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駅の写真

振り向かなかったこと

駅の写真

朗読で聴く

第一章 来なかった父

六十八になった。

アメリカの、小さな町に、住んでいる。

十八で、町を、出た。

五十年前の、秋だ。

朝の、バスだった。

町には、駅が無い。

バスの停留所が、駅だ。

母が、停留所まで、来た。

父は、来なかった。

父は、こちらが、出ることに、反対だった。

反対したまま、朝、家に、いた。

いないところで、バスに、乗った。

乗って、振り向かなかった。

振り向けば、母が、泣いている。

泣いている母の後ろに、父は、いない。

いないことを、見ることになる。

見たくなかった。

見たくないので、前を、見た。

前には、バスの、通路が、あった。

通路の先に、運転席が、あった。

運転席を、見て、座った。

座って、町を、出た。

振り向かなかった。

それが、五十年、こちらの話だった。

父は、来なかった。

こちらは、振り向かなかった。

二つで、一つの話だ。

一つの話を、五十年、持っていた。

持って、父を、恨んだ。

恨んだまま、父は、二十年前に、死んだ。

葬式に、帰った。

帰って、振り向かなかった日の話を、誰にも、しなかった。

しないで、また、町を、出た。

第二章 箱

母が、去年、死んだ。

母の家を、片付けた。

押し入れに、箱が、あった。

父の名前が、書いてあった。

父の、遺品だ。

母が、二十年、開けなかった箱だ。

開けた。

写真が、あった。

古い、白黒の、写真だ。

三十枚ほど。

一枚ずつ、見た。

店の前の父。

若い母。

こちらの、小さいとき。

兄。

最後の一枚を、見て、手が、止まった。

停留所だった。

バスが、写っていた。

バスの窓に、顔が、あった。

こちらの顔だ。

十八の。

顔は、こちらを、向いていた。

振り向いていた。

窓から、外を、振り向いていた。

写真は、少し、ぶれていた。

ぶれた写真の、隅に、母の肩が、写っていた。

母の肩の、向こうから、撮っている。

撮った人は、母の後ろに、いた。

父だ。

父が、いた。

停留所に、いた。

母の後ろに、立って、こちらを、撮っていた。

撮った写真に、振り向いたこちらが、写っていた。

第三章 振り向いていた

振り向かなかった。

五十年、そう、思っていた。

写真は、振り向いている。

どちらが、本当か。

写真だ。

写真は、五十年、箱の中で、変わらなかった。

こちらの話は、五十年で、変わった。

変わって、振り向かなかった、になった。

なぜ、変わったか。

振り向いたとき、父が、見えなかったからだ。

父は、母の後ろに、いた。

後ろにいる人は、見えない。

見えなかったので、いなかった、と、思った。

いなかったので、振り向いた意味が、無かった。

意味の無い振り向きを、こちらは、無かったことにした。

無かったことにして、振り向かなかった、と、話にした。

話にすると、父が、来なかった話になる。

来なかった父を、恨む話になる。

恨む話は、五十年、持ちやすかった。

持ちやすい話を、持った。

持っているあいだ、写真は、箱の中に、あった。

箱の中の写真は、振り向いていた。

振り向いて、父を、探していた。

探して、見つけられなかった。

見つけられなかった目を、父が、撮っていた。

撮って、二十年、持って、死んだ。

母が、二十年、開けなかった。

開けなかった理由は、分からない。

分かるのは、母も、知っていたことだ。

父が、いたことを。

こちらが、振り向いたことを。

二人とも、知っていて、言わなかった。

言わないで、死んだ。

こちらだけが、違う話を、持っていた。

第四章 反対

振り向かなかったのは、こちらだと、思っていた。

反対だった。

振り向いていた。

振り向いて、父を、探した。

見つけられなかっただけだ。

見つけられなかったのは、父が、隠れていたからだ。

隠れていたのは、なぜか。

見つかれば、こちらが、降りるからだ。

降りれば、行けない。

