じっていた。

混じっているのが、四十六年の、形だ。

形のふちは、にじんでいる。

にじんだまま、椅子に、座る。

妻の形と、こちらの形が、一つの椅子に、ある。

どこまでが、妻か。

分からない。

分からないまま、座る。

座って、夜を、過ごす。

二人の物の中で、一人で、いる。

一人だが、半分ではない。

分けなかったので、減らなかった。

減らないまま、いる。

ソウルミッション358

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