行けないのを、父は、望んでいなかった。

反対していたのに、望んでいなかった。

反対と、望みは、別だった。

別だと、こちらは、知らなかった。

知らないで、反対だけを、持った。

父は、反対したまま、停留所に、来た。

来て、見えないところに、立った。

立って、写真を、撮った。

振り向くこちらを、撮った。

振り向いたことを、父は、知っていた。

知っていて、写真に、残した。

残して、こちらには、見せなかった。

見せれば、こちらが、戻る。

戻れば、行けない。

行かせるために、見せなかった。

見せないまま、死んだ。

こちらは、振り向かなかったと、思って、生きた。

振り向かなかった話のほうが、行きやすかった。

行きやすい話を、父が、残してくれたのかもしれない。

残したのは、写真だ。

写真は、振り向いている。

振り向いている話を、父は、一人で、持っていた。

こちらには、振り向かなかった話を、持たせた。

持たせるつもりが、あったかどうかは、分からない。

分からないが、そう、なった。

二つの話を、二人で、別々に、持っていた。

父の話が、正しかった。

正しい話を、父は、こちらに、渡さなかった。

渡さないで、箱に、入れた。

箱を、母が、二十年、開けなかった。

開けなかった母も、正しい話を、知っていた。

三人のうち、二人が、正しい話を、持っていた。

持っていない一人が、こちらだった。

第五章 息子

息子が、四十だ。

息子も、十八で、この家を、出た。

出る朝、こちらは、家に、いた。

停留所に、行かなかった。

行かなかったのは、父と、同じにしたくなかったからだ。

同じにしたくないと、思いながら、同じにした。

行かなかった。

行かないで、家の窓から、道を、見た。

道の先に、停留所は、見えない。

見えないところで、バスが、出た。

出た音が、した。

音だけを、聞いた。

息子が、振り向いたかどうかは、知らない。

知らないまま、二十二年、来た。

写真を、見て、思った。

息子に、聞いてみる。

電話で、聞いた。

出る朝、バスで、振り向いたか。

息子は、少し、黙った。

黙ってから、言った。

振り向いた。

誰も、いなかった。

こちらは、言った。

いなかった。

家にいた。

息子は、言った。

知ってる。

窓に、いただろ。

バスから、見えた。

こちらは、驚いた。

窓に、いた。

いたのを、息子は、見ていた。

振り向いて、見ていた。

こちらは、見られていたことを、知らなかった。

父と、同じだ。

父は、見えないところに、いて、撮った。

こちらは、見えないつもりの窓に、いて、見られた。

見られたことを、二十二年、知らなかった。

息子は、二十二年、知っていた。

知っていて、言わなかった。

言わなかったのは、父と、同じだ。

三代、同じことを、している。

振り向いて、見て、言わない。

言わないまま、行く。

エピローグ

写真を、息子に、送った。

停留所の、写真だ。

振り向いている、十八のこちら。

母の肩。

撮った父は、写っていない。

写っていない人が、撮った。

息子から、返事が、来た。

じいちゃん、いたんだね。

いた、と、返した。

返してから、思った。

五十年、いなかったことにしていた人が、いた。

いたことを、写真が、持っていた。

持っていた写真を、母が、閉じていた。

閉じたものを、こちらが、開けた。

開けて、渡した。

渡した先で、息子が、いたんだね、と言った。

息子の中で、父は、いる。

いる父を、こちらは、五十年、いないことにした。

いないことにした話を、もう、持たない。

持つのは、写真だ。

写真は、振り向いている。

振り向いたこちらを、父が、見ていた。

見ていた父を、こちらは、見つけられなかった。

見つけられなかったが、いた。

いたので、行けた。

行けた先で、六十八になった。

なってから、見つけた。

遅い。

遅いが、写真は、待っていた。

箱の中で、五十年。

振り向いたまま。

ソウルミッション358

